柘植君と木綿ちゃんのハロウィン 後編

「蓼沼……、さん?」

「そうだよぉ。ハロウィンおめでとう、柘植君。がおー」


 ハロウィンは果たしておめでたいものだっただろうか。いや、それは良い。


 散々覚悟を決めろだの心構えをしろだのと言われたら、そりゃあ色々期待はする。蓼沼さんなら魔女でもミイラでも狼女でも吸血鬼でも絶対に可愛いと思ったし、そこに富田林の悪ノリが加われば、さらにとんでもないことになると思ったからだ。


 けれども、これは予想外すぎる。


「あ――……、あのね、あたしだって一応ね? もっと違うのにしたら? って言ったのよ? ちょっとセクシーな魔女とかね? それこそアンタ達みたいなもふもふセットも用意したんだけどね? でもせっかく木綿ちゃんがわざわざ用意してきたもんだから」


 そしたらもうゴーサイン出すっきゃないじゃない? と、俺の肩に手を乗せ、はぁ、とため息をつく。


 目の前の蓼沼さんは、というと、両手をひらひらさせて「あれー? 柘植君ー? どこー? がおー」と頭をぐらつかせている。


 巨大な、かぼちゃの頭を。


 とても良く出来ている、ジャックオーランタンである。

 本物のかぼちゃを一生懸命くり抜いたのだろう。造形としてはバッチリなんだけど、目の位置が悪かった。彼女の顔よりも一回り、いや、二回り以上あるかぼちゃである。自分の目の位置に合わせてしまうと、どうにもバランスが悪かったのだろう、ジャックオーランタンの顔としては百点の位置にそれはあった。


 つまり、中で顔を傾けてどちらかの目を覗き込むなりしないと前が見えない、ということである。その上、あまり傾けると脱げてしまう。

 この場合、口を大きくくり抜くことでその問題を解消すべきなのだろうが。


「中身と目をくり抜くだけで力尽きちゃったみたいで」


 口は黒マジックでそれらしく塗りつぶされるのみだったのである。


 どこー、と言いながら、何故か「がおー」と吠えている。ジャックオーランタンってそういう鳴き声のあるタイプの生き物だったっけ? さてはまた富田林に嘘を吹き込まれたな。可愛いけど。


「蓼沼さん、ここだよ」


 そう言って彼女の手を取る。

 すると、彼女はその手をぎゅむぎゅむと握って、「良かったぁ」と安堵の声を上げる。俺が本当に妖狐だったとしたら、この声だけで浄化されてしまっていただろう。


 シーツを適当に縫い合わせただけのような、真っ白いぶかぶかのポンチョのようなものを着ている蓼沼さんは、大きなかぼちゃ頭をぐらぐらさせながら、どうにか三角の穴からこちらを見ようとしている。


「あっ! 見えた! わ、わあぁぁ。柘植君、素敵だね。ええと、お稲荷様?」

「そうだよ」


 本当は『妖狐の夜叉丸』というアニメの主人公である『夜叉丸』なんだけど、蓼沼さんがお稲荷様だというなら、お稲荷様なのである。


「とっても似合ってる! すごくカッコいいよ、柘植君!」

「そうかな。ありがとう。その、蓼沼さんも……に、似合ってる……よ?」

 

 これって似合ってるって言っちゃって良かったんだろうか。ていうか、これ、似合わない人間っているのだろうか。


「ほんと! 嬉しい!」


 あっ、嬉しがってる。結果オーライらしい。


「でもね、全然前が見えなくって」

「だろうね」

「それにね、これじゃ何も食べられないの。ほら、口がね」


 そう言って、ただ黒く塗りつぶしただけの口にごつごつと拳を叩き込む。いや、首のところから手を入れれば良いんじゃないのかな。頭が入るほどの穴が空いているわけだし。


「だからね」


 と言って、彼女は、かぼちゃ頭に手をかけた。


「脱ぐの? それ」

「うん」


 せっかく作ったのに、とも思ったが、彼があると彼女の顔が見えないのだ。いや、がおがお言ってるかぼちゃも可愛かったけど。


 すぽん、という効果音すら聞こえてきそうな勢いで、かぼちゃを脱ぐ。緩く巻かれた髪が、ふわ、と舞った。そこから現れたのは。


「わ、わわ……」


 黒い猫耳カチューシャをつけた蓼沼さんである。


「あのね、トンちゃんが『二段構えよ』って。これ貸してくれたの。そしたらこれ脱いでもちゃんと仮装でしょ、って」


 富田林! グッジョブ!


