【イベント企画】バレンタイン

【ヘタレ陰陽師】より

ヘタレ陰陽師のバレンタイン

↓本編はこちら

『千年ぶりに現れたとかいう安倍晴明レベルの陰陽師がヘタレすぎてどうしようもない! ~もふもふケモ耳男子×3にあざとい系神主を添えて~』

https://kakuyomu.jp/works/16816700426687555745


※本編は真夏のお話なのに、それからの数ヶ月、全く進展してないのか?! と思われたかもしれませんが、その辺は一旦無視してください。ていうか、ガチで進展していないと思います。



 バレンタイン、なのである。

 オシャレな若者なんて利用客の20%くらいなんじゃないのかなって思うような、寂れたスーパーでも、やたらとハートやらピンクやらで埋め尽くされたチョコ売り場が作られてたりして。駅前のデパートなんかは言わずもがなだ。


 さてこうなると、現役の『女子』、もっといえば、本命相手のいる『女子』のあたしは、どうするか、という話になる。


 あげるべき、なんだろう。


 とは思うものの。


 もちろん、本命チョコなんて、これまでいくつ贈ったかわからない。あたしは、わりかし簡単に人を好きになって、だけどことごとく振られて、一度も実らずにこれまできたタイプの人間なのだ。そんなこんなで毎年毎年、あげる相手だけはいたりする。


 けれども、本命チョコレートに乗せた想いは、渡す前だったり、渡した直後だったり、何ならその三日後くらいだったこともあるけど、とにかく儚く散るのである。


 チョコそのものは大好きだし、この時期でもなければ買えないような、キラキラにデコレートされたそれを見るのも大好きだ。


 喜ぶだろうな。


 思い浮かべるのは、あのヘタレにもほどがある陰陽師だ。たぶん、これでもかってくらいに目を見開いて、わなわな震えて、何なら「祀ります!」くらいのことは言うかもしれない。それくらい喜んでくれると思う。


 だけど、あたしの中で『本命チョコ』というのは既に告白とセットになってしまっている。いや、無理にセットにしなくても良いことくらいわかってる。だけど、何か落ち着かない。


「とりあえず、義理を四つ買うのは良いとして――」


 その、オシャレな若者なんてほぼいないスーパーの、ささやかながら店側の努力と気合を感じる特設コーナーに足を踏み入れる。


「アラー、今年も可愛いのあるわねー」


 なんて、知り合いらしき店員さんと談笑しているオバちゃんの脇をすり抜けつつ、可愛い犬のチョコを二つ、ライオンのチョコを一つ、それから、デカデカと『義理!』と描かれたチョコを一つ、かごに入れた。義理はケモ耳ーズだけで良いような気もしたけど、あのわいせつ神主はあげなきゃあげないで面倒くさそうだから。


 ……慶次郎さんのは、デパートのちゃんとしたやつにしよ。


 そんなことをぽつりと呟いて、買ったチョコレートをエコバッグに入れる。もうこの勢いでデパートの方、行っちゃえ。



 で、本当にその勢いのまま、駅前デパートのバレンタイン特設会場に乗り込んだあたしである。


 いやぁほんとここはさ、毎年毎年すごいのよね。人、人、人。ていうか、女、女、女よ。もう、香水の匂いがすっごいわけ。チョコの匂いより香水の匂いがすごい。


 やっぱりあたしも香水とかつけた方が良いのかなぁ。


 なんてことを考えながら、人の波を掻き分けて、お気に入りのチョコレート店のブースを目指す。外国のブランドチョコレートも好きなんだけど、あたしが一番好きなのは『まりちよこれゐと』という京都に本社がある老舗のチョコレート店だ。


 いや別に、慶次郎さんがああいうキャラ陰陽師兼和カフェ店長だからとかじゃなくてね! 元々ここのが好きなの! 


 と、よくわからない言い訳をしながらずんずん歩いていると、妙なことに気がついた。ブースの中にいる店員のお姉さんも、ショーケースの前にいるお客さんも、なぜか同じ方を見ているのである。何だ何だ。芸能人でもお忍びで来たのかな? まぁあたしには関係ないけど。さーて、チョコ、チョコ、っと。


 さっさと目当てのチョコを買い、帰ろ帰ろ、と一刻も早くこの場を立ち去ろうと思ったんだけど、でも、気になるは気になる。皆一体何を見ているんだろう。と、そっちに視線を向けると――、


「ねぇ、おパ。ここ、女性専用なんじゃない? ものの見事に女性しかいないよ?」

「えぇー? そうかなぁ。大丈夫だよ」

「そうですよ慶次郎。ほら、女性専用なんてどこにも書いてません」

「いまって、女性だけとか男性だけって何か問題あるんじゃなかったか? あっ、でもトイレなんかは別だよなぁ」


 なぜいる!


 慶次郎さんwithケモ耳ーズ珈琲処みかど・イケメンフルセットである。


 そんでまた、こういう時に限って慶次郎さんは何でクソダサネタT着てねぇんだ! 仕事抜け出して来たんか! 濃茶色の着流しで来てんじゃねぇ! イケメン度爆上がってんじゃねぇか! いっそ高校ジャージで来い!


 ていうか店はどうした、お前達!


「あの、すみません」


 と、そこへ勇気ある女性四人組が、彼らに声をかけた。


「何でしょうか」

「いまお時間、あったりします? その、もし良かったら、私達と――」


 こういうのは、誰も声をかけていない状態だと、全員が牽制し合って、案外何も起こらないのである。けれど、誰かがそこを崩す勇者が逆ナンすると――


「いやいや、私が!」

「あの、奢りますから!」

「このチョコ、あなたのために買いました!」

「一目見た時から好きでした! 結婚してください!」

「一緒のお墓に入りませんか?!」


 いや、何かおかしなのいくつか混ざってたけど?!


