第2話 巨人現る
「和樹―、お前、愛結ちゃんと登校してたじゃんよ。いいなぁ、幼馴染は。」
「顔良し、スタイル良し、頭良し。性格もさっぱりしていて、言う事なし。胸もあるしな。」
むむっ、聞き捨てならん。
「見た事もないのに言うなよ。お前の事、そう言ってたって言うぞ。」
うげげ、何処から出すのか分からない声を絞り出す。
「やめてくれ、せめて、設楽が言った事にしといてくれ。でも、和樹だって、見てるだろ。大きくなく、小さくなく、丁度いいんだよ。夏の水着姿、他の奴だって、目に焼き付いてるよ。ああ、残念なのは、一緒の高校でない事だ。これが見納めかと思うと、無念だ。」
さも残念そうに言うこいつは、夏目 淳、俺の少ない友達の一人だ。
運動神経が良く、足がカモシカのように早い。部活は引退しているが、元陸上部のエースで、中距離から長距離走を得意としている。
本人は、これからは長距離走をやりたくて、高校に入れば、それでタイムを残したいらしい。夢は、大学で箱根駅伝を走り、一躍時の人となり、そのまま鳴物入りで実業団に入り、オリンピックで金メダルを取りたいという壮大な夢を持っている。
見た目はがっちりとした硬派で、モテ顔ではないけれど、侍顔というか、しっかりとした面持ちをしている。
自分とは違い、キリッとした顔と筋肉質の肉体は、走っていると、とてもカッコイイのだ。但し、性格は非常にエロく、女子の細部を事細かに見ている変態だ。
将来、その事で捕まらなければいいけど、心配はしているが、本人は逃げ足には自信があるらしい。
「なんで、僕なんだよ。杉崎さんは可愛いけど、僕にはまだ、そういういやらしい感情はないよ。和樹はどうなの。」
聞いているだけなら、女子が話しているような、高音ボイス。男子にはあるまじき透き通ったキレイな声だ。
設楽 智之。
彼もまた、俺の数少ない友達の一人。背が高く、顔も童顔で整っている。待ち合わせで立っているだけなら、女子がチラホラ見惚れる程のスタイルの持ち主だ。だが、残念な事に、この声。
設楽に悪気はないのだが、声変わりが終わってないのか、もうこれが地声なのか、愛らしい声は女子にしか聞こえない。
学校の女子からも、「残念な王子」という残酷なあだ名を冠している。
「お前は、まず声変わりをしろ。だから、女子ともあれこれしたい感情にならないんだよ。和樹は大丈夫。側にあゆちゃんがいて、ムラムラしない奴がいたら、そいつは男じゃねえ。高校受験が終わったら、いろいろ貸してやるから勉強しろ。」
二人で、ぎゃあぎゃあ騒いでいる姿は、とても受験勉強をしている受験生には見えない。
だが、俺達には、こう言った高尚な会話が必要なのだ。何せ、フラストレーションが溜まっている。受験勉強とは、何とも寺の坊さんのように、禁欲生活に耐えねばならぬ事なのか。
早く終わりたい。
これが、本音である。
チャイムが鳴り、教室に担任の先生の遠藤 薫子先生が入ってきた。薫子先生は生徒に人気があり、ハツラツとした体育会系の性格は、とても好感が持てる。
「みんな、体調はどう?間違っても、風邪やインフルエンザにはならないでよ。せっかくここまで来たんだから、みんな合格で三年間を締めよう。明日は、三者面談だから、親御さんには、時間の確認をしておいてね。受験校の最終確認だから、自分達も覚悟を決める事。それから、塾に行っている子もいるだろうけど、先生達も有効に使ってちょうだい。とにかく分からない箇所は、速攻で聞きにくる事。特に私は担任なんだから、国語で分からない所は聞いてよ。じゃあ、出席を取ります。」
朝から元気の良い声が響く。
先生は勿論、生徒の方もいよいよ受験が迫り、緊張感というか、空回りというか、変なテンションで学校に来ている。自分の志望した高校には受かりたい、でも先生の言うように、本当に全員受かるのだろうか?私だったら嫌だな、レベル下げようかな、とか思ってしまうのだ。
明日が最終確認だ。(倍率によっては、二月に変更をする人もいる)
無論、俺は変えない。あゆたんと一緒に、高校生活を送りたい。
こんな理由で、高校を選ぶ奴も少ないとは思うが、これも原動力の一つである。
「須藤。」
横から突かれた。後ろからも、ツンツン何かが刺さる。
「須藤 和樹。朝からボーっとしていたら、受験なんてすぐに終わるわよ。試験日には気合い入れて、ばっちり目見開いて行きなさい。」
知らない内に名前を呼ばれ、先生に頭をぐりぐりされていた。
クラスで失笑されているとは、情けない。
「須藤、どうしたの?襟も曲がってるじゃない。遅くまで、勉強するのは仕方ないけど、寝不足で出遅れないようにね。」
襟を正され、薫子先生が教壇の方へ歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら、襟はきちんと鏡で確認して来たはずなんだけど、折れていたとは、なぜ?あいつ等か?
