第5話 侵入者
「ただいま。」
「おかえり、和君の友達来てるわよ。部屋にいるから、おやつ持って行きなさい。それから愛結ちゃんは受験前なんだから、迷惑かけちゃ駄目よ。」
「うん。」
夏目達の方が早く帰っていた。存外、あゆたん家で寛いでいたのかと時計を見ると、あれから一時間半が経過していた。
しかし、俺の親もあゆたんの心配はして、息子の心配はしないのだろうか?
自分の親ながら、悠長なのか息子を信じているのか、謎だ。
俺の母親、尚子は、本屋でパートをしている。
俺は母親に似て穏やかというか、悪くいえば、ボーとしていると言われる。俺から見てもそうなのだから、他人から見た母親は、常に夢の中の住人のようだろう。
そして、何があろうと、俺を溺愛してくれている。
有り難いのか、はた迷惑なのか、俺を信頼してくれているのだけは確かだ。
父親の和雄は、公務員で、今は、係長をしている。俺の父親なのに、昇進欲が強く、接待だろうが、飲み会だろうが、積極的に参加する仕事マンだ。
残念ながら、俺には父親のような、貪欲さはない。だけど、母を選んだ理由が、自分が自由に仕事が出来、温かくついてきてくれると思ったからだと言っていた。
似たもの夫婦ではないけれど、夫婦中は良好で、両親ともに、俺には甘い。
よって、こんなボンボンでのんびりした性格になったのは、仕方ないと自分でも思っている。
「よお、首尾は良好か?」
二階の部屋に入るなり、夏目が言う。
「何とか了承してくれた。夏目達も早かったな。俺の方が早いと思ってたけど。でも、本当に大丈夫なのか?あゆたんと縁切らなきゃいけなくなるのは、嫌なんだけど。」
「何だ、そこまで言われたのか?俺は構わんぞ。愛結ちゃんは、みんなのものだ。巨人のお陰で、存外スムーズに事が運べた。それより聞け。」
がっくりきている俺を尻目に、夏目と巨人が目配せしている。
何だよ、俺が巨人と先に出会ったのに、このコンビ、楽しそうじゃん。
「まず、薫子先生だが、これを見てくれ。」
夏目が差出した携帯を見る。
「おい、これ大丈夫なのかよ。不法侵入なんじゃないのか?」
「大丈夫だ、痕跡は残して無い。」
言い切る巨人を見て、いや、そういう問題なのか?。
動画は、薫子先生の部屋を映している。
いつもサバサバした薫子先生だが、意外に女性らしい明るめの家具が多く、部屋に置いてあるクッションはピンク色だ。
普通の女子みたいに(あゆたんの部屋しかしらないけど)、清潔で可愛い部屋だと思う。
「別におもしろそうなモノ、ないな。」
巨人の残念そうな声が、モニター越しに聞こえてきた。
巨人も、夏目の携帯を移動させるのが大変なのか、たまに、携帯を引きずりながら移動している音が入り、そこまでやったのか、こいつがいれば普通に泥棒とか盗撮ができるじゃんと思ってしまう。
「まず、俺が先生の家を訪ねた。和樹の家に行き、帰り道だったので様子を報告しておこうと思ったと言って上がらせてもらった。薫子先生はまだ帰ってなかったけど、お母さんにお茶を出してもらい、俺はそのまま少し雑談をしてたんだ。その時、巨人を放った。所用時間は、約三十分だな。」
「しんどかったぜ。何せ夏目の携帯を背負って、二階にあるターゲットの部屋に行ったんだからな。携帯が軽量のやつで良かったよ。俺にとっては、階段を一つ一つ越えて行くのもこの背だ、苦労したよ。そして部屋まで辿りつくと、携帯をドアの下から入れ、俺は、取っ手までよじ登り部屋に侵入した。帰りは、窓からダイブして夏目に回収してもらったんだ。」
「よく、よじ登れたな。」
「ふふん、お前等より小さいとはいえ、技術は俺等の星の方が上なんだぞ。ちゃんとよじ登れるように、靴と手袋が壁に貼り付いて登れるようになってんだよ。バッタになって和樹に引っ付いていたの、憶えてるだろ。よって、動画の続きを見ろ。」
部屋をウロウロしている画面が続いている。
画面が暗くなり、「よいしょ、よいしょ」掛け声が響く。
「携帯背負って、ベッドに移動したんだ。」
ベッドの上には、脱いだままの服が置きっぱなしになっている。その脱ぎっぱなしの服に手を突っ込み、がさがさしていると、巨人を覆うようにレースの付いた黒い物体が画面に映った。
「先生、結構エロいな。」
次に取出したのは、またもやレースの付いた黒い布だ。それを丁寧にベッドの上に広げていく。
「巨人!」
真っ赤な顔で巨人を睨むも、悪びれた様子はない。
「薫子先生はエッチ好きだぜ。ブラのカップもDだ。男は大変だな。」
お前、男子中学生には、これは刺激的だろ。
何せ、俺の母親は、こんなエロッちい下着はつけない。干してあるのは、腹までがっつりあるパンツと黄土色のブラだけだ。
薫子先生、布、少ないでしょう。
理性ではいけないと思いつつも、がっつり画面にくぎ付けになってしまう。大人の女性とは、みんなこんなのを着用しているのだろうか?
