【イベント企画】ハロウィン

【桃嫌いの桃太郎】より

桃太郎のハロウィン

※世界観全無視のお遊び短編です。ゆるくお付き合いください。

↓本編はこちら

『桃嫌いの桃太郎と癖の強い三人の仲間』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218407521775

↓その続編

『桃嫌いの桃太郎と恩を返す物語達』

https://kakuyomu.jp/works/16816452220219317918



「とりっくおあとりいと」


 そう言いながら、飛助が飛び込んできたのは、太郎が、暖簾を下ろして閉店作業をしていた時のことである。一日の売上金を平八の妻――およしに渡し、あとはもう灯りを落とせば、太郎の仕事は終了であった。


「取り憑く? 鳥居? どうしたんだ飛助。……いや、飛助? だよな?」


 太郎がそう首を傾げたのにはわけがある。その時の飛助の恰好が、常とは異なっていたためだ。


 頭の上に、おそらく手製の獣の耳をつけ、尻には長い尻尾、そして、顔にも珍妙な化粧を施している。目の周りと頬を赤く染めたその顔は、いつか見せてもらった猿芝居のそれだ。となると、その耳と尾は猿を模したものに違いない。


「また芝居でもやるのか?」


 尋ねれば、目の前の猿はにやりと笑って「違うよぅ」と首を振る。


「異国の文化でね」

「ほぉ、また異国の文化か」


 この間は黒い菓子だったが、今度は何だ、と首を傾げると。


「とりっくおあとりいと」

「またそれか。それは何のまじないなんだ?」


 前掛けを外して畳みながら、ゆっくりと彼に近付く。鼻を掠めるのはきつい化粧の香りだ。太郎にでもそうとわかるのだから、鼻の良い白狼丸だったら堪らないだろう。


「呪いじゃないよ。異国の言葉でね、『菓子をくれないといたずらするぞ』って意味なんだって。ええと、『とりっく』が『いたずら』で、『とりいと』が『菓子』だったかな?」

「へぇ。さすが飛助は物知りだなぁ」


 感心しながらさくさくと頭の上の耳を撫でる。


「これも良く出来てる。飛助は本当に器用だ」

「えへへ、そうでしょ。それで? どうする、タロちゃん? おいらに菓子をくれる? それともいたずらされたい?」


 その赤い化粧顔が、ずずい、と迫る。


「菓子か、いたずらかぁ。別にいたずらされたって良いんだけど、飛助に菓子をねだられたら、そりゃあ菓子をやりたいかな」

「た、タロちゃぁん……!」

「うわぁ!」


 ぶわぁ、と相好を崩して太郎に抱きつく。


「んもー、何?! そんっなにタロちゃんてば菓子を食ってるおいらのことが好きなの!?」

「だって飛助は本当に美味そうに食うからさ。けど飛助、ちょっと苦しい……」


 あとさすがにこの距離でこの化粧の臭いは辛い、という言葉は飲み込んだ。優しい太郎である。


「んふふ。逃さないよタロちゃん。だってほら、菓子、ないでしょ?」

「まぁ……そうだな。菓子、あるにはあるけど、これは店のだしなぁ」


 お客様からもらったのは全部配ってしまったし、と店の中をぐるりと見回して呟く。あとは頼んだよと言って、お吉は施錠を済ませて行ってしまったし、ここにいるのは太郎と飛助の二人きりだ。


「仕方ない。大人しくいたずらされることにするよ」


 と、覚悟を決めたように目を固くつぶってから、片目だけをうっすらと開ける。


「……でも、一体何をするんだ? 明日の仕事に差し支えないよう手柔らかに頼むよ」


 怯えるような上目遣いに、飛助は、ごく、と唾を飲んだ。どきどきと胸が高鳴る。そうだ、いたずらということにしてしまえば、いまこの唇を奪うことだって出来るのだ、と気付く。当初の予定では、彼にも耳と尻尾をつけ、自分と同じ化粧を施すだけのつもりだったのだが。