朝から、くだらない話をしていた、設楽と夏目に恨みがましい目を向けると、あいつ等、へらへらと笑ってやがる。
(後で、覚えておけよ)
目に力を入れて睨むも、馬鹿にしたような変顔をして返してくる。
(駄目だ、お前ら、落ちろ)
心の中で悪態をつくも、こう席が離れていてはどうにもならない。その時、ふと机の中から、がさがさと動く気配がした。
ああ、今日はついてない。
冬にゴキブリがいるのか分からないが、食べかけのパンを入れていた覚えがある。カビが生えていたので捨てたが、パンくずでも落ちていたのかもしれない。
だがこの状況で、机の中をまさぐる勇気が俺にあるか。
ない、しかし放置していいものでもない。
俺の両隣は女子だ。それも、そこそこ可愛い。
もちろん一番はあゆたんだ。だが、隣の女子に嫌われていい理由にはならない。
俺の机から、ゴキブリが出てくる所を見られたら、もう少ない学校生活は終わってしまう。
(須藤君の机の中、腐ってるんじゃない?ゴキブリの糞だらけなのよ、汚いわね)
そんな状況には、決して耐えられない。
覚悟を決めろ、和樹。
一限目は自習だ。薫子先生も退出した。
一月のこの時期になると、自習も増えてくる。なにせ、私立の受験が始まる。
公立の出願は二月だが、クラスの雰囲気としては、妙なハイテンション組と、ピリピリとした空気を醸し出している奴、後は目が泳いでいる奴か、静かに坊主のように悟りを開いている奴だ。
俺はと言えば、坊主のようになりたいくせに、心の中では目が泳いでいるタイプだ。勉強はしてきた、だが自信は無い。
そして、今も目が泳いでいる。
なにせ、こんな経験は初めてだ。
目に見えているものならまだしも、何も見えていない状態で、机の中を探らなければならない。すでに、リアル罰ゲームみたいなものだ。
そして、俺は虫が嫌いだ。
後数か月で卒業とはいえ、女子に嫌われたくはない。
寒さ対策に見せかけ、両手に手袋をはめた。
みんな、静かに受験勉強をしているのか、誰かに構っている時間など、彼等にはない。
よし、やるぞ‼︎
入口から、そろりと右手を入れていく。左手も、入れるしかない。
手袋をはめているのだ。左右から、追いつめてやる。
どきどきしながら、ゆっくりと左右の手を机の中深くに入れていく。
突っ込んである教科書類が邪魔なのだが、ここで、バタバタと引っ張り出すと、両隣に嫌な顔をされる。とにかく静かに、何事もなかったように、任務を遂行したい。
ゆっくりと伸ばした手の先に、何か、ぷにょりとした感触のモノがあたった。肩がびくっと動くも、冷静に冷静に、顔が強張りながらそれをつんつん指で突いてみた。
(何だ、これは)
指にあたるこれは、ゴキブリではない。この感触は、なんだかやわらかい?
彼奴らが、何かくだらないものでも入れたのか?
右手にあたる感触は、昆虫のそれではなく、少し弾力があり、何だろう、形がいまいち掴めない。
ただ、生きている感じはしない。動く気配が・・・。
ガン、ガタ、ゴリッ!
大きい音に、皆が一斉に俺を見る。
危なく、椅子から転げ落ちそうになってしまった。
両隣の女子が、迷惑そうにこちらをジロッと見て、
「何、煩い。」
言いながら、机ごと少し、俺とは反対側にずらしていく。
俺の後ろは男子だが、それもまた、俺から離れて後ろに下がる気配がした。設楽と夏目の方を見ると、素知らぬ顔で問題集と格闘している。
(俺の心配は、誰がするんだよ)
ゆっくり椅子に座り直し、机からとっさに引き抜いた手の手袋を外し、まじまじと両手を見た。
大丈夫だ、ちゃんと指、ついてる。
何かが、俺の指に噛みついた。
いや、刺されたのか?
