【公家顔君と木綿ちゃん】より

柘植君と木綿ちゃんのハロウィン 前編

↓本編はこちら

公家顔君と木綿ちゃん ~頼れる親友は専属恋愛軍師様!?~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922440802



「柘植、アンタ今日覚悟しといた方が良いわよ」


 珍しく富田林とんだばやしから電話がかかって来たと思ったら、開口一番に伝えられたのはそんな言葉だった。


「覚悟って、何が」

「うふふ。ナイショ。でも心構えだけはしとくのね」

「はぁ?」


 今日は10月31日、ハロウィンである。

 偶然にも日曜日だったこともあり、せっかくだから皆(本当は蓼沼さんと二人が良かったんだけど)で集まって、ささやかなパーティーでもしようか、という話になったのである。


 会場は主催者である富田林の家。メンバーは富田林、蓼沼さん、俺、そして小暮の四人だ。

 学校も違うし、出会ったのなんて結構最近であるにもかかわらず、何やらもう数年来の友人ってくらいにしっくり溶け込んでいる小暮のコミュニケーション能力の高さには本当に驚かされる。ヤツは富田林のことを『千秋』と下の名前で呼び、蓼沼さんに対しては『蓼沼』と名字で呼ぶ。いや、そこは逆なんじゃないだろうか。まぁ良いけど。


