太郎が欲しいもの 前編 ※メタ発言有り
↓本編はこちら
『桃嫌いの桃太郎と癖の強い三人の仲間』
https://kakuyomu.jp/works/16816452218407521775
↓その続編
『桃嫌いの桃太郎と恩を返す物語達』
https://kakuyomu.jp/works/16816452220219317918
※がっつりメタいこと言うやつが書きたかったんです。
「白狼丸、ちょっと相談があるんだ」
夕食の後、「明日の午後、ちょっと付き合ってくれないか」などど言われれば、一も二もない。明日は二人共午後から半休をもらっていたため、新しく出来たうどん屋にでも行かないか、と誘うつもりだった白狼丸である。こちらから誘おうと思っていたのが、向こうから来ただけだ。鴨が葱を背負って来たとも言える。
しゅん、と沈んだ顔を見れば、どうやらよほどのことらしい。茜の方に問いたくとも、午前中、太郎の親衛隊を名乗る男性客が彼に桃をどっさりと差し入れてしまったため、それも叶わない。口直しにと添えられている小鉢の中の桃を見て、白狼丸はため息をついた。
余計なことをしてくれた客には、たまたま薬を届けに来ていた青衣がキツくお灸を据えたようなので(「人聞きの悪いことを言うでないよゥ。坊の桃嫌いを優しーく教えてやっただけさね」と笑っていたが絶対に嘘だ)、さすがに二度はないと思いたい。
しかし、太郎の美丈夫ぶりは遥か数千里まで知れ渡っているというのに、なぜ彼の桃嫌いについては一緒に広まってくれないのかと首を傾げる白狼丸である。
さて、翌日。
午前の業務を終え、軽く腹ごしらえを済ませた後に二人は長屋を出た。
通りの店々を冷やかした後、お目当てのうどん屋の席に着き、白狼丸は切り出した。
「それで、何だ。どうしたんだ」
すると太郎は、熱い茶を一口啜ってから言った。
「……俺にも欲しい」
辛うじて聞き取れるほどのささやかな声であった。
「んあ? 何だって?」
耳の良い飛助ならば聞こえたのだろうが、生憎彼はここにはいない。白狼丸は、ずい、と身を乗り出して聞き返した。うどんを運んできた店主も空気を読んだのか、「ここに置いておきますよ」と言って、卓の端に盆を置いていった。
「何ていうか、俺にも、『何とかの、誰それ』みたいなのが欲しい」
今度はきちんと聞き取れたものの、話の意味がわからない。さりとて尚も聞き返しては、彼も気まずいだろう。どう返したものかと悩んだ末、「……例えば?」と濁した。
「白狼丸は、『山犬の白狼丸』だろ」
山犬、という言葉に思わず激昂しかけたが、太郎にとって『山犬』というのは神様の使いであり、大層美しく気高い獣である。薄汚れた野犬の親玉のような意味合いで、彼自身を貶める目的で放たれる『山犬』とは違うのだ。それを思い出して、ぐ、と歯を食いしばった。
「飛助は『軽業の飛助』だし、青衣だって『薬師の青衣』だ」
「あぁ……そういう……」
つまり彼はこの物語の本編(第一作)の章タイトルについて物申しているのである。
というわけで、ここからはメタ発言がちょいちょい出ることをご了承ください。世界観全無視でカタカナ英語も出ます。
「俺だけ何にもない」
しょぼんと肩を落としつつ、端にあったうどんを引き寄せる。
「いやいや、そもそもな? お前は主役なんだからさ。あれはさ、お供の紹介っつぅか、そういうやつだろ?」
「主役かもしれないけど。何か、無個性すぎるというか……」
桃から生まれた半鬼の子で、その気になれば大岩をも持ち上げるほどの怪力であるにも関わらず、男も女も見境なしに落としまくる細身の美丈夫。さらには夜になると、天女かと見紛うような美鬼になるなどという設定欲張りセットの分際でこれ以上何を望みやがる。
白狼丸はそう思った。
けれどまさかそのまま言えるはずもない。
「お前が無個性なわけないだろう」
「だって。髪の色も黒いし」
それを言っちゃうか、と白狼丸は言葉を詰まらせた。彼の髪は山犬を思わせる灰色である。それをわしゃわしゃと掻いてから、ここが飲食店であったことを思い出し、顔をしかめる店主に愛想笑いをして箸を持った。
「飛助は明るい色をしているし、それに短い。色なら青衣も同じだけど、あいつの場合は……」
みなまで言うな。わかってる。れっきとした男なのに女の恰好をしているなんて、太郎からすれば個性大爆発といったところだろう。
「白狼丸は毛皮も纏っていて、これぞ山犬といった風格だし、飛助と青衣に至っては強力な前職がある」
軽業師に忍び。
確かにパンチは効いている。しかも二人共、本編ではその能力をいかんなく発揮しているのだ。
「いや、それを言えばな? おれだって同じよ。前職なんざねぇ。どうだ」
見てくれの個性をひとまず無視してそう言ってやるが、太郎はふるふると首を振った。
「白狼丸にはその鼻があるじゃないか」
「あ――……」
それに気づいちゃったか、と白狼丸は思った。
犬並み、いや、下手したらそれ以上なのではないか、との呼び声も高い嗅覚である。ぎっしり詰まった小豆袋に紛れた、たった数粒の腐れ豆を嗅ぎ分けるなんて朝飯前だし、袖の中に隠した三粒の小豆だって嗅ぎ当ててしまうほどだ。これがあるからこそ、彼のような者でも――は言いすぎかもしれないが――東地蔵一の大店、
「飛助は耳が良いし、青衣は毒の耐性がある。だけど――」
俺には何もない。
ぽつりとそう呟いて、太郎は、つるり、と麺を啜った。普段から品よく食べる太郎だが、今日はまた一段と控えめな啜りっぷりである。ずぞぞ、と音を立てて豪快に食べる白狼丸とは雲泥の差だ。
いやもう、それも十分な個性じゃねぇか。
長いまつ毛を伏せ、美しく麺を啜る面輪を見て、そんなことを思う。
ていうか、普通桃から生まれたってだけでもかなりの個性なんじゃねぇのかよ。そんで、寺子屋もねぇような小さな集落でじい様とばあ様に育てられてよぉ、数は数えられても計算なんてまるで出来なかったくせに、毎晩毎晩小石を数えるなんていうとんでもねぇ方法で算術を身に着けてだ。周りからどんなにちやほやされても図に乗ることもなく常に謙虚で、礼儀も正しくて? そんで、これが醜男だっつぅうんならまだしもだ。
顔がっ! 良いんだよなぁっ! どちくしょうがぁっ!