とにかく、机の中に何かがいるのだ。
今だに指がじんじんする。よく見れば、右手の人差し指が赤く腫れていた。
本当は、机ごと窓から捨てたい気分だが、先程のみんなの視線には耐えられない。
だからと言って、もう一度、机の中を探る行為は、恐ろしくて無理だ。
(どうする、俺)
自問自答するも、答えは出ない。仕方ない、取り敢えず俺も受験生に戻るか。
何せ、噛みついてくるような昆虫相手に、手探りなど危険だ。
指を擦りながら、机の中に入っている問題集を取ろうと、ピンク色の目立つ冊子を抜こうとした時、体中に電流が走った。
後になって、よく気絶しなかったと思う。
人間はあり得ないモノを見た時に、頭の中がフル回転し、テレビ、本、雑誌、インターネット、口コミなど、あらゆる情報からそれに当てはまるモノを探そうとする。
なぜなら、これは現実に起こっている事で、自分の経験値以外のモノが、どこかの情報に隠れているのかもしれないと思うからだ。
だが、それ全部に当てはまらない時は、取り敢えず、そのモノから目線を一回外し、気のせいだったのかもと思う。
ただ、三回それを試した時には、現実に戻るしかない。
(何だ、これは)
俺の股の間から、人間の顔がこちらを見ている。凝視すれば、消えるかと思いきや、欠伸らしきことをし、目をパチパチさせている。
そして、動くたびに俺の股がムズムズするのだ。奴が窮屈そうに、股の間で体をくねらせ抜けようとしていた。
全体像は、肩から下が俺の股に埋まっているので見えないが、形だけなら、とても小さい人間らしきものだ。一瞬、白雪姫に出てくる小人をイメージしたが、あんな丸っこいじいさんではなく、本当に自分等みたいな青年が、そのまま小さくなっている感じだ。
(ファンタジーへようこそ、とか言わないよな)
何かを察したのか、奴が話そうと口を開きかけた。
本当に、自分でも信じられくらい秒速で手が動いた。奴の口が開きそうになった瞬間、顔ごと奴を手で掴み、股から引っこ抜くが早いか、制服の内ポケットに頭ごと突っ込んだ。
更に、制服の上から左手で押さえ、少し苦しそうに、前の席の奴に(左右後ろは俺から離れたので)、後ろから小声で、「体が痛いんで、保健室に行く」そう伝えると、後ろからそっと教室を抜け出した。
今思えば、「体が痛いって何だよ」と、突っ込まれてもおかしくない状況だが、俺の必死の様相と、貴重な自習時間を俺の為に割くのが嫌だったのか、「おう」それだけ言って、こちらに向けた顔をすぐに机の上の問題集に戻していた。
クラスメイトの状態より勉強の方が大事かよ、とも思うが、今はそんなことは言っていられない。
こいつをどうする。
トイレにこもり、便座に座っている俺の膝の上で奴があぐらをかいて座っている。
身長は、二十センチくらい。
俺の右手を精一杯広げた状態が約そのくらいなので、正確性には乏しいが、今はそれでいい。全身、グレー系のスキーウェアのようなモノを着用し、頭にはゴーグルらしきものをかけ、顔、形は人間の俺と寸分変わらない。
しいて言うなら、髪の色が青グレーで、目の色も同じ色をしている。地球人でこんな色は、さすがに染めていなければ自然にはでないだろう。
「お前、俺を殺す気か?だったら受けて立つ。」
目の前のチビがあぐらをかき、偉そうに下から目線で言っている。
こいつが喋る事にびっくりしていると、図に乗ったのか、
「何、黙ってんだ。言っとくけど、今は俺がお前より少しだけ小さいだけで、戦うとなれば大きくもなれるし、武器もあるんだ。」
ポケットから、拳銃のような武器を取り出し、こちらに向けた。
「これは、どんな猛獣でもイチコロで死んじまう武器だ。まあ、俺の言う通りにするなら、助けてやる。どうする、お前。」
さすがにこれ以上の暴言は許す気になれない。どうやったらこの体格差で、ここまで横着になれるのか。負ける気がしないし、何ならこのままトイレに流してもいい。
だいたい、大きくなれるのなら、さっさとなっているはずだ。
「お前、何者なんだ。何の生物でどっから来た。だいたい、なぜ俺の机の中にいる。そもそも、なぜ日本語を話しているんだ。俺は今、受験生で忙しい。おふざけで、ドラえもんに小さくしてもらったんなら、俺の前から消えてくれ。」