 集団心理である。

 あの子が行くなら、私も、というか。


 ケモ耳ーズと慶次郎さんは、あっという間に女性達に囲まれてしまった。恐らく、まだケモ耳ーズの方は大丈夫だろう。普段から買い出しだ何だで出掛けることの多い彼らのことだ、逆ナンの経験くらいはあるだろうし。


 問題は、慶次郎さんだ。


 そもそもこの人の場合、男だろうが女だろうが、関係ないのだ。『人』に対する免疫がないのである。たぶん、輪の中心で小さくなって震えているに違いない。


 そして、それを助けられるのは、たぶん、あたししかいない。


「慶次郎さん!」


 一言、そう叫んだ。


 割と大きめの声を出したつもりではあるけど、ノリの良いBGMと、女の子達の嬌声にかき消されてしまっていることくらいわかっている。だけど、絶対に届いているはずなのだ。彼には。


 その証拠に――、


「は、はっちゃぁん!」


 漫画で見るようなバーゲンセールの人だかりみたいになっているところから、にゅ、と手が伸びて来た。濃茶色の袖が見える。慶次郎さんだ。


 それをぐい、と引っ張って、その勢いのまま、特設会場を飛び出した。


「あっ、一人逃げたわ!」

「よりによって一番イケメンのやつじゃない! 捕まえるわよ!」

「生け捕りよ!」

 

 そんな声が聞こえてぞっとする。

 駄目だ、振りむくな。


「慶次郎さん、何か出せないの?」

「なっ、何かって、何ですか?!」

「囮よ! いつものつぶあんちゃんでもこしあんちゃんでも良いから、とりあえずイケメンの顔のやつ!」

「つぶあんは危険ですよ、セキュリティ専門ですから!」

「だったらむしろぴったりだろうがよ! 他にねぇんかい! お色気担当とか!」

「そんなもの、ありません!」

「ないなら作れ! あんまんとか、そんな名前で!」

「わ、わわわかりましたぁ!」


 そう言うと、慶次郎さんはサッと式札を取り出して、何やら小声でむにゃむにゃと唱えた後、「ごめん!」と言ってそれを放った。


 すると――、


「きゃああ! イケメンよ!」

「イケメンがここにいるわ!」

「そのイケメンは私のよ!」

「一人こっちに寄越しなさいよ!」


 そんな声が聞こえる。

 もう気分は『三枚の御札』である。

 山姥かよ。


 

 それでもまだ慶次郎さんに執着する数人を振り切って、建物の隙間に入り込み、ぜえはあと肩で息をする。


「何とか……逃げ切りましたね」

「もう駄目かと思った……。あの人達、何であんなヒールで走れんのよ、怖すぎでしょ。ていうかさ、ケモ耳ーズ置いて来ちゃったけど、大丈夫かな」

「彼らは大丈夫です。自分の身は自分で守れますから」

「だったら製造者も自分の身くらい自分で守りなさいよねぇ。陰陽師でしょ」

「ううう、陰陽師ですけど……。僕だって彼女達が全部霊なら何とか出来ますけどぉ……」


 そう、生きてるやつは駄目なのだ、この人の場合。


「ていうかさ、そもそも何であんなところにいたのよ。あそこはね、女子の戦場なんだから」

「まさか戦場だとは露知らず……。その、僕は、チョコを買いに行こうと」

「チョコ? 何で? 誰に?」


 だってバレンタインだよ? あなた、もらう側でしょうよ、と言うと、彼はふるふると首を振った。


「歓太郎が、いまは『友チョコ』というのがあるって教えてくれたんです。男性からも贈って良いんだ、って。初めて人間の友達が出来たので、はっちゃんに、その、友チョコを贈ろうと思いまして。あの、おかしかったですか?」

「おああ……そう来ましたかぁ……」

「ただ、結局、買えませんでしたけど」

「べ、別にさ、近所のコンビニとかでも売ってるじゃん? そっちので全然良かったのに」


 ただまぁ『友』チョコって響きにはちょっとがっかりしたけど。


「歓太郎もそう言ってたんですけど。でも、こないだテレビであそこが紹介されてて、『特別な人のチョコを買いに来ました』って、女の人がすごく幸せそうな顔でインタビューを受けていたものですから」


 僕も特別なはっちゃんには、ここで、と思ったんですけど、と言って、彼はしょぼん、と肩を落とした。


「すみません……」


 この人の一生懸命は、だいたい空回りだ。

 だけど、本気で一生懸命だから、つい甘やかしてしまう。


「ほら」


 と、買ったばかりのチョコを差し出す。


「あげる」

「何ですか?」

「チョコ」

「チョコ……僕にですか?」

「慶次郎さん以外に誰がいるのよ」

「あ、ありがとうございます」

「あの、一応ね、あたしも、その、特別な慶次郎さんに、って買った、んだけど」

「ひえぇっ!? ほ、ほんとですか?!」

「ケモ耳ーズと歓太郎さんには、ほんとの義理の義理の義理のやつだか――」

「はっちゃあぁん」


 え、ちょ、もう、泣かないで!?

 あたしが泣かせたみたいじゃん! いや、あたしが泣かせたのか!


「ありがとうございます! これ、祀ります!」

「祀るな! 食え!」

「た、食べます! もちろん! だけど一旦祀ります!」


 やっぱり一旦祀るんだ。

 まぁ良いけどさ。


 その後、やっぱりちょっといい雰囲気になりかけたけど、即席イケメンを振り切った(というか、乱暴に扱い過ぎて消滅したものと思われる)お姉さま達に見つかり、逃走第2ラウンドのゴングが鳴ったため、告白どころではなくなってしまったあたし達であった。

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