【九谷宗一郎の『変』】より

九谷宗一郎のホワイトデー

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九谷宗一郎の『変』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055014434414



 何やかんやあって、私と宗一郎は、幼馴染みから恋人という間柄になったのだけれども、その初めてのホワイトデーもやはり宗一郎流だった。


 と、その前にこれまでの――つまり幼馴染み時代の歴代ホワイトデーを紹介しておこうと思う。


 さすがにうんと幼い頃の宗一郎は普通だった。五歳くらいまではおばさんと一緒に作ったクッキーだったのだ。だけど、私がその時に好きだと言っていたチョコチップやらアーモンドといったトッピングは必ずあったし、ラッピングもその時に好きだったキャラクターのものだったけど。


 それで、六歳のホワイトデーからだ。


 宗一郎が本領を発揮し始めたのは。


 それでもまだ可愛いものだった。いつものクッキーが、キャラクッキーに変わっただけ、というか。

 ココア生地とプレーン生地を上手く使ってその時にハマっていた『もっちウサコ』を彼はかなり忠実に作り上げた。とはいえ、六歳である。その時の私にはかなり精巧に見えたけれども、大きくなってからその時の写真を見てみると全然荒かった。


 キャラクッキーは十三歳まで続いた。

 が、当然のようにクオリティは上がっていく。溶かした飴を網のようにしてかごまで作り始めた時には、宗一郎はきっと将来パティシエになるんだろうと思ったし、彼のご両親もそう思っていたらしい。宗一郎の方ではそのつもりは微塵もないみたいだけど。


 だけどそれを裏付けるかのように、十四になると、それはさらにパワーアップした。


 ケーキになったのである。

 それもクリームチーズの箱の裏に紹介されているような簡単チーズケーキとか、お菓子メーカーのホームページに載ってるホットケーキミックスを使うようなお手軽ブラウニーの類ではなかった。


 薄力粉を何回振るうとか、無塩バターがどうだとか、アイシングやらキャラメリゼやらと何が何やらわからない技術を駆使して作られる本格的なデコレーションケーキだったのである。


 ここで一つ断っておくけど、その時の私達はあくまでも幼馴染みだ。私があげたチョコレートなんて義理丸出しのやつで、どこからどう見ても本命ではなかったし、もちろん恥ずかしいから義理っぽいのを渡したけど本当は本命で――なんてこともなく、純然たる義理のつもりであげているのである。

 

 ホワイトデーは三倍返し、なんて言葉があるらしいけど、これでは三倍どころか三十倍である。


 それで、十五、十六と、何なら近所のケーキ屋さんのものよりもよほど豪華でオシャレなケーキが私の家に届けられて(さすがに学校には持ち込めるサイズじゃない)来たというわけだ。

 

 だからきっと今年もそうなんだろう、と十七の私は思うわけなんだけど、今年はいままでと違うのである。


 何せ初めてのホワイトデーだ。


 私も本命として、ちゃんとそれらしいのを渡したのである。

 とはいえ宗一郎に手作りを贈れるほどの度胸も技術もないから、まぁベタな感じで、ハートの形のチョコがこれまたハート型の箱に詰められている、というやつだったけど。毎年『ドッキリマンチョコ』とかをあげていた私からすれば偉い進歩である。


 これはもうウェディングケーキレベルなんじゃなかろうかと、私は密かに震えた。


 私と宗一郎が恋人となったその週明けの朝、彼はわざわざ私を迎えに来て、無理やり手を繋ぎ、意気揚々と登校した。そして何が何やらと混乱している私をよそに、教卓の前で繋いだままの手を高々と揚げ、


「俺ら付き合うことになった。未蕾は俺のだから、絶対に手を出すなよ」


 と宣言した。

 騒がしかった教室はしんと静まり返り、その時その場にいなかったクラスメイトにも懇切丁寧に言い回って、あっという間に私達の仲はクラス中――いや学年中に知れ渡ることとなってしまったのである。男子は「藤沢なんかに手を出すかよ」と笑っていたけど。


