牛鬼退治

五味千里

 怒りが喉を焼いた。この下卑た野郎を殺してやる、そう思った。

 暴力の上に胡座をかき、徒党を組んで私利私欲に生きる様はさながら牛鬼の如くである。過剰な力と歪んだ欲のみが、かの男に混在する。慈しみも悲しみも、海の畔の泡沫のようについぞ消えてしまったのだろう。

 ならば、いっそ此岸から無くしてしまって、閻魔様の眼前で悔いるといい。それが、弱者を痛ぶる者の末路であろう。

 

 発端は村の老婆の話だった。彼女の云うには、前に一度奴が村に現れて、仲間とともに残虐非道の限りを尽くしたという。

 女子供は逃げ隠れ、勇敢に戦った男は力虚しく散っていった。語る老婆の夫も目を潰され、脚を折られ、今や切り株のように半死半生の身となっている。

 しかし、彼は自害しない。飯を口に運ばれ、周囲に疎まれる身体となっても、彼は死なぬ。何故か。それは一重に先に散った同胞を想う故である。生きてしまった我が身を悲惨に生きながらえさせることで、彼岸へ行った男どもの健闘を讃えているのだ。


 私はこの時、熱い涙が頬を伝った。拳が固さを増し、唇が震え、喉が焼けた。私は多くを語らず、一人席を立ち、旅支度をする。行きも帰りも含めた支度である。私が奴を殺し、生還し、あの老婆の夫に伝えるのだ。仇をうった、と。そうしてようやく、彼は死ねる。生きた骸の生涯をついに終えるのだ。

 

 事を済ませた私は、村の長に『牛鬼退治』を願い出た。

 長が「何故に牛鬼か」と問いたから、私は「あのような非道を繰り返すは、牛鬼以外にありませぬ」と答えた。長は以前の私と同じように涙を流し、「頼むぞ」と一言。

 長も老婆の夫と同じように、悔いに生きた半生なのだろう、私は多くを語らず細い肩を抱く。冷たく赤焼けた肌が両手越しに、その皮の下に潜む血潮の哀しみを私に伝えてきた。


 海へ出る前に私は三人の有志を集った。義を果たしたいと名乗り出る若武者は数えきれぬほどであったが、義を果たすために不義を働いては意味がないと一喝し、彼らの中から三匹の男を選んだ。

 士郎、五右衛門、武治である。士郎は智略に長けた男で、しかしその内には理想への確固たる志がある。五右衛門は、力が強く鋼のような肉体を持つが、そこには他者への優しみを忘れていない。武治は、私と古くからの付き合いで、その心は知れている。義の一文字に生まれたような心身の男である。


 その夜、我々四人は宴をした。丁度東西南北の各位置に座し、私が東、士郎が北、五右衛門が南、武治が西の方角だった。四方それぞれに盃一杯分の酒と、団子がある。

 貧しい宴は、この村の常だった。奴の襲来以降、村での貧しさは激しさを増した。奴が暴虐を尽くしたのち、財までも奪ったのである。

 宴は賑やかなものではなく、静けさに包まれていた。それは慎ましさなどではなく、刻々と燃えたぎる怒気によるものだった。士郎は俯き、団子を睨み、五右衛門は感情で盃を揺らす。私と武治は、口数少なく、しかし魂を込めながら今後の旅路について話した。

 そして、一通りの話をした後、我々は残った酒に団子を溶かし、兄弟の契りを交わした。四方に腕を絡め、私は声を抑えて、しかしはっきりと述べた。


「これは英雄になるための闘いではない。先祖の屈辱への弔いである。努々ゆめゆめ心に刻み、いざ参らん」


 三人は頷き、酒を腹に入れる。ぬるく入った液体が、身体を巡り、鳥肌を立たせる。私はこれが武者震いであると、切に思った。

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