あゆたんもいずれ、こんな布のない下着を付けたりするのか?
それを脱がす不届きものが、俺で無かったらマジ死ぬ。でも、ありうる。
想像だけで泣きそうな俺を見て、夏目が興奮したように、
「薫子先生と付き合いてえ。」
何を想像しているのか、分かり易くて言えない。
画面の巨人は、そのエロい下着を脱ぎっぱなしの服の下に押し込むと、ベッド脇に置いてある写真立てへと移動した。写真立ての中には、俺達のクラスの集合写真があった。
(薫子先生、やっぱり俺達を愛してるんだな。ベッドに飾るのは、俺等を眺めて寝るってことだろ)
さっきのエロい気持ちは、おいておくとして、少しじーんとしてしまう。
だが、画面の中の巨人は、
「ありえねぇ、フェイクだな。」
そう言うと写真立てをとり、後ろの蓋を開け、中身を取り出しにかかった。
(お前には分からんさ。俺達と薫子先生との師弟愛など、強女子しかいない巨人の星よりピュアなんだよ。女性は素直で清いものなのだよ)
やっと中身が取り出せたのか、巨人が自分の方へ向け写真を眺めている。
画面の中の巨人が、「オー」驚いたように写真を見比べ、ニヤリとした。
「夏目が言った通り、彼氏いんじゃん。」
こっち側に見せろよ。
心の中で叫ぶも、携帯の中の巨人は至って悠長に行動していた。横にいる夏目はと言うと、目が死んでいる。俺より、先に見ているはずだよな。
やっと画面の中で、写っているものが見えるように携帯を写真を向けてくれた。
それは、二人で写っているツーショット写真だ。
(えっ、これって)
「堂珍!」
横でがっくりしている夏目が腹ただしげに、
「あいつ、くそ羨ましい。それでなくても、あいつモテるのに。大人の女を相手にしてたとは、いくら女子が告白してもなびかないわけだぜ。ちんけな女子中学生より、成熟した女性にいくとは、あいつ羨ましすぎる。」
あゆたんはちんけではない、反論しようとしたが、夏目の言う通り羨ましすぎる。
「まだまだ。」
いつの間にか、チョコを頬張っていた巨人がニヤリとし、動画の続きを見ろと促していると、何だ?
二枚目の写真は、チューしてんじゃん。
「あいつ、許さん。」
「薫子先生、先生だろ、まずいだろ、男子中学生に手出しちゃダメじゃん。」
祈るような気持ちも、目の前のキスはとても幸せそうだ。
それも何だかとても可愛く、いつものきりっとした薫子先生からは想像が出来ない。
「恋する女だな。」
巨人がしれっと、チョコをまだ頬張りながら言う。
「巨人、お前に何が分かる。薫子先生は俺の担任なんだぞ。みんなの薫子先生なんだぞ、何で堂珍なんだよ。それにあれ以上モテる必要あるのか。」
何だか悲しくなってきた。
モテない男は、本当にこんな時みじめなのだと改めて思い知らされるのだ。
(薫子先生、俺、信じてたのに)
「和樹、嘆くな。それでも、これでネタができた。薫子先生は落ちるぜ。」
「夏目、言いながら涙目になるのやめろよ。」
「だって、薫子先生の裸を堂珍が見たかと思うと・・・。」
バシッ。
夏目の頭を叩きながら、心の中で叫ぶ。
(そっちかよ、師弟愛じゃないじゃん)
「お前に、情を期待した俺がバカだった。もういい、計画を立てよう。ネタと言っても先生を脅すわけにはいかないだろ。どうやって話をもっていくんだ。」
「何言ってんだよ。お前が言うんだよ。明日、三者面談だろ。」
しれっと、爆弾を投げてきた。
「お前が言うんじゃないのかよ。」
「これは、巨人が考えたんだぜ。その家主はお前だろ。俺は男子の方を担当するんだ。薫子先生にはお前が言え。ちなみに、明日の三者面談、和樹が今日早引きしたから、お前んち最後になったぞ。おばさんには言っておいたから。」
「聞いてない!」
「そりゃそうだ。今、言ったんだから。」
巨人と夏目が、何だこいつ、みたいな顔で俺を見る。
お前ら、どうしてそんなに仲良しなんだよ。
「だいたい、どうやって言うんだよ。三者面談、親いるだろ。」
「何とかしろ、これだけのネタを掴んできたのに、労いの一つも言えんとは情けない。とにかく決行する。」
「俺は、男子に話を繋ぐ。このネタを有効に使うぜ。設楽も仲間に入れるからな。」
「夏目、和樹、俺も協力する。男子の意地を見せようぜ。モテ男ばかりがいい思いをしてどうする。女子にいいところ見せてやれ。」
「おーし、やるぜ。エイエイ、オー!」
なぜ、こんなに宇宙人と気が合うのか。
二人のはしゃぐ姿を見て頭を抱える。
こうなったら仕方ない。
俺も、モテてー。
受験生なのに、やけくそだ。
ぐすん。
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