彼の妻である茜は、この地に舞い降りた天女かと思うほどの美しさだが、昼間の太郎もまた、天女が男の恰好をして降りて来たかと思うほどの美貌である。白粉などをはたかなくともきめの細かく白い肌に、うっすらと血の色が透ける唇。涼やかな目元を縁取る長いまつ毛に、きりりと凛々しい眉。
お前はこれ以上何を望むんだ。
重課金ユーザーめ!
思わずそんな意味もわからぬ異国の言葉が浮かぶ白狼丸である。今日の彼は色々とどうかしている。異国かぶれの異世界人の霊でも乗り移っているのかもしれない。
とにもかくにも、である。
目の前の友をどうにか元気づけてやらねばならない。
何か気の利いたこと――つまり、彼の望む『何とかの誰それ』とやらをうまいこと提案出来れば良いのだろうが、生憎、パッと浮かんで来たのは、
『桃から生まれた桃太郎』
である。
もちろんこれがベストなやつではあるのだが、太郎にとっては恐らく一番アウトなやつである。何せ彼は桃が大嫌いなのだし、そもそもその桃にしたって入りたくて入っていたわけではない。
他に何かなかったかと、うどんをずるずる啜りつつ考えたが、今度は、
『夜はおれの妻になる太郎』
という、春本の見出しのようないかがわしい雰囲気のものが浮かんでしまう始末。いや、間違ってはいないのだ。夜は彼の妻になるのである。けれども。
あっという間に麺を平らげてしまい、汁まで啜ってしまうと、もう黙っている理由がなくなってしまい、白狼丸は辟易した。丼を置いて顔を上げれば、そこにはやはりいまにも泣きそうな顔の太郎がいる。
何かなかったか、何かなかったか、と焦りながら金を払い、店を出る。
こんな時、飛助か青衣がいてくれたら、と思う。
白狼丸は正直口が回る方ではない。飛助は、腐っても元芸人だけあって、認めたくはないが口が達者だし、人の懐に入り込んで欲しい情報を盗み取って来た元忍びの青衣についても言わずもがなである。
それに対して白狼丸はというと、ありとあらゆる厄介ごとはその腕っぷしでどうにかしてきた口である。そこにくどくどと長ったらしい言葉などはなかった。
そうだ。
こんな風にしんみりと話を聞いてうんうんと解決策をひねり出すなんて、そもそもおれには無理なんだった。
そう気づいたから。
「よし、太郎」
彼が「何だ」と顔を上げるより先に、その手を取って走り出した。
「ちょ、ちょっと。何だ、白狼丸。どこ、どこに行くんだっ?!」
「わかんねぇ! とにかくあっちだ」
「わかんないのにあっちなのか? それは良いけど、手! 何でだよ!」
「お前、おれより足遅ぇからな。置いてかれたら困るだろ」
にや、とうんと悪い顔をしてやると、案外負けず嫌いな性分の太郎は、ぎり、と歯噛みをして「それは昔の話だっ!」と眉を吊り上げた。そして、その手を振り解くと、一気に加速する。
「いまはもう勝てるかもしれないだろ!」
数尺ほど先を行った太郎からそんな言葉が聞こえるが、さすがにこちらを向く余裕はないようである。少しでも気を抜いたら負けると、そう思っているのだろう。
賢明な判断だ。
せっかく油断したところをあっさり抜いてやろうと思ったのによ、と意地の悪いことを考えつつ、とりあえず昔もいまも勝つのはおれなんだよなぁ、と土埃を上げて彼に追いついた。
「はっはっは。このおれ様に勝とうなんざ十年、いや百年早ぇんだよ!」
追い抜き様にそんなことを言ってやれば、悔しさが頂点に達したのだろう、真っ赤な顔で「くそぉっ!」と叫んでいる。平素の太郎ならばまず口にしない言葉である。
それがまた嬉しくて、白狼丸はにやにやと笑みを浮かべて走り続けた。
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