第8話 策士の和樹

 一階が一年生、二階が二年生、三階が三年生になっていて、一組から四組までが順番に並んでいる。二組と三組の間には、生徒が集まれるオープンスペースがあり、学年で集まる時や昼休みの時間のちょっとした遊びは出来るようになっている。

 卓球部は部活の時、ここのスペースを使用している。


 今は三者面談の為、そのスペースで両親と待っていたり、終わった人達が話し込んでいたりする。少し混雑はしているが、三組から一組までは見通せるので、設楽が教室の前にいるのは見えた。


 俺と夏目が教室に戻ると設楽が待ちかまえており、こちらを見ながら挙動不審になっていた。

 そわそわウロウロした感じで、体が左右に揺れている。


 (あぶねー奴じゃん)


 「設楽、どうしたんだ。お前、三者面談、終わったんだろ。」

 夏目が声を掛けると、少しびっくりしたのか動きを止めた。

 目を見開き急いで俺達の方へ寄ってきた。


 「夏目、和樹、巨人が勝手な事するんだよ。僕さっきからドキドキしてさ、落ち着かないんだ。」

 そう言って、教室の方をゆっくり指すと透明な窓ガラスの向こうには、同じクラスの高坂 南が母親と薫子先生と面談をしていた。


 高坂はピアノ女子で、鍵盤を叩くように、机の上でも指で弾く真似をしていることがある。

 大人しめだが、少しまるっとした顔は可愛らしい。目立つ要素はないのだが、清楚で色白、ピアノ好きとくれば、男子は意外にいいなと思ってしまう。

 確か、女子校志望だった気がする。


 高坂をボンヤリ見ていると、机の脇にかけてある袋がユラユラと動いていた。そして、袋の縁から、ひょこり、顔を出しているのは、巨人?


 「あいつ何してんだよ。見つかったらどうすんだ。政府に捕まって、人体実験されっぞ。」

 向こうも俺たちが見ている事に気付いたのか、ピースをしている。


 「あいつ、馬鹿だろ。」

 夏目も舌打ちしながら悪態をつくも、回収するわけにもいかない。


 「設楽、どうしてあんな場所にいんだよ。俺の机の中にしとけよ。そんぐらい分かるだろ。」


 夏目が設楽に詰め寄ると、

 「自分の机の方が近いから、三者面談の時に入れて置いたんだよ。そしたら、なんでかあそこまで移動しちゃったんだ。僕、もう三者面談どころじゃなくて、目が泳いでたと思う。薫子先生やママが大丈夫って言う度に、ドキドキが止まらなかったよ。今でもそうだけど、大胆すぎると言うか、完全に楽しんでない?本当に、宇宙人の自覚あるの?」

 大きな溜息をつくも、当の本人は袋から顔を出したり入れたりして遊んでいる。


 (後で、シメる)


 「とにかく、最後は俺だから回収しとく。それより設楽、状況を説明する。こっちに来い。」

 夏目は順番が近づいている為、そのまま廊下で待機させておき、設楽と俺とで人目のつかない場所まで移動した。

 包み隠さず堂珍とのやり取りを話し終えると、なぜか設楽が泣いている。


 「えっと、どうした?」


 「だって、酷いじゃん。薫子先生のこと信じてたのに、何だか生々しくて嫌だよ。僕、人間不信になりそう。堂珍も、今まで生徒会長で好きな方だったのに、嫌いになりそうだ。なんで和樹、僕が卒業するまで黙っててくれなかったの。明日からどういう気持ちで薫子先生と接すればいいか分からないじゃないか。酷いよ和樹、間違ってたって言ってよ。」


 しめしめと泣く設楽は、本当に男子なのか。

 お前はこれを聞いて、腹が立ったりしないのか。

 薫子先生こそ騙されてるんだぞ。

 堂珍の奴、あゆたんに乗り換えようとしてるんだぞ。

 どうすんだよ、俺が泣きたいんだからな。


 「ああ、ママに聞いてみないと、これって間違ってるよね。強要じゃないから犯罪になるかは分からないけど、でも堂珍、未成年でしょう。薫子先生には悪いけど、教育委員会・・・。」