「じゃ、じゃあ、タロちゃん、目をつぶって」

「目を……? わかった」


 飛助に肩を抱かれたまま、再び、ぎゅ、と目をつぶる。


「そんなに力入れなくて良いよ。そんで、ちょっと顔上げて。目つぶったまま、おいらの方見て」

「……こう?」

「そうそう」


 何が何やら、といった顔で、それでも大人しく彼の指示に従う太郎が可愛くて堪らないと、飛助の頬は緩みっぱなしである。無防備に差し出された唇に、もうあと少しで触れられる、というところで――、


「とりっく! おあああ! とりいいいとおおおっ!」

「――んぶっ!?」


 その横っ面に四個入りの饅頭の箱が直撃した。それを放ったのはもちろん――、


「お? 何だ? その声は、白狼丸か?」


 律儀にもまだ目を閉じたままの太郎が、声を頼りに彼の方を向く。


「もう目ェ開けて良いぞ太郎。この化粧臭ぇ色猿にはおれが代わりに菓子をくれてやった」


 頭から湯気を出して大股で距離を詰め、ふん、と鼻息を吹く。そして、痛ぇ、と涙目になっている飛助の胸ぐらを掴んだ。


「まったく油断も隙もねぇなぁ、てめえはよぉ。人のもんに手ェ出してんじゃねぇぞ」

「はぁ? タロちゃんはみんなのものじゃん! 何独り占めしようとしてんだよ」

「うるせぇ! あと数刻もすりゃあおれのもんになるんだよ!」

「こら、良さないか二人共」


 地面に落ちてしまった饅頭の箱を拾い上げ、埃を払う。きちんと紐で括ってあったために、中が飛び出たりもしていない。


「だってこいつが!」

「おいら悪いことしてないもん!」

「まぁまぁ。ほら、そろそろ灯りを落とさないといけないからさ。それにさっさと飯にも行かないと」


 飯の言葉に二人の動きがぴたりと止まる。あの食堂を牛耳る女傑――お峰母さんを怒らせたらまずい。向こう十日は飯の量を減らされてしまうだろう。まだまだ食べ盛りの十代には拷問である。