 カースト上位の女子達から何か言われるんじゃないかという危惧はやはり杞憂では終わってくれず、ちょっとした嫌がらせやら女子トイレへの呼び出しなんかもあったけれども、その度に宗一郎はそれを察知して飛んできた。女子トイレにすら、である。盗聴でもしてるのだろうかと、盗聴器を割と大真面目に探したけど、それはどこにもなかった。


 それで、そこまで私に執着する宗一郎を怖いと(気持ち悪い、の方かもしれないけど)思ったのか、しばらくするとそれはパタリと止んだ。


 だからまぁ、いまは平和なものである。宗一郎の周りには取り巻きのような女子がいなくなって、その代わりに男子ばかりになったけど、彼は「こっちの方が全然楽」と笑っている。


 とまぁ、そんな少々突き抜け過ぎている宗一郎だから、ウェディングケーキが出て来ても何らおかしくはない。


 ピンポン、とインターホンが鳴る。時間的に間違いなく宗一郎だろう。恐る恐るモニターを確認するが、デコレーションケーキが入っているような白い箱も持っていない。ここ数年は毎年、大きな白い箱をインターホンのカメラに見せつけるようにして立っていたのだが、今年は何もなかった。

 とりあえず、ウェディングケーキじゃなくて本当に良かった。


「まずはこれ。そんじゃあ、スタート!」


 と、ころんとした、ラッピングも何もされていないクッキーを一つ手渡して、宗一郎はそう言った。


「え? 何? どういうこと?」

「まずはそれ食って」

「これ? これを?」

「そ。中に紙が入ってるから」

「ああ、成る程」


 どうやら今年はフォーチュンクッキーらしい。宗一郎にしてはちょっと地味かな、なんて思ってしまったけど、いや、これにしたって、作るのは結構な手間だし、何よりめちゃくちゃ美味しい。そして、彼の言う通りに中には小さな紙が入っていた。


『玄関の招き猫の裏』


「玄関の……招き猫?」


 ていうか一体どこの玄関よ、と思ったけど、招き猫が置いてあるのは宗一郎の家だ。


「よし、そんじゃ行こう」


 当たり前のように手を繋いで、宗一郎は機嫌よく徒歩三分の自宅へと向かう。そして、中に上がらせてもらい、玄関の下駄箱の上にある招き猫をちょいと避けると、そこにはさすがにきちんとラッピングされたクッキーが置いてあった。


 けれどそれもやはりフォーチュンクッキーのようである。


『居間の写真立ての裏』


 今度は居間らしい。

 写真立てって言っても、色んなのが置いてあるから、果たしてどれの裏だろうか。


 と探し回っていると、五歳くらいの私達が並んで映っているやつの裏にそれはあった。


 これもやはりフォーチュンクッキーである。


 何だ何だ。

 一体どこがゴールなのだ。

 この調子で食べ続けていくと夕飯が入らなくなるかもしれないんだけど。


 そしてその後も、キッチン、洗面所、階段の踊り場と九谷家の至る所にクッキーは隠されていた。なんやかんやとそれなりの大きさのクッキーを食べ続けた私は、申し訳ないけど正直ちょっとその味に飽きて来ていたりする。それに気付いたらしい宗一郎が、「大丈夫、これが最後だ」と言った。


 さくりと齧ったクッキーの中から出て来たのは、『俺の部屋』と書かれた紙。成る程、宗一郎の部屋がゴールだったわけね。というか、この階段を上り切った先にあるのはおじさんとおばさんの寝室と宗一郎の部屋、それとトイレしかないわけだから、どう考えたって隠すのは宗一郎の部屋しかない。


「やったぁ、ゴール!」


 とドアを開けると――、


 ホテルのルームサービスを運んでくるような銀色のワゴンの上に、チョコレートで出来たドームが一つ乗っかっていた。直径30センチ、高さも20センチくらいはありそうなやつだ。


