陸に着いてから、奴の居所を探るのは容易だった。港町の娘に「桃太郎はどこだ」と訊くいた。長いまつ毛が特徴の娘だった。娘は黙って西側の山を指し、それきり俯きがちにその場を離れ、他の女共とひそひそと話をしている。良い心地はしなかったが、先を急ぐため礼を一言申して、山へ向かった。


 山は小高いが登れぬほどではなく、手入れの届いていない低木ばかりが群生していた。道なき道を歩み、山奥に一軒、家があった。家といっても屋根が崩れ、壁は綻び、人よりも隙間風の通りが多いような小屋だった。

 私は酷く狼狽えた。私の中で、「桃太郎」という存在は、偉く権威的で、暴虐を好み、精神に見合わぬ屋敷にのさばり酒池肉林の限りを尽くしているはずだった。

 仲間たちも似たような反応を示した。五右衛門は肩にかけた食糧を落とし、士郎は口をぽかんと開く。武治は判断を仰ぐように此方を見た。再び気を張り、自分へ言い聞かせるように声を荒げた。


「奴の貧富なぞ関係ない。奴にあるのは不義を働いたという事実それのみである。これを見逃すのは義に背く。そうだろう! 」


 私は敢えて仲間を見渡さなかった。見渡すと内に秘める暗い影を見透かされる気がしたのだ。私は腰に携えた短刀をひしと握りしめ、ずかすがと歩を進める。そして、小屋の前で大きく言葉を発した。


「やあやあ! 日中討ち入り御用である! 我ら遥か昔、悪党桃太郎に苦渋を飲まされた鬼共の末裔! 数十年の時を得て、先祖の恨み、ここで晴らさん! 」


 喉を燃やした熱を全て吐いた。出来る限りの怒気を含め、眉間を狭めた。ここで誰か迎え出るようならば斬る。そうでなくても、此方から入り奴を斬る。私は心の中で十秒数えた。

 十……九……八……。心なしか秒の数えが早くなる。七、六、五、四。短刀を抜き、右手に力を入れる。

 すると、小屋の扉が雑多に動き、開いた。男の影が見える。私は足早に寄って、右手をかざした。扉が開き男の姿が露わになった。「義」の一文字が私の脳裏を通った。


 ついぞ私はその短刀を振りかざすことはなかった。現れた男は干からび、醜い老人だった。この時ばかり、私は振り向き、仲間を見た。仲間も同様の反応だった。

 老人は云った。


「すみませぬ。まだ金の工面はできておらず……」


 私は返す。


「……呆けておるのか。銭貸の話はしておらぬ」


「いえ、鬼ヶ島の鬼のお方でしょう。ならば、銭貸のことであっております。何か長の者から預かっておりませぬか」


 私は前に長が渡した封書を思い出した。封を破り、中を見る。そこには確かに銭貸の旨が書いてあった。

 老人は語る。


「昔、村が鬼に襲われ、あらゆる財を奪われました。その話を聞いた青い私は仲間を引き連れ、鬼ヶ島に向かい、闘いました。しかし、鬼の力はそれはそれは強く、無惨にも敗れました。ですが、村が困っているのは事実ですから、私の命と引き換えに、村から奪ったものを返して欲しいと頼んだところ、私に銭を貸すという形となりました。そうして何とか村に帰ると、私は非難を受けました。食糧も銭も元より少なすぎるというのです。鬼ヶ島へ再び行くと、その多くは宴で使ったというのです。私はおめおめと帰り、柴を刈って銭にして、ここまで返してきましたが、どうも近頃、歳のせいか身体が動かず……」

 

 すると老人は這いつくばり、私の膝を掴んだ。弱く、頼りのない力だった。


「どうか、どうかお願いします、鬼のお方。あと暫くしたら、身体も治り、また柴を刈ります。柴を刈ったら銭にします。この身が果てるまで柴を刈り、銭を返します。ですから、どうか……」


 私は封書を再び読む。中に一文、「娘、あり」と書かれていた。前に街で尋ねた娘を思い出す。老人のまつ毛もまた同様に長かった。

 

 私は黙って振り向き、後を去った。後ろをついてくる鬼共が何があったのかと騒いでいる。私は何も答えなかった。

 帰りの山中で柴を刈った。出来る限り刈っては、街で銭にした。私と仲間の短刀も売った。それなりの銭ができ、皆の小袖を自らの血で紅くした。仲間もいつしか何も言わず従った。


 港につけた小舟に乗り、舟を出す。銭の分、舟は重いはずだが、あるのは得体の知れない虚ばかりだった。私の中であれほど燦然と燃えた「義」の一文字は、いつしか形のない陽炎となって私を嘲笑うように漂うばかりだった。


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 あれから、生還した四匹の鬼はさぞ讃えられた。鬼ヶ島は数日の間、宴で溢れ、そして再び貧しい日常となった。四匹は当初旅について黙していたものの、英雄と囃し立てられるうちに、自然とホラを吹くようになり、ありもしない闘いと、桃太郎の悪虐非動さを悠然に語った。


 そうして時は進み、四匹の鬼の統率であった鬼が長になった。長は村の貧しさに頭を悩まし、何も知らない一匹の若い鬼に云った。


「桃太郎という悪虐非道の奴がその昔————今はその末裔が栄華の限りを尽くしている」


 涙ながらに語った長の言葉に胸を打たれ、その若い鬼は仲間を集い、小舟一つで『牛鬼退治』に向かっていった。その小舟の薄い帆には荒々しく『義』の一文字が記されていた。

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牛鬼退治 五味千里 @chiri53

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