第3話 アグリ星は女性社会

 「おい、お前、お茶。」

 勉強机の上で、さっきからポテチをバリバリ食っている宇宙人が、おちょこを両手で持ち、俺にお茶の催促をしている。


 「お前じゃねぇ。俺は、須藤和樹。須藤さんと呼べ。」

 小さいおちょこに、零れないようお茶を注ぐと、あちあち言いながらお茶をすすっている。


 「んじゃぁ、和樹。今日から俺はここに住む、宜しく。」

 頭にピキッ、嫌な音がした。


 「何で、俺んちに住むんだよ。地球侵略しに来たんなら、計画立てろや。俺は、とっても忙しい受験生なの。お前にかまってられないの。食ったら出て行け、取り敢えず誰にも言わないから。いいな、それ食ったら、俺の知らない所で勝手にしろ。」


 「いいのか、俺は、地球侵略にやって来たんだぞ。俺を見張るのがお前でなくてもいいのか。」


 「全く構わん。言ったはずだ、俺は忙しい。そして、俺の将来がかかっているんだ。お前にかまっている時間は無い。」


 「お前な、地球侵略より重大な事が普通あるか?俺につけば、侵略した後も生かしてやると言ってるんだぞ。お前、頭おかしいだろ。」


 「お前よりはマシだ。いい若者がそんなくだらん事するより、勉強しろ、恋愛をしろ。俺の理想は、あゆたんと一緒の高校へ行って、一緒に通って、彼女になってもらって、結婚する。子供は二人、姉妹がいい。あゆたん似の姉妹が俺の娘になるんだぞ。卒倒ものだろ。俺の計画を邪魔するな。宇宙人なら宇宙へ帰れ。」


 「確かに、あゆたんは可愛い。もっと小さければ、俺の嫁にしたのに。まあ、大きくても、俺とつくりは一緒だ。お触りする分には、関係ないか。胸も柔らかそうだし、唇もぷりんとしてる。今の俺なら、両胸の間に入るには丁度いい感じだ。やはり、あゆたんの方へ行くかな。」


 「。」


 間髪入れずに、拳を奴の頭上から降ろす。

 「あっぶねーだろ。」

 「避けるな。だいたい、お前がなぜ、あゆたんを知っている。」

 腹立たしい。一瞬、俺が小さければ、あゆたんの胸の谷間に、とか思っちゃったじゃないか。


 「お前のチョコに食いついた時にいた、あの女だろ。危うくお前に投げられそうになって、危なかったぜ。あの女がお前をびっくりさせたお蔭で、全部は無理だったが、チョコを食いちぎってお前の服の襟にちょうど隠れられたんだ。しかし、あのチョコは美味かった。まだあるなら、くれよ。」

 目の前のチビが体をくねらせ、俺にオネダリをしている。


 気持ち悪いわ。


 「ちょっと待て、チョコに食いついたのは、デカいバッタだったぞ。」


 「あれは俺。小さい人間なんて、いないだろ。だから、バッタの恰好して探索してたんだよ。他の奴もいろんな恰好して、地球を調べてるんだ。まあ、猫に食われそうになったり、子供に追いかけまわされたりで大変だったぜ。猫には、銃を撃ってやった。あれは惚れ薬が仕込んであるんだ。あの猫がメスで助かったぜ。」


 「惚れ薬?あれ、マジだったのか。本当にそんなモノがあるのか。」


 「ははーん、あゆたんに使いたいとか思ってるんだろ。お前、モテ無さそうだもんな。まあ、どうしてもって言うなら、分けてやらない事もないが。」


 「ほしい!」


 「だったら、俺がここに住むのは別にいいだろ。後、食事もつけろ。あのチョコだ。」


 「あのな、お前、見つかったらヤバイんだろ。だいたい地球侵略しに来たのに、お宅訪問みたいな感じって、どうなんだよ。」


 「実は、仲間の奴等が俺からはぐれたみたいなんだ。取り敢えず、拠点がいるだろ。」


 「お前がはぐれたんだな。仕方ない、仲間が見つかるまでだかんな。終わったら、その薬くれよ。一応聞いてやるが、何で地球を侵略したいんだ。」

 こちらを見る目が、一瞬ビクついた。 


 (何だ?)