「トンちゃん、あったまいー、って感心しちゃった。あはは」


 悔しいが認めざるを得ない! あいつ、IQ200くらいあるんじゃないのか?!


「それでね」


 そう言いながら、今度は真っ白いポンチョも、がばり、と脱ぎ捨てた。


「え? えええ?」


 もふもふ素材の黒ワンピースである。

 呆気に取られている俺の前で、蓼沼さんはぱんぱんに膨らんでいる両脇のポケットから何やらごそごそと黒いものを取り出した。それをもぞもぞと手にはめる。


「じゃじゃーん、肉球手袋だよ! ワンピースとこれ、トンちゃんが作ってくれたのー!」


 富田林、貴様!

 畜生、覚悟ってこれか? これのことなんだな? ああもう、可愛さがK点を超えた! 金メダル! 金メダルだよ蓼沼さん! 


「うお、かっわいいじゃん、蓼沼ぁ」


 気が済んだらしい小暮がぬぅ、と現れ、蓼沼さんの猫耳を撫でる。


「わぁ、小暮君もすごくカッコいいね。もふもふ、被っちゃったね」

「え~? だいじょぶだいじょぶ、蓼沼は猫だろ? オレは狼だし、貴文は狐だから。それより、アイツどこ行った?」

「あれ、そういや……」

「お着替えじゃないかな? 私が終わったら着替えてくるって言ってたし」

「そういやそんなこと言ってたっけなぁ。アイツ、どんな恰好するんだろ」


 蓼沼知ってる? と小暮が尋ねると、彼女はふるふる、と首を振った。


「私にも教えてくれなかったの。お楽しみよ、って」

「でもまぁ、アイツのキャラ的に……」


 小暮の言葉で全員が何となく視線を上に向ける。

 そしてほぼ同時に、


「魔女じゃね?」

「魔女だろうな」

「魔女だと思う」


 と声を揃えた。


「……満場一致だったな」

「だって普段からアイツ魔女っぽいっていうか」

「トンちゃんの魔女かぁ、絶対きれいだろうなぁ。あー、早く見たーい」


 などと蓼沼さんは期待に目を輝かせている。きれい、かなぁ? あいつ、髪は長いけど、体格とか結構しっかりめに男なんだけど。


 と。


 ぱちん、と指を鳴らす音が聞こえた。

 同時に室内の電気が消える。


「あれ? 停電? つ、柘植君!」

「大丈夫、いるよ」

「っつーかさ、絶対これアイツの演出だろ」


 うんざりした小暮の声に「いかにも!」という返事が聞こえる。


 そして、二回目の、ぱちん、で再び灯りがついた。

 そんな勿体つけた演出で俺達の前に姿を現したのは。


「キャー! トンちゃんカッコいー!」

「お、おぉ……こう来たか……」

「富田林……お前……」


 すらりとした、吸血鬼だった。

 長い髪をオールバックにして一つに束ね、胸には真っ赤なバラまで刺している。パリっとしたタキシード姿の吸血鬼である。


「すごーい、本物みたいだね。ね、柘植君!」

「そ、そうだね……」


 待って、蓼沼さん。

 気のせいかな、俺の時よりもテンション上がってない? もう全然俺の方見ないし。


「見直したぜ、千秋! お前、そういう恰好するとちゃんと男だな!」


 どうやらその恰好は小暮のストライクゾーンに掠っているらしく、少々興奮気味である。そこへ歩み寄り、その顎を、くい、と引く。うわ、あの小暮が真っ赤になってる。これは貴重だぞ。