拳銃を指で塞ぎ、思いっ切り上から目線で言う。
相手も少し驚いたのか、あぐらをやめて、肩までよじ登って来ると、俺と目線が合うように、俺の髪の毛に捕まり耳元近くで話す。
「俺は、宇宙から来た。ここより文明が発達した国で、地球の十分の一くらいの大きさの星だ。俺達は地球を調査し、地球を侵略する為に来たんだ。日本と呼ばれるこの国が俺の担当で、日本語は地球に来る前にマスターした。先に調査している奴等がいたからな。俺の名前は、ビッグ・ビッグ・スルウ。お前、俺のここでの部下にしてやる。侵略した後も、生かしておいてやるから安心しろ。いいから言う事を聞くんだ。取り敢えず、お前の名前を聞いてやる。」
踏ん反り返り、耳元でなぜか威張って言っている宇宙人。
なぜ、こんなに偉そうなんだ。
しかも・・・。
「何が可笑しい。お前、今すぐ殺されたいのか。このビッグ様を侮辱するとは、無礼だろ。耳穴を爆破して、脳まで入り込むぞ。」
「アハハッ、あーあ。お前、馬鹿だろ。何がビッグだ。スモールのくせに。それも、ビッグビッグって、笑うしかないだろ。俺を爆破する前に、俺がお前を便所に流すわ。だいたい地球侵略だ、なめんじゃねえ。チビに侵略されるようじゃ、この国も終わりだ。さっきも言ったが、俺は今、地球侵略より受験の方が大事なんだ。俺の人生を思いっきり左右するっていうのに、お前に付き合えるか。あー、まじヤバい。とにかく地球を侵略するのは勝手だが、俺に付きまとうな。じゃあな、誰かに拾ってもらえ。」
肩にいたビッグを右手で掴むと、そのまま床に降ろし放置しようとしたら、
「お前、あの女が好きなんだろう。いいのか、俺があの女の所に行って、お前に暴言を吐かれ、便所に放置された挙句、流されそうになった話をしても。あゆたん、って言ったか、奴を俺の配下にしてもいいんだぞ。何せ、俺は惚れ薬を持っている。俺の言う事を聞く女子になるはずだ。男子には利かんが、あゆたんなら聞くだろ。俺の言うがままに動く女になるんだ。風呂も一緒、寝るのも一緒、後、おさわり・・・。」
「殺す。」
俺にこんなドスの聞いた声が出せるとは思わなかったが、仕方ない、なぜこいつがあゆたんの事を知っているのかは知らないが、あゆたんに何かあれば俺は狂うだろう。
それも、あんな事やこんな事をこいつとすると思うと、勉強など手に付かない。
「なら俺をお前のアジトに連れ帰り、俺に飯を食わせろ。朝、チョコレートというものに食いついただけで腹が減った。いいな、でないとあの女の所に行くぞ。」
なぜ俺が脅迫されているのか分からないが、あゆたんの名前を出され、冷静さをかいてしまったのは致し方ない。
何せ、彼女は今の俺にとって、愛すべき全てなのだ。
取り敢えず、奴を制服の内ポケットに入れ、トイレから出る。
丁度、一限目終了間近なのか、担任の薫子先生が廊下を歩いていたので、腹痛と吐き気を訴え帰らせてもらう事にした。
担任の薫子先生も、この時期はピリピリしている。特に、風邪やインフルエンザなど絶対になってはいけないし、うつしてもいけない。
何せ、高校受験は子供達にとっては、初めての受験であり(中学受験組は、違うとして)、失敗してほしくはないし、人生を大きく左右する大問題なのだ。
俺の顔色を確かめ、状態を確かめると、廊下で待つよう指示され、先生が教室に入ると俺の鞄とコートを持って来て帰るように促した。
「いい、必ず病院に行くのよ。」
そう言い残すと、明日の三者面談について、無理なら電話するように言われ、背中を押すように急かされ、自分も足早に学校から出た。
だんだん本当に具合が悪くなってきた。
嫌、ムカムカするのか?
なぜ俺が大切な受験前に、宇宙人なんかに遭遇するのだ。
それって、物凄い確率で迷惑をこうむっている気がするのだが。
胸の中でうごうごしているこいつを、恨みがましく制服の上からぎゅっとすると、
「うげっ、てめー殺す。」
品のない言葉が聞こえてきた。
夢ではない。ならせめて、女子の宇宙人が良かった。
あー、これで高校受験失敗したら、こいつアメリカのNASAに売りつけてやる。
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