 小さな声で、俯きながらボソボソ言っているが、聞こえない。


 「何だよ、大きな声で言え。分かんないだろ。」


 「女・・・怖い・・・母さん、恐ろしい。」


 「だから、ビクつくな。意味が分かるように言え、女がなんだ。」


 「女が恐ろしいんだよ。俺等の星は『アグリ』って言うんだが、女が異常に強いんだ。男は奴隷のように、仕事や家事、育児にいそしまなければならない。子供を産むだろ、それは尊くて偉い存在なんだ。だから、俺等の星では女が一番、発言権がある。いいなぁ、と思った女性は、みんなイケメンか出来る奴を選ぶ。よって、モテない男はずっとモテない。だけど、イケメンや出来る男が必ずいいのかと言えば、そうでもない。奴等には選ぶ権利がない。女性が家長だから、彼女等が娘婿や、息子の嫁を決める。そして、この星のように、一人に一人の相手という感覚はない。女性だって、いつも同じ相手だと飽きるだろ。確かにたまに俺等の星でも最後まで添い遂げる奴もいるけど、それは稀だ。もちろん、婚姻関係はある。だが、それはブランドのようなもので、婿や息子を金で貸出したりするわけだ。この星で言う種馬みたいなものだな。金で旦那を貸出し、子供を産ます。その子がまた、ブランドになり、将来優秀であれば、マージンが貰える。俺の母ちゃんなんて、俺がなかなか相手が決まらないし、貸出しもないもんで、国家の役にでもたって来いって言われて、アグリ防衛省に入れられ、こんな地の果てまで来る羽目になったんだよ。だが、俺達には、崇高な使命がある。アグリの男子の思いが、俺等に課せられてるんだ。」


 「何だよ、それは、それと地球侵略が関係あるんだな。」


 「俺達の言いなりになる、可愛くて、優しくて、何でもさしてくれる女子がいる星を侵略する。」


 「・・・・。馬鹿か。」

 がっくり肩から崩れ落ちた。


 確かに、こいつの国は不憫だ。男子が、ただの種馬に成り下がり、それもモテ男だけの特権とは。俺は、つくづく地球で良かったとは思う。

 それでも、モテないけど。

 こいつの国だと、俺も辺境の地に行かされている事になる。


 「何が、馬鹿だ。俺達は理想郷を求めているんだ。それの何が悪い!お前だって男子だろ、あゆたんといちゃいちゃしたいんだろ。俺等には、それさえ許可がないと許されないんだぞ。だから極秘に惚れ薬を作り、同じような生体をしたこの国を選んだんだ。ただ、まぁ。」


 「何だよ。」


 「サイズがな。」


 「間違ってたんだな。」

 しょぼんと頷く、目の前のチビを見て、少し気の毒になってしまった。


 「宇宙人って、もっと賢いのかと思ってたけど、お前等、アホだろ。」


 「うるさい、黙れ。そういう事もある。それでも俺達は諦められないんだ。特にこの国の制服とやらは、下から丸見えなのだ。中にはすげえの履いてる女もいるんだぞ。諦められると思うか。あんな可愛い女子なんて、アグリにはいない。何て言うか、きゃぴきゃぴというのか、あんな弾けてる女子がいいんだ。フワフワした女子がいいんだ。お前等が羨ましい。」


 心底そう思っているのだろう。

 もう、目が涙目になっている。それより、

 「すげえの履いてるって、どんなのなんだ。」

 中学生男子には、スルー出来ない話題だ。


 「ふふん、小さいのが羨ましいか。しかし今は、言えないな。お前は俺を馬鹿にしたし、俺等の国の女性を知らない。これから地球の女子を堪能したら、教えてやらない事もない。お風呂も、覗き放題なのだ。何せ、みんな気付かないからな。」