「言ってなかったっけ? 、案外ちゃんとした男なんだけど、チワワちゃん?」

「ちょ、は、放せよ!」


 見た目や言動は男っぽい小暮だが、そりゃあ本物の男の力に勝てるわけはない。身長だって女子の平均を下回る蓼沼さんに比べたら大きく見えるけれども、陸上をやっていたからか、こいつは絶望的なまでにウェイトがない。

 そして富田林はというと、普段はくねくねとしたオネエだが、こいつはこいつで案外マッチョである。暴れるロングコートチワワもとい、狼女を軽々と横抱きにして、


「今宵の生贄は活きの良い子犬かぁ」


 などと楽しげだ。下ろせよぉ、馬鹿野郎、と騒ぐ小暮に、


「あんまり暴れると、ここで食うぞ」


 と低い声を出す。

 滅多に聞けない富田林の男声は、さすがのじゃじゃ馬にも効いたらしく、すとん、と大人しくなった。やるなあいつ。


 それを見て、相変わらず蓼沼さんはきゃあきゃあとご満悦である。


「あの、蓼沼さん……?」

「何、柘植君?」


 手袋と同素材のもふっとしたワンピースの肩を叩く。


「その、富田林の方が、やっぱり……その」

「え?」

「俺より……カッコいいの?」

「んなっ……!」


 そ、そんなことないよ! とピンク色の肉球付き手袋をぶんぶんと振る。肉球はちゃんとぷくりと丸い。そこまで作るとは、器用だな、あいつ。


「だって、富田林の方ばかり見てるしさ。何ていうか」


 俺だって焼きもちは焼く。

 いくら親友と言っても、あいつは男なんだし。

 彼氏が隣にいるのに。


 その辺の情けない台詞はさすがに心の中にとどめたが。


「だ……っ、だって」

「だって、何?」

「あ、あんまり見れなくて。その……柘植君のは、どきどきしちゃうから」


 柘植くんの


「富田林どきどきしないけど、俺どきどきするってこと?」


 そう確認すると、蓼沼さんは横目でちらりと俺を見て、こくりと頷き、すぐに逸らした。耳まで真っ赤だ。


「俺も、蓼沼さん見てるとどきどきするよ」

「ほ、ほんと?」

「まさかかぼちゃで現れると思わなかったし」

「あ、あれね、すっごく頑張ったの! 中身はね、トンちゃんがお料理に使ってくれてね!」


 ぱぁ、と明るい顔でこちらを見た。かぼちゃの話題を出せば絶対に食いつくと思ったのだ。が、はわ、と謎の言葉を発して、再び逸らそうとした顔を両手で挟む。


「ひょわぁ?!」

「ちゃんと見て」

「ほええ?!」

「富田林ばっかりじゃなくて、ちゃんと俺のことも見てください」

「はいぃ」


 柔らかい頬から手を放すと、蓼沼さんは、ふひゅう、と息を吐いた。そして、肉球手袋で、ふにふにと頬を撫でる。

 そして、ふに、と頬を押さえたまま、「それじゃあ」と潤んだ目で見上げて来た。反則級に可愛い。


「ちゃんと見るから。柘植君も私のことちゃんと見てね?」

「も、もちろん!」


 と、即答して気付く。

 

 いや俺は別に他の女子を見ていたりなんてことは――、と。


 えっ、もしかして小暮? 小暮に焼きもちを焼いて……? そ、そうなのか、蓼沼さん! 


「トンちゃんばっかりじゃなくて」

「見てません! あいつのことは全ッ然見てません! むしろ何でそう思ったの?!」

「え~? だって柘植君、いつもトンちゃんのことを見てるから」

「それは、その隣にいる蓼沼さんを見てるんだよ!」

「ほわ! そうなの?!」

「そうだよ! じゃなかったら誰が見るか!」


 そう声を上げると。


 え~? それはちょっと傷つくわぁ~、と相変わらずチワワ化した小暮を横抱きにしてあやしている富田林の声が聞こえた。


 いや、お前達は何をしてるんだ。

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