明朝、村の岸辺に向かうと、若者共が船の帆を張っていた。大層立派な弁才船である。何事かと訊くと、その内の一人が「あなた方の船です」と返した。「長様がこの船に乗ってもらえ、と」。

 私は反応も疎らに踵を返し、長の元へ急いだ。長は若衆を集め、何やら話をしていた。私が彼らの間を縫って長の前へ出でると、長は待っていたとばかりに自らの隣へ寄せ、声を上げた。


「英雄様のお通りである。いいか、この方を死なせてはならぬ。無事生きて帰らせ、彼を祭壇に祀ろうではないか」


 男共が鬨の声を返す。皆、昂っていた。目は血走り、熱気を帯びている。悪い気はなかったが、どこか奇妙な佇まいだった。私は諫めた。

 

「お待ちください、長様。我らは義を果たすのみであって、英雄なぞにはなりませぬ。こうも皆を悪戯に煽りなさるな。それに、表の船もいりませぬ。

男四匹の旅路がこうも立派であってはどうも変な心地で仕方がなく、小舟でよろしいので片していただきたい」

 

 先の声がしんと鎮まり、興の醒め、行き場のない興奮ばかりが漂った。長は、顔を少し歪め、私を睨んだ。若衆も同様に睨んだ。それをひとしきり返し、私は岸辺に戻る。

 これで良いのだ。義を成すならば、その心に名誉なぞはいらぬ。我々は正しき道を正しき心で通るのみだ。利は道理を狂わせる。


 それから、三匹と再び集まり、話し合った。必要な食糧と水のみ集め、それを小舟に詰める。やや窮屈ではあるが、小舟で良いと言った手前、致し方ないことだった。


 我々が旅に出る頃、騒動の故か、送る者は僅かであった。前の老婆と、長、後は女子供が少しといった具合で、若い男女はいない。

 五右衛門が最後の積み荷を運び、舟の縄を解こうとすると、長が近づき、「奴にあったらこれを」と耳打ちした。渡したものは封書だった。中身を尋ねると長は目尻の皺を深め、云った。


「見たければ見るといい。しかし、それを誰にも話してはならぬ。そして、必ず奴の手に渡すこと、いいな」


 私はいよいよ眼前の老人が不可解に感じた。長が腹の内に何を企んでいるか知らないが、こうも裏でうごかされると目障りだ。

 私はそれを断った。しかし、長は私の煤けた小袖の内に封書を無理矢理忍ばせた。鶏の足のような腕からは思えぬ力だった。そして長は一言、「村のためだ」と呟いた。私はその言葉に負けて、舟を出した。


 空は日差しの強い晴天で、海は青々と深い。波も少なく、風も適していた。

 四匹は漕ぎ手を交互にしながら進む。果てのない水平線の先に薄く陸が顔を出す。我々の目的地である。それが徐々に露わになると、士郎が叫んだ。


「打倒! 悪しき桃太郎! 悔いて死した鬼共の恨み、いざ晴らさん! 」


 青い声が空を切るように吹き抜けた。島を初めて出た悦びと復讐の熱意からか、胸の鼓動とともに肩が上下する。五右衛門は微笑み、武治は漕ぐ腕を早めた。義を貫くその一点の志が、広大な海で我々を進ませた。

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