「な、何これ」

「え? 今年のホワイトデーだけど」

「いや、いままで食べたクッキーじゃなかったの? ていうかここまでのこれは何!?」

「だってこないだ宝探し番組見て、『これ面白そう!』って言ってたじゃん」

「い、言ったけど!」


 そう言えば先週、そういうテレビ番組をやっていたのだ。最もそれはフォーチュンクッキーではなくて、クイズを解きながら宝の地図を解読して――という内容だったけど。


「あの番組みたいなクイズを作っても良かったんだけどさ。あの時も結局未蕾は一問も当たらなくて全部俺が教えただろ? それじゃつまんないというか、時間がかかりすぎるからさ」

「うぐぐ……」


 そうなのだ。

 その手のクイズ番組は大好きなんだけど、クイズの方はからっきしなのである。


「というわけで、はい、コレ」


 と、手渡してきたのは、いつの間に持っていたのだろう、小さなマグボトルである。


「えっ、何これ。どうするの」

「中に入ってるのをそのチョコのドームにかけて。真上じゃなくてなるべく手前の方にな」

「中に入ってるのを?」


 きゅぽ、と開けてみると、ほわほわと甘い湯気が立ち上ってくる。ふわりと漂ってきたのはチョコレートの香りだ。それをそぅっとドームにかけると、どうやら中は空洞だったようで、熱いチョコレートによって薄い壁は徐々に溶けていく。


 そして、ちらりと見えて来たのは――、


 私と宗一郎の顔のクッキーだった。


「うっわ、すごい。似てる……」

「だろ? こないだキャラクッキーの動画見てすごいすごいって感心してたからさ。久しぶりに作ってみた」


 そう言って鼻をこする宗一郎は得意気である。その顔を見ると、ウェディングケーキだったらどうしようなんて先走っていた自分が途端に恥ずかしくなる。そう思って顔を赤らめていると、どうした? と覗き込まれて言葉に詰まった。


「いや、別に、その」

「何か変なこと考えてたろ」

「そんな変なことじゃないよ!」

「じゃあ言ってみろよ」

「いや、えっと、その、ま、毎年すっごいケーキとかだったから、その、今年はウェディングケーキみたいなのだったらどうしようって思ってた、っていうか……」


 何も馬鹿正直に言う必要はないのに、ついついしゃべってしまう。すると、宗一郎は一瞬きょとんとした顔をしてから、ぷっ、と吹き出した。


「な、何よ。笑うことないじゃない! 先走って馬鹿みたいって思ったんでしょ! どうせ!」

「いや、違くてさ」


 くつくつと笑いながら、宗一郎は、「だから」と言う。


「未蕾がちょっとでも興味あるようなことを言ってたら俺はそうしてたって。でも、そんなこと言ってなかったじゃん」

「え? あ、そっか」


 そうだった。

 いつだって彼はなのだ。あくまでも、私がそう望んでから、なのである。彼は私が興味を示したことのみに行動を起こすのだ。


「よし、わかった。先走って考えたってことは興味あるんだな。よしよし。これでもう何の遠慮もいらないってわけだ」

「え? あ、ちょ、ちょっと待って」

「待たない。俺は明日からウェディングケーキの特訓に入る。そんで、それが出来たら次はドレスだ。いや、和装が良いか? なぁ未蕾、どっちだ。チャペルか、神前か? ああでもウェディングケーキなんだからやっぱりチャペルだよな。よし、それならドレスだ。後で採寸させてもらうからな。確か母さんの知り合いに洋裁が得意な人がいたはずだ。明日にでも菓子折持って早速相談に――」

「お願いだからちょっと待って――!!!」



 私の恋人の九谷宗一郎は変わり者だ。

 いや、『恋人』じゃなくて『未来の夫』、と言った方が正しいのかもしれない。


 とにかく、そう、彼は変わり者なのだ。

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