小さい巨人
オレンジ
第1話 First Contact
君達には、こんな未知なる体験があるだろうか。
ある日、突然、空から降ってきた怪しきバッタ。
俺が食べようと手に持っていたキットカットに、なぜか思いっ切り飛びついてきた。なぜこんな冬の寒い時期に、とは思う余裕も無く、あまりの衝撃に、剥き出しのキットカットごと振り回し、デカい小生意気なバッタを振り落とそうとした。
だが、振り落とせない。どれだけ一生懸命しがみついているのか?こちらも意地でぶんぶん振るも、キットカットの上部にしがみ付いたまま、何やらもしゃもしゃ食べている。
この状況で食べられるこいつも凄いのだが、だからといって素直にやるのも癪だし、引きはがすには触らないといけない。それは、虫嫌いの自分としては、とても不本意なことだ。
俺は人間だ。
冷静に、冷静に。
お菓子の製造会社には申し訳ないが、キットカットごと道端に放り投げようと、野球のフォームよろしく、振り被り勢いをつけた。その時、奴も察知したのか、今度は自分の方に向き直り、羽をバタつかせているではないか。
俺の方が早く、決着をつけてやるぜ。
丁度、横が河川敷になっているので、思いっ切りぶん投げてやる。
最後の力を腕に込め、前足を踏ん張り、俺の好きなダルビッシュのように、剛速球を頭の中でイメージし、思いっ切り投げた。
バッシィ。
派手な音と同時に前のめりになり、危うく転びそうになった。
自分でも何が起きたのか分からない。
しかし、背中に走る衝撃的な痛みは何なのか?
また、未知なる遭遇か、それとも俺に何かが起きたのか。
「馬鹿たれ、何しとるんじゃ!」
聞きなれた、広島弁が後ろから聞こえた。
この、きゅんきゅんくる愛らしい声は、
「あゆたん。」
振り返り顔を見ると、俺の幼馴染の杉崎 愛結が、怒った顔で睨んでいる。
「何が、あゆたんや。その呼び方、やめぇ。和樹、あんた、食べ物に謝り。うちは情けない。あんたをこんな始末の悪い子にしてしもうて。これが広島じゃったら、竹刀でぶっちょるわ。」
広島の方には謝りますが、ただ単に、彼女の母方の実家が広島にあり、祖父が現在も広島で剣道を教えている為、広島で悪さをした場合、竹刀で軽く打たれるというわけだ。
幼稚園までは、東京で一緒に過ごしたのだが、彼女の母親が体調を崩し、小学の六年間を、彼女は母親と共に実家のある広島で過ごしている。彼女の父親は単身赴任となり、東京で仕事をそのまましていたのだが、彼女が中学に進むと同時に母親の体調も改善し、東京に帰ってきた。
久し振りに会った幼馴染は、とても可愛らしく綺麗で、最初の一言が出てこない自分は、ボー然と彼女の前で立ち尽くしていたと思う。
だが、彼女の一言で目が醒めた。
「和樹、久し振りじゃ。ぶち、元気そうじゃん。しかしあんた、小さい頃からあんま変わっちょらんな。背は、大きくなったみたいじゃけど。」
笑いながら思いっ切り背中をバンバン叩かれた。
東京よりドスの利いた広島弁と、見た目とのギャップで、力強く叩かれた背中は、衝撃的だった。
今は慣れたが、帰ってきて三年経った今でも、広島弁がたまに出てくる。さすがに学校では標準語で話しているみたいだけど、自分には遠慮なく広島弁で話してくるのだ。
「あゆたん、俺の親じゃないんだから、その怒り方、可笑しくない?」
始末の悪い子は、さすがに変だろ。
「あゆたん言うな。だいたい、和樹が食べ物投げるからいけんのじゃろ。あんた、達也と一緒じゃ。小さい子のすることじゃ。」
注釈を付けますと、達也は、彼女の年の離れた弟で、現在三歳。彼女の母親も、久し振りに東京に帰ってきて、旦那さんと燃えちゃたんだろうな。戻って来てすぐに妊娠し、赤ちゃんが出来た。
もちろん彼女は弟を溺愛し、立派な男に育てるべく、三歳児にいろいろ教えているらしい。そのとばっちりで、俺まで子供のように叱られる。
ちなみに、あゆたんの呼び方は、小さい頃呼んでいた呼び方で、今更、あゆ、とも、あゆちゃんとも言えず、嫌がられるがあゆたんと呼び続けているのだ。
彼女は、その呼び方がすこぶるご不満らしい。
「仕方ないだろ、バッタが止まったんだよ。俺の必勝祈願のキットカットにかぶりつくとは、さすがに腹立つだろ。虫に触れないのも知ってるだろ。」
「和樹は、馬鹿か。この時期にバッタなんか、おるわけないじゃろ。勉強のしすぎ で、脳ミソ可笑しくなっちょる。明日が最後の三者面談なの、分かっとるじゃろ。しっかりしいや!一緒の高校受けるんじゃけ。和樹が落ちるのは勝手じゃけど、バッタの夢見て落ちたとか、恥ずかしすぎ。」
物凄く嫌そうな顔で言う。
そう、俺達は受験生。
中学生活も終わり、今年からは憧れの高校生になれる。
高校生、何て素敵な響き。親の干渉も緩くなり、自己管理をある程度は任される。あゆたんとは電車通学となり、毎日一緒に登校が出来る。まぁ、中学生活も家が近いのだから、一緒なんだけど、何せ彼女はずっと剣道部に入っていた為、朝練で会えず、放課後も部活で遅く、土日も練習や試合でなかなか会わないのだ。
高校生活も変わらないかもしれないけど。
だが、高校生。恋愛と言えば、高校生。身体も大人に近くなり、異性にもっと焦がれる年代なのだ。中学三年間、彼女無し、告白される事も無し、誕生日にプレゼントをくれるのは、親と、あゆたんの「おめでとう」のお言葉のみ。
そんな生活から、オサラバして、モテたい、出来ればあゆたんと付き合いたい。
何せ、彼女は本当に可愛い。百六十センチ、スラリとした体つき、髪の毛はサラサラのロングヘアで、目は少し切れ長のくっきり二重、口元はとろけそうな程、美味しそうで、吸い付きたくなってしまう。色白で可愛らしい面立ちは、ぎゅっとして自分のものだと主張しまくりたい。後、自分にだけ言葉使いの悪い広島弁も、とても特別感があり、きゅんきゅんしてしまう。あゆたんとのあれやこれや生活は、想像しただけで堪らん。彼女に悪い虫が付かないよう、同じ高校を受験するのだが、俺には少しハードルが高かった為、受験勉強は苦難の連続。
しかし、それももうすぐオサラバさ。
あゆたんと一緒の学校で、楽しい学園ライフを送るのだ。
あまりに、ニヤニヤしていたのか、
「和樹、気持ち悪い。」
こちらを横目でチラリと眺め、うえ、舌を出して気持ち悪そうにする。
何とでも言うがいい、俺は、今燃えているのだ。
新しいキットカットを出し、口にくわえると、バッタの事はどこへやら、あゆたんとの爽やかな朝に、とんと忘れてしまっていた。
そう、冬にバッタ、彼女が言った通り、夢でもなければ変なのである。
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