 なぜ、こんな変態なのに、偉そうにどうどうとエロい事を言っているんだ。

 抑圧されると、男はこうなるのか。

 気を付けよう。あゆたんにこんなの聞かせたら、確実に嫌われる。


 「とにかく拠点をここにして、地球人を観察する。もしかしたら、地球の食べ物を食べてるうちに、俺等が大きくなるかもしれないし、女性の方を小さくする事も出来るかもしれない。希望は、持つ。」

 拳を振り上げ大仰に言い放つも、何だか見ていて悲壮感があり、可哀そうになってくるのはなぜだろう。


 「お前、名前と同様、小さいくせにビッグマウスだな。仕方ない、何だか俺の方がお前に同情した。大きくなれるといいな。そしたら、地球に住めて女子とも付き合えるのに。今日からお前の事、巨人って呼ぶ。ビッグは日本語でそう呼ぶんだ。お前の場合、小さい巨人だけどな。で、取り敢えず、はぐれた仲間を探すのか?」


 「そうだな、取り敢えず探す。でも、あいつ等、過激だから好きではないのだ。モテない男の集団が地球に来ているのだ。家族からないがしろにされ、弄んでくれる女性さえいなく、辺境の地へと赴かなければならない、駄目な奴等ばかりなのだ。女性に免疫が無いまま、この地に辿り着いたわけだ。サイズ感は違うが、奴等から見たらパラダイスなんだよ。アメリカの国に行った奴など、男女の交わりが普通に路上でされているのを見て、卒倒したからな。俺等なんて、ハグやキスなんかしたこともないんだぞ。手つなぎさえ、夢なんだから。せっかくの理想郷を手放せと言われても、和樹なら分かるだろ。お前も男だ、モテない男がどれほどつらいか。だから心配なんだ、彼奴が暴走していないといいけど。」


 真剣なのは分かるけど、何か共感しずらいのはなぜだろう。そして、俺もモテない認定にされているのは、何かとても癪なのだが。


 しかも、地球に来ているのが、容姿に自信が無く、能力もそれほど無く、ちっともモテなくて、女子に触らせてももらえない男子の集団の侵略者など、ある意味、負ける気がしない。


 「巨人、お前それほど、見栄えは悪くないと思うけど。モテ過ぎる事はないだろうけど、一人二人なら指名されそうだけどな。」

 巨人が更に悲しそうな顔をして、こちらを見上げる。


 「お前は分かってない。顔や頭だけではダメなのだ。アグリには、技能テストというものがある。アレをロボット相手にするんだ。もちろん、人型にした女性にはしてはある。そいつらが、点数を付けるんだ。俺は、一回目が三十五点。もう既に致命的だろ。それが、十五歳から三年おきに三回あるんだ。本当は、今年、二回目があったんだけど、恐ろしくて出来なかった。女性は、その点数も踏まえて男性を選ぶんだ。でもよ、モテる奴は、技能テスト前にでも、女性とそういった行為を練習できるんだ。でも、俺みたいにモテない奴は、練習なんて出来ないし、女性に聞いたって、変態的な目を向けられるだけで、分かんないだろ。確かに、マニュアル的なものはあるけど、器用な奴はいいよ、俺みたいに不器用で要領が悪いと、読んだだけでは理解できないんだ。俺が興奮しただけで、終わり。でも、アグリの男性は、女性を喜ばせなければいけない。トータル評価なんだよ。俺は既に、落ちこぼれだ。母ちゃんにも怒られて、仕方ないだろ、侵略したくなるだろ。」


 涙が出そうな話だ。

 俺、本当に地球で良かった。


 たとえ俺が高校に落ちたとしても、両親は残念に思うだろうが、私立は受かっているし、高校に行けないわけではない。反対に心配され、居心地が悪くなるくらいのものだ。あゆたんも、一緒の高校へ行けなかったとしても、幼馴染を解消される事はないし、むしろ、心配され優しく接してくれるかもしれない。