「一時休戦だ色猿」

「おうとも駄犬。まずは飯だ」


 早速切り替えたのか、今日の飯は何かなぁと並んで歩き始めた二人の間に、太郎は、先ほど投げつけられた饅頭の箱を、ずい、と割り込ませた。


「おわぁ、饅頭忘れてた。タロちゃんありがとう」


 投げつけられたとはいえ、一応もらったのは飛助である。それを受け取ろうとしたが、太郎の方でしっかりと掴んでおり、離さない。


「ううん? タロちゃん?」

「なぁ飛助」

「何だい?」

「もしいま俺が『とりっくおあとりいと』って言ったら、飛助はこの菓子を俺にくれるか?」


 そんなことを尋ねてくる。

 そりゃもちろん、と言いかけて、飛助は――、


「いいや、やらない」


 と笑った。


「おいらはタロちゃんにいたずらされたいなぁ」


 と舌なめずりをして流し目をすると、太郎を挟んでその向こうにいた白狼丸が、菓子箱に触れていた飛助の手を叩く。そしてその箱をぐい、と太郎に押し付けた。


「お前は余計なこと言うな。ほら、菓子だ菓子」

「あっ、白ちゃんきたねぇぞ!」

「うるせぇ! 盛ってんじゃねぇぞこの色猿!」

「これから盛る駄犬に言われたかないね!」

「妻に盛って何が悪い!」

「タロちゃんはお前の妻じゃないだろ!」

「こら二人共! ――おっと」


 何もないはずのところで太郎の足が何かに引っ掛かり、わずかに体勢を崩したところで。


 ひゅう、と冷たい風が、向かい合って唾を飛ばし合う犬猿の鼻先を掠めた。それは、とと、と小気味良い音を立てて磨き上げられた廊下に刺さる。


 竹串、ではない。

 二本の棒手裏剣である。


「姐御……」

「いつの間に潜んでやがったんだ」


 しゃがみ込んでその棒手裏剣を回収する。冷たく、ずしりと重いそれに、ぞわりと背が寒くなる。


「しかし、今回は本気のやつじゃんか。こっわ」

「太郎もいるってのに危ねぇなぁ。なぁ、たろ――」


 振り返ると、そこに。


 異形の者がいた。

 真っ赤な顔、丸く黄色い目。鼻から下には大きな鋭いくちばしがあって、全身が青と緑の羽毛に覆われている。巨大な雉のような人である。人と判断したのは、腰から下は女物の青い着物で、裾からすらりと白く細い足が見えていたからだ。


 その雉人間が、しっかりと太郎を抱きとめている。


「とりっくおあとりいと」


 それが、女の声でそう言う。

 かぱ、と開いた嘴の中に、真っ赤な紅を引いた形の良い唇が見えた。


「菓子なんかいらないよ。いたずらをしてやろうねェ」


 くくく、と愉快そうに喉を鳴らし、きょとん、としている太郎の頬に触れる。その指先は人間のもので、どうやら、びっしりと羽毛を縫い付けた手甲を着けているらしい。


 その嘴が、ちょん、と彼の鼻に触れたところで「おっと」とその雉は言い、存外に柔らかい材質であるらしいそれを、べらり、と上にずらした。


 艶のある、唇である。その紅は安価なものではないらしく、嫌な臭いが鼻につくこともない。


 いまだ何が何やらわからぬといった顔で、しっかりと目を開けていた太郎が、ぽつりと言った。


「青衣、今日はまた一段と派手だな」


 その言葉に雉は狼狽えた。


「ど、どうしてわかったんだい」


 わからいでか。


 犬猿二人はそう思った。

 こんな変装が出来るのは青衣くらいなものだし、そもそも先ほど棒手裏剣を投げて寄越したではないか。


 青と緑の羽毛の下にある着物は普段着ているものだし、嘴の下の真っ赤な紅にも見覚えがある。

 声だっていつもの女声で、口調もそのままである。


 これでバレていないと本気で思っていたのなら、むしろ姐御大丈夫か、というところだ。


「まぁ良いさ。とにかくわっちも異国の文化とやらに触れてみようと思ってねェ。そら、そこの色狂いのお猿とおんなじ、おんなじ」

「そんなこと言ったら姐御、姐御も色狂いってことになるんだぞ」


 飛助が半眼で睨むと、青衣はほっほと高い声を上げ、「坊になら、色でも何でも狂ってやるよ」と笑った。


「さ、お前達はとっとと飯を食ってきな。わっちは坊の部屋で酒盛りの準備をして待ってるから」


 そう言ってくるりと踵を返せば、「おい待て」と白狼丸が慌てる。彼にも一応というものがある。


 すると青衣は肩越しに振り向いて、目を眇めた。


「残念だったね、犬っころ。今日は店にがあったもんでねェ。それで来たんだよゥ」

「……と、いうことは……」


 がくり、と膝をつく。

 

「は、白ちゃん……?」


 おおい、と放心状態の白狼丸の肩を揺すると、彼の懐から、かさり、と落ちたものがある。拾ってみれば、それは紙に包まれた小さな飴玉だった。


 どうやら彼も茜と『とりっくおあとりいと』するつもりだったらしい。


「だったらむしろこれはいらないんじゃないのか」


 そう呟いて、飛助は、その飴を口に放った。


 とっととおしよ、今日の酒は上物だ、という言葉を残して、青衣が煙のように消えてしまうと、太郎は「すごい」と感嘆の声を上げた。


 同意を求めようと振り返ると、そこにいたのは、がくりと項垂れる白狼丸と、頬をもごもごさせてニヤニヤしている飛助である。

 何が何やらわからないが、とにかく今日は四人で飲めるらしい。それに気を良くした太郎は、


「ほら、飯だ飯」


 と項垂れたままの白狼丸を片手で担ぎ上げて、飛助と共にいそいそと食堂へ向かったのだった。

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