 とにもかくにもハロウィンである。

 せっかくだから、クォリティはまぁこの際目を瞑るとして、何でも良いから仮装をすることにし、各自ちょっとしたお菓子なんかも持参して集まることになっている。


 仮装、と言われても。


 せいぜい百均で売ってるベタな吸血鬼のセットくらいが関の山である。狐のお面も売っていたが、どうせそれは標準装備なのだ。何をいまさら被る必要があるものか。


 そんなわけで一目で安物とわかるペラペラのマントを羽織り、何をどうしてもわずかな刺激で落下する牙を装着して鏡の前に立ってみる。


 似合わない。

 壊滅的に、似合わない。


 和顔だからか? やはり西洋の妖怪では駄目だったのだろうか。まぁ、どうせ百円だから捨てても良いんだけど。だけど、これ以外にはないのだ。


 さて、どうしたものか、と頭を悩ませていると。


 ピンポン、というチャイムの音と、


「おーい、貴文ー! 来たぞー! 開ーけーろー!」


 という小暮の声。お前は夏休みの小学生か。チャイムを鳴らしたのなら、少しくらい待てよ。


「いま開けるって」


 マントをばさりと脱ぎ、聞こえる訳はないと思いつつ、そんなことを言いながら階段を下りる。いらっしゃい、とドアを開けると――、


「おぉ……」


 そこにいたのは、燕尾服を着た狼おと――いや女である。


 もふもふの獣耳に、同じくもふもふの尻尾。流石に偽物とわかるが、それでもかなりクォリティが高い。


「すごいな」

「だろ? 姉ちゃんが張り切ってさ。危うく魔女にされそうだったんだけど、どうにか阻止した!」


 そう言って、(ほぼほぼ何もない)胸を張る。


「いや、魔女で良いだろ。お前、女なんだし」

「やぁだよ。しかもちょっとエロいやつなんだぜ? 妹になんつぅもん着せる気だよ、って」

「エロいったって、藤子さんのことだし、せいぜい足が出るとかそんなレベルだろ」

「そうだけどさ、どこの世界にミニスカートで網タイツの魔女がいるんだよ」

「そもそも現代に魔女は存在しないけどな。それにお前、陸上部だったんだから、現役時代は足くらいバンバン出してたろ。きれいな足だったじゃないか」

「うわっ、貴文、それセクハラだぜ? 蓼沼に言ーってやろーっと」

「や、やめろ!」


 集合の一時間前に小暮が家に来たのにはわけがある。仮装の相談である。といっても、俺が提案したわけではない。小暮が勝手に決めたのだ。


「とりあえず自分でも用意してみたんだけど」


 と、脱ぎ捨てていたマントをつまみ上げると、ろくに見もせずに「却下」とぶん投げられた。おい。


「貴文のことだからな、どうせそうなると思ったんだよなぁ」


 そんなことを言いながら、手に持っていた紙袋をがさがさと探る。お菓子が入ってるとばかり思っていたが、それにしては大きすぎると思っていたのだ。


「ほい、これ」


 三分の二を占めていたらしいそれらが取り出されると、パンパンだった紙袋が、ぺしゃりと萎んだ。


 不透明のビニール袋を渡される。大きさに反してそれほど重くはない。ひたすら柔らかいものが手に当たるのが気になる。


「これ、何だ」

「ん? 姉ちゃんセレクト」

「藤子さんは何者なんだ……。いや、まぁ藤子さんセレクトならハズレはないんだろうけど」

「百パー似合うって断言してたから安心しろ。さ、とっとと着替えちまえ。オレ、後ろ向いてっからさ」

「いや、出てけって。居間辺りにいろよ」

「何でだよ、オレと貴文の仲じゃん」

「そういう問題じゃない!」


 彼女が出来たらこれだもんなぁ、とケラケラ笑いながら、ベッドの脇にあった文庫本を掻っ攫って「終わったら声かけろ」と言って、もふもふの尻尾を揺らしながら小暮は退室した。


「さて……」


 かさ、と緩く結ばれていたビニール袋を開けると――、


「……さすが藤子さん」


 うん、これはまぁ百パー似合うだろう。自分でもわかる。わかるけど。




🎃🎃🎃🎃🎃🎃



「はいは〜い、いらっしゃぁ〜い」


 インターホンから聞こえてくるのは、富田林のご機嫌な声。俺達は何の仮装をしているかわからないよう、全身が映らない位置に立っている。


「そんじゃ、合言葉をお願いしようかしらぁ」


 ニヤついたその声に少々イラつきながら「トリックオアトリート」と言うと、よろしい、と返ってきて、がちゃ、と鍵が開いた。


「お邪魔します」


 と玄関に入ると、ふわりと漂ってきたのは、香ばしいバターの香りだ。


「あらっ、あらあらあらあら!」


 オバちゃんか、とツッコミを入れそうになるようなリアクションで富田林が出迎える。


「いやーん、小暮可愛いじゃない! キュートなワンちゃんねぇ!」

「違う! 狼だっ!」

「え〜? あたしはてっきりロングコートチワワかと思ったわぁ〜ホーッホッホッホ!」

「ぐぬぅ〜! お前の喉笛に噛み付いてやるからな!」


 富田林の前では小暮もチワワ扱いである。


「そんで、柘植は見目麗しい妖狐様、ってわけね、ぷくく……」


 真っ白い着物に、赤い袴。頭の上には、ぴん、と尖った三角耳。そして尻にはふさふさの尻尾である。


「笑いたきゃ笑えよ」

「はまりすぎよアンタ。本物かと思ったじゃない。あれでしょ、『妖狐の夜叉丸』」

「そうみたい。その辺の子どもにすげー写真撮られた」

「あら、そうなの?」

「ツーショット撮らせてくださいっていう若いママさんもいてさ。さすがにそれは断ったけどな!」

「モテモテねぇ、柘植ぇ?」

「うるさい!」

「ま、でもメイクもしてるし、ネットに上げられても貴文だってバレねぇって」

「だと良いけど」


 さ、こんなところで駄弁ってても仕方ないのよ、と両手を打ち鳴らし、「パーティーよ、パーティー!」と声を弾ませる。


「料理はね、あたしと木綿ちゃんで頑張ったんだから!」


 ウキウキいそいそと先頭を歩く富田林はただのフリフリエプロン姿である。まぁこれも新妻の仮装と言えなくもないが。


「おい、千秋は仮装しねぇのかよ」


 小暮がそこに切り込んだ。

 するとヤツは肩越しに振り向いてにやりと笑う。


「するに決まってんでしょ。だけどお料理で汚れたら困るじゃない? 木綿ちゃんのお着替えが終わったらあたしも着替えるわよ」


 そこで思い出す。


「おい、そういやさっき電話で――」


 その言葉は、勢いよく開かれた扉の向こうの光景に遮られた。


 言葉に詰まるほど、本格的なハロウィン会場である。暗幕のカーテンにはレースで編んだ蜘蛛の巣。よく見るとLEDらしい蝋燭の灯り。やけにリアルなドクロや、コウモリ。

 そしてテーブルの上にはとんでもない色のスイーツやらドリンク。


「おい、毒なんか入ってねぇだろうな」


 さすがに怖気づいたらしい小暮が尋ねる。


「当たり前でしょ。食用色素よ、全部。味は保証するわ」

「ならいいけど。しかしすげぇな。なぁ、あのガイコツ本物?」


 キャッキャとはしゃいで部屋の奥に消える小暮に「んなわけないでしょ」と言い放ち、富田林が、こほん、と咳払いをする。


「それで、そう、柘植」

「な、何だよ」

「覚悟しなさい。メインヒロインのご登場よ」


 と、背後を指差される。


 ――!?

 いつの間に背後に!?


 勢いよく振り向くと、そこにいたのは――、

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