 受験勉強は大変だけど、アグリの技能テストよりはマシだ。


 アレをロボットごときに評価され、人間の価値をそれで判断されるなど、考えただけでゾッとする。これから、カラオケボックスの点数でさえ、怖くなりそうだ。


 勉強机の引き出しを開け、まだ、幾分か残っていたキットカットの袋を取り出す。

 「ほれ、これが欲しかったんだろ。キットカットっていうチョコレートなんだ。日本語で、きっと勝つ、って感じで受験生にはゴロがいいチョコなんだよ。こんなんでいいなら、やるから元気だせよ。」


 まさか、宇宙人に同情してしまうとは思わなかった。

 だが、男として、巨人の話は切実だし辛い。


 「ありがとう、お前、いい奴だな。侵略する事があっても、お前は待遇よくしとくから。このチョコうまかった。俺、バッタに扮装して、食糧を調達しようとしたんだけど、ネコや子供から逃げるのに苦労してさ、余りに腹が空きすぎちまって、お前が持ってたチョコに食いついちまった。これも縁だ、仲良くしようぜ。」

 美味しそうに、キットカットをぼりぼり食べている。


 ネコは巨人を食おうとしたんだろうけど、巨人よ、冬にバッタはいないんだ。子供に追いかけられても仕方ないよ。言おうかと思ったけど、あまりにも満足そうに食いついているので、取り敢えずやめた。


 その時、俺の部屋のドアが思いっ切り開く。

「和樹―、お前、サボリだろ。朝、あんなに元気だったんだぞ。こっそり、勉強してるのかと思いきや、何、ボーとしてるんだ。ほれ、先生からもらった書類、持って来てやったぞ。俺の労力を褒めろ。」


 いきなり俺の頭にヘッドロックを食らわせ、書類を机の上に放り投げた。

 「やめろ、夏目、苦しい。俺は、病欠なんだぞ。」


 そうだ。今日は午前中までで、午後から三年生は帰っていいんだった。友人の早い訪問に驚きつつも、病気だと言っているにも関わらずじゃれてくる友人に、思いっ切り横腹に手を突っ込み、こそぐり攻撃をする。

 こいつは、横腹が弱いのだ。

 夏目からどうにか逃げると、床に座り、げほっ、思いっ切り咳をする。

 そして、思い出した。


 (あーーー、巨人)


 机の上にいるだろう巨人に慌てふためき見ると、もそっ、もそっ、投げられた書類の下が蠢いている。

 それを凝視している、夏目。


 (まずい)


 そう思って駆けつけようとしたのが、不味かった。

 部屋に置いてあった小さな机に足を取られ、巨人に辿り着くまでにすっころんでしまった。俺の運動神経は、受験生になった途端、無くなったのか。

 心の中で悪態をつくも、どうにもならない。


 願いは空しく、転びながら見た光景は、書類の下からキットカットをくわえた巨人が、ウザそうに出てくる様子だった。


 (巨人、お前やっぱり、馬鹿だ)


 ドンッ。


 しこたま足を打ち付け、転んだ先にあった本棚に背中をぶつけ、俺も巨人もモテない理由が悲しいかな、分かった気がする。


 (俺達、ダサいんだよな)


 涙目になりながら夏目の方を見ると、カチンコチンに固まっている。

 未知なる生物を見た時、誰もがそんな感じになるんだな。


 「和樹!お前、これすげぇ、ロボットじゃん。」

 頬を蒸気させ、興奮したのか真っ赤な顔をして俺に言う。


 今度は、自分が固まってしまった。


 こいつ、落ちるかも。

 俺の周りには、馬鹿しか集まらないのか。

 どうやったら、こんなリアルなロボットがあるんだよ。こんなのあったら、世界が驚くだろ。


 「なぁ、女子のフィギアが動くやつないのか。俺、それがいい。どこで売ってんだよ、でもこれ、リアルだな。女子だと、ボンキュボンだろ。いい、俺、それがいい。いくらするんだよ。」