 そこまで言わせずに、設楽の口を塞ぐ。


 それをママに言えば、俺達だって不法侵入容疑で捕まっちまうかもしれんだろ。

 「設楽、もうママは卒業しろ。ママだって色々あってお前のママになってんだ。もしかしたら未成年でやってたかもしれないだろ。」


 「何だよ和樹、ママを侮辱する気か。」


 「だから、ママはやめろ。それに、これは俺達の問題じゃない。堂珍が薫子先生をたぶらかしたんだ。奴を憎め。お前だって、堂珍をぎゃふんと言わせたいだろ。」

 設楽は、うんうんと首を思いっきり縦に振ると、

 「分かった、あんまり乗り気じゃなかったけど、薫子先生を悪の道から救う為に僕は頑張るよ。何でも言って。」

 俺より背の高い設楽の頭を、よしよし、してやると、

 「後輩には言ったか?堂珍の返事待ちだが、多分、奴ならやるだろう。とにかく、学校の見取り図と、部活動の様子が知りたい。早めに頼んでおいてくれ。」


 「うん、今から行ってくるよ。その後はどうしたらいい?」


 「また連絡を入れる。後、パソコン部にカードが出来るかどうか聞いておいてくれないか?赤い三つ折りのカードで、中に文字がかけるようにしてほしいんだ。大きさは、名刺三つ分のサイズくらい。宜しく。」

 設楽の背中を思いっきり叩くと、前のめりになりながらも手を上げ去って行った。


 「須藤君。」

 突然、後ろから名前を呼ばれ、びっくりして振り返った。


 人がいるとは思わなかったので、心臓のドキドキが止まらない。

 特に秘め事をしている時は、なるべくならやめてほしい。


 「須藤君、あの、お母さんが来てるみたいだから、呼びに来たんだけど。」

 さっきまで教室で三者面談をしていた高坂さんが、なぜか恥ずかしそうに、俺を見上げて目を潤ませて話しかけてきた。


 (下から見上げられると、何だ、きゅんきゅんする。スッゲーかわいい)


 「ありがとう。高坂さんは終わったんだよね。どうだった?」


 「第一志望で大丈夫だって言われた。でも、やっぱり少し不安。度胸が据わってないんだよね。須藤君は、どうするの?」


 「俺も第一志望は変えない予定。それが例え危ないと言われようとも。今更、変えると頑張ってきたのが無かったような気がしちゃうだろ。」

 ニコリと笑うと、なぜか高坂さんが溜息をつく。


 「夏目君が言ってたの聞いちゃったんだけど、杉崎さんと同じ学校へ行くのに頑張ってるんでしょう?幼馴染だって言ってたけど、杉崎さん、可愛いものね。羨ましいな、私は可愛くもないし、性格も自信が持てないタイプだから、いつも自分の意見が言える杉崎さんがいいなって思ってるんだ。須藤君も可愛い子が好きだよね。」

 なぜか、目のうるうる度合いがもっと強くなっている。


 ダメだ、落ちそう。


「高坂さんは、十分可愛いよ。あゆた、杉崎さんは幼馴染だし、親同士も仲がいいから、出入りも自由だし見慣れてるっていうか、空気みたいっていうか、居て当たり前のような感じなんだ。高校も何となく一緒になった感じで、でも、あっちだけ受かって俺だけ落ちるのは嫌だろ。だから、頑張ってるんだ。」


(本当は、めちゃめちゃ、あゆたんラブだけど、いいよな)


「そっか、何だか、好きだから一緒の高校に行くのかと思ってた。そう言えば、設楽君と何かするの?」

 やっぱり、少し聞かれてたか。

 なら、ちょうど良かったりする。


「まだ、決まっては無いんだけど、もし、バレンタインゲームとかあったら、女子は参加すると思う?クラス男子対抗で、勝ったクラスの男子が全女子からチョコを貰うゲームなんだ。受験前だからって、バカにする?」

 高坂はびっくりしたように、目を剥き、じっとこちらを見てきた。


(高坂、さっきから、その顔ダメだって、俺、落ちる。女子に免疫ないんだから)


 馬鹿げすぎで、言葉が出ないのかもしれないと思い、もう少し詳しく説明すると、やっと、瞬きをし、形の良い口を開いて、

「やりたい。でも、自分のクラスが勝っても、自分のクラス男子にお願いできないのは、辛いね。そこは、女子の希望を優先して、それでもダメなら、断るってことにしない?勝ったクラスの男子を好きな女の子だって、いるでしょう。」


「うーん、なるほど、考慮しとく。でも、その場合は、勝ちそうなクラスに渡せば、自分の希望は叶うって事だよ。」


「そうは言っても、好きな男子を勝たせてあげたいじゃない。」


「ふーん、そういものなのかな。で、意外に女子ものってくれそう。」


「大丈夫、私も頑張って女子に説明するから、本当に決まったら連絡くれる。」


「分かった。ライン、交換してもいい?また、連絡するよ。」


 そう言うと、こういうのをとびっきりの笑顔というのだろう、半歩下がるくらいの眩しい笑顔を俺にくれた。

「うん、連絡ちょうだいね。」


 スキップしそうな勢いで、向こうにいる彼女の親の方へと、小走りに走って行く。

 俺はと言うと、あまりの女子力にやられそうになったのと、あゆたん以外で、これ程ドキドキするような事が起きるのかと、内心、動悸が収まらない。

 ヤバい、高坂って、凄い、かも。

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