 こいつがこんなに興奮しているのは、初めてみるかもしれない。陸上で一位とった時でも、これほど感動してなかったぞ。


 巨人はと言うと、俺達のやりとりをキットカットを食べながら茫然と眺めている。

 仕方ない、俺が説明するしかない。足を擦りながら立ち上がると、


 「夏目、驚くなよ。こいつは、フィギア最新型ロボットではない。よって、女子のロボットはない。名前は、ビッグ・ビッグ・スルウ、俺は先程、巨人という呼び名にした。巨人は、アグリ星から来た宇宙人で、地球を侵略するつもりで来たらしい。仲間と一緒に居たんだが、他の奴とははぐれたと言っている。よって、俺が預かる事にした。巨人、こいつは俺の友人で、夏目 淳。少し変態だが、変態同士、意外に馬が合うと思う。巨人がいつまで滞在するかはしらないけど、宜しくしてやってくれ。以上だ。」


 簡潔に話したつもりだが、果たしてこいつ等の脳みそに届いただろうか?

 先に、我に返ったのは、巨人の方で、

 「夏目、宜しく。お前、いい体つきしてるな。羨ましいぜ。」

 夏目はというと、喋りだした時、ぎょっとした顔を見せたが、体つきを褒められ幾分嬉しそうに、


 「俺は、和樹の友達だ。巨人、お前フレンドリーだよな。何で地球侵略に来た奴が、和樹の家で居候になったのかは知らないけど、お前、悪そうな奴には見えないぜ。お前も変態って事は、女好きって事なのか。なら、気が合いそうだ。宜しくな。」


 二人のやり取りを見ながら、普通こんなにすんなり宇宙人を受け入れられるものなのだろうか、多分俺達が受験生で、今、心も体も疲れているせいなのか?


 「和樹、何で、こうなったんだ。」

 もう既に受け入れている夏目を見て、哲学的に考えている自分が馬鹿らしくなってきた。

 「説明してやる。お前、地球人で良かったって本当に思うぞ。」


 それから、三十分後。

 「和樹、こいつ不憫だな。俺、俺、涙がとまらない。」

 号泣している夏目を尻目に、俺が冷めた目で見ていると、

 「お前の友達、いい奴だな。」

 もらい泣きなのか、巨人まで青い目を腫らして泣いている。


 「だってお前、モテない奴は生きていけないじゃないか。俺も女のロボットで練習はしたいけど、点数つけられるのはさすがに心が折れる。巨人、百点っているのか。」


 「いる。テクが物凄いんだ。でないと、百点は無理だぜ。」


 「すげぇ、ならいてぇ。」


 「それが、無理なんだ。そういう奴等は、秘儀を隠す。まあ、みんなライバルだからな、敢えて教える奴なんていない。」


 「くそっ、俺もレベルアップしてぇ。」


 「俺なんて、三十五点だったんだぜ、すげぇ、凹むんだ。」


 「うお、こえー、ラスボス相手にやってるみたいなもんだな。」


 「だが、リセットはきかねぇ。」


 「うお、一回勝負か!俺、自信ねえ。」


 「震えるんだよ、怖くて。」


 「うおおおー。」


 マジ、いったい何の会話なんだか。

 ゲームじゃないんだぞ。

 「巨人の国も大変だけど、本来ならこの国だって、来月は男子にとって試される日があったんだ。今年は運よく、受験生だから無いみたいなもんだけどな。」


 「何だよ、それ。」


 「巨人、お前、チョコ好きみたいだよな。だがな、そうそう食えるものではないのだよ。熾烈なバトルがあるのだ。」

 俺が熱く語ろうとしたら、夏目が余計な事を言う。


 「お前は毎年関係ないだろ。俺は去年、陸上部の女子からもらった。義理だがもらえないよりはいい。だいたい熾烈なバトルは、本命から貰える奴だけだ。本命チョコをもらっていない俺達には、関係ないだろ。」

 むむっ、確かに。


 「だから、それって何だよ。」

 巨人が不思議そうに、俺達を見る。


 「日本では二月十四日限定のイベントがある。バレンタインデーと言って、女子から好きな男子にチョコレートをあげる日なんだ。好きっていう気持ちを形であげるわけ。だけど、その中には本命のチョコレートと、義理で取り敢えずもらえるチョコレートがあって、その義理チョコレートでさえ、もらえるともらえないでは、男子の中では大きな差があるんだ。この日にもらえず、家族からもらってないよね、みたいな空気を醸し出されて母親からもらうチョコレートの味は、苦いぞ。だが、女子も残酷な奴等なんだ。モテない男子に少しでも恵んでくれればいいのに、一切そこは妥協せず、好きな男子にのみ集中するんだ。だから、もらえる男子はもの凄くもらえる。もらえない男子は、それを横目に寂しく窓際に集まるんだ。」


 うげっ、とゲンナリした巨人が、

 「どこの国でも格差があるんだな。チョコ好きの俺としては、地獄のイベントじゃないか。で、今年はその受験とやらで、やらないのか?」


 「まあね。さすがにイベントに参加しているのは、既に付き合っている奴等だけだろ。後は、高校生に確実になる方が優先だ。」


 「ふーん、受験とは人生の分かれ道みたいなものなのだな。でも、チョコ欲しくないのか?」

 俺も夏目も黙る。


 「くれるという女子がいたとしたら、お前等は受験だからと断るのか?」

 お互いに、見つめ合ってしまう。


 「お前等、モテない奴のバレンタインデーとはそんなものなのだな。」


 「違う。」

 速攻で、夏目とかぶってしまった。


 「もらえるなら、もらうさ。中学生最後のバレンタインだ。この三年間、親にしかもらえなかった俺としては、もらえれば一つの勲章みたいなものだ。一生、自慢できる。女子なら何でもいい、ほしい、出来れば、あゆたんがいいけど。」

 本音がポロリと口に出た。


 「なにが、あゆたんだ。俺もほしい。本命からほしい。すっごくほしい。だけどな、もらえないのだよ。だから、忘れたふりして受験を頑張るのだ。」


 巨人は、なぜかぶつぶつ独り言を言っている。

 「何だよ。お前だって、このイベントのシビアさは分かっただろう。何ぶつぶつ言ってるんだ。」


 巨人をつんつんしながら言うと、

 「痛いだろ。デカさが違うんだ、もっと手加減しろ。だいたいなぁ、お前等、情けなさすぎ。女子からチョコもらいたいんだろ。アピールしろよ。俺なんて、アピールする前に技能テストで人生が決まっちまうんだ。今年なんて、ある意味チャンスだろ。みんな進路でバラバラになっちまうかもしれないんだから。それなら、あげる方も、もらう方も盛り上がるだろ。もしかして、最後のチャンスになるかもしれないんだぞ。」


 「でもよ、それでも、もらえない男子がいるのだよ。」

 項垂れながら、俺が言うと、

 「だからバレンタインデー限定で、ゲームをすればいいじゃないか。お前だって、あゆたんと同じ学校行けなかったら、お前とあゆたんが付き合う事はゼッテーねえ。出来ない男と付き合うと思うか?それなら、最後くらい、あゆたんから、女子から、チョコの一つももらって思い出の一つにした方がいいだろ。」


 それを聞いた俺がどれだけ凹むか、こいつ分かっているのだろうか?

 ゼッテーとか、言ったら駄目じゃん。

 落ちるとか同じ学校に行けないとか、今は一番言っちゃ駄目じゃん。

 親だって、言わないんだぞ。


 じめじめ、しくしく、落ち込んでいたら、

 「いい。」


 は?


 「いい、巨人。俺、それ乗る。」

 夏目がキラキラした目で、天井を見上げている。


 どんな妄想が広がっているのかは知らないが、ろくでもない事だとは思う。

 「俺、いっぱいもらうの夢だったんだ。部活女子の仕方ないからあげる的なチョコじゃなくて、勝利してチョコをもらう方がいい。ゲームとか、いい。それだと誰とかじゃなくて、勝利者がもらえるんだろ。」

 妄想がどんどん広がっているのか、目がうるうるしている。


 気持ちは非常に分かる。

 こんな受験という過酷な状況で、何馬鹿な妄想しているのだと怒られるかもしれないけど、この切羽詰まった時にこそ、意外に人は違う方向を向いてしまうものなのだ。


 それも、ラストチャンス。

 そして、中学最後の大イベント。

 好きとかでなくてもいい、抱えるほどもらってみたい。


 「だけどさ、どうやってやるんだよ。この時期、女子が乗ってくるとは思えないんだけど。」


 「もちろん、学校でやるのさ。テンションが上がるからとか、受験の中休みとか、息抜きだとかで、女子にチョコを持ってきてもうらんだよ。」


 「学校は無理だろ。こっそりやらないと。」


 「いや、学校でやるんだ。こっそりなんてそれこそ無理だろ。余計な気を使うし、チョコだって隠れて持ってくるの大変だろ。そうだな、クラス対抗みたいにしてさ、勝ったクラスが他クラス女子からもらえるとか。」


 「だから学校は無理だって。巨人は知らないだろうけど、先生たちは自分のクラスから落伍者を出したくないんだよ。それでなくてもピリピリしてるのに、バレンタインゲームなんて許してもらえるとは思えない。」


 俺が至極まっとうな事を言うと、

 「そうか!」

 夏目が興奮したように俺達を見る。

 「ようするに、脅せるネタを掴めばいいんだな。」


 「は?」


 「だから、先生達を脅せるネタを掴めばいいんだろ。」


 「あの・・。」


 「夏目、良い事言った。」

 なぜ、巨人がこんな馬鹿な答えに乗る?


 「そうだよ、ネタ掴んでゲームやらせてもらえばいいじゃん。」


 「あのね、常識的に無理だろ。」


 「お前は、チョコ欲しくないのか。」


 「いや、それは、ほしい。」


 「だったら、開催するにはこれしかないじゃん。」

 いや、犯罪だろ。

 「俺、なんならネタ掴んできてやる。お前等の担任、どこにいるんだ?」


 おいおい、何すんだ。


 「俺等の担任は、遠藤薫子先生っていうんだ。ハキハキしてて可愛いんだ。二十八歳の独身。だけど、あれは彼氏いるな。胸、結構あるもん。」


 夏目、先生をそんな目で見てるのかよ。


 「家って、近いのか?」


 「ここから徒歩十分くらいだよ。俺の母さんと薫子先生のお母さんが仲いいんだ。薫子先生、実家暮らしだったと思う。だけど何すんだよ。だいたい、先生どうにかしたって、クラスの連中がやる気なかったらダメだろ。」


 「クラス男子に関しては、俺に考えがある。だが、まず先生の同意を得なければならない。よし、巨人、先生の家に侵入し、何か弱みを握って来い。そして和樹、本当は俺がやりたいが、残念ながら愛結ちゃんに関してはお前に任せる。女子がこの企画にのるか、愛結ちゃんに確認してくれ。顔良し、正確よし、運動神経よし、そして、スタイルよしの愛結ちゃんがいけるなら他女子ものってくるかもしれない。今すぐ行って来い。巨人は、俺と薫子先生の家に行く。俺等の悲願を達成するぞ。」


 人間と宇宙人なのに、なぜか妙にウマが合うのか、オー、掛け声をかけ右腕を宙にあげている。


 (宇宙人ともやっていける中学生男子って、テレビ受けするかな?)


 たまに、地球外生物の番組をテレビでしているが、頭でっかちで体が細く、ねずみ色で目が異常に大きい宇宙人を紹介している。こんな地球人と外見が瓜二つで、性格がちゃらく、地球人と意気投合するような宇宙人がいるとは誰も思わないだろう。


 (今だって、不思議なのに)


 「じゃあ、行ってくるぜ。」

 巨人が夏目のポケットから顔だけ出して、手を振っている。


 「夏目、巨人、あんまり危ない事するなよ。特に夏目、お前受験生だからな。変な事したら落ちるぞ。」


 「分かってる。」


 Vサインしながら、出て行った。


 (本当に大丈夫かよ)


 そう思いながらも、あゆたんと会える口実が出来たのが少し嬉しい。

 携帯に、用事があるので今から行く、そう伝えると、鏡で頭から足先までチェックし、意気揚々と家を出た。

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