【イベント企画】ホワイトデー
【公家顔君と木綿ちゃん】より
初めてのホワイトデー
↓本編はこちら
公家顔君と木綿ちゃん ~頼れる親友は専属恋愛軍師様!?~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054922440802
※本編は5月頃のお話だったにも関わらず、10ヶ月間このカップル何してたの? まーだ名字で呼び合ってんの? という突っ込みは無しの方向でお願いします。この二人はいつまでも「柘植君」「蓼沼さん」って呼び合っててほしい!
「……ちょっと
放課後、映研の部室へと向かう途中で背後から聞こえた声に、ぎく、と背中を引き攣らせて振り返る。
振り返らずともその声の主が誰かなんてわかり切っていたけれども。
「……うるさいな」
手の中にあった『それ』を慌てて鞄の中に突っ込む。しっかり見られてしまったから隠してもいまさら手遅れではあるんだけど。
「アンタねぇ、別に木綿ちゃんに合わせなくたって良いでしょうに」
「別にそういうわけじゃない」
「だったら何で――」
と、
「シチューのルーなんか用意してるのよ」
「それは、こ、今夜の夕飯のアレだよ」
「今夜の夕飯のアレを学校に持って来てんじゃないわよ」
カタカタとホーム食品の『ホームシチュー』を振り、富田林はニタニタと笑っている。その顔が腹立たしい。
「ちゃんとそれじゃないのもある!」
「へぇ? ほぉ~お」
その腹立たしい表情で、だったらこれは何なのよ、と箱を指差す。パッケージには『ホワイトデーには白いシチュー』という一文が加えられていて、何やらリボンがついたハートのイラストまで描かれている。いわゆるホワイトデー仕様というやつである。
「だから、これは夕飯の――」
と、それを奪い返して再び鞄へ突っ込もうと思ったその時。
「わぁ、柘植君のお家も今日シチューなの?」
呑気な声と共に、俺の彼女である蓼沼さんが、富田林の陰からひょこりと顔を出した。そして――、
「偶然~。ウチも~」
ほら、と釣られて頬が緩みそうになるほどの笑顔で、鞄の中からホワイトデー仕様の『ホームシチュー』を取り出す。何で持ってるんだろう。
「ほら、じゃないわよ。だから、アンタも何でそれを学校に持って来てるのよ、ヌマ子!」
「違うよ、今日はテレビのリモコンと間違えたわけじゃないよ」
「違うよ、の意味がわからないけど。学校にTVのリモコンを持って来る必要はないと思うわよ?」
「だって私よく電子辞書とTVのリモコンを間違えちゃうことがあるから」
「大きさが違い過ぎるでしょ! ていうか、だとしたらその場合は電子辞書と間違えた、って言うのよ!」
「今日はちゃんと電子辞書も持って来たもん!」
その勢いに何だか思わず納得してしまいそうになるが、だとすると、その代わりに一体何を忘れてきたんだろう。
「それに柘植君だって持ってるし」
ヤバい、流れ弾だ。
よくわからないうちに俺が持って来てるんだから、シチューのルーを学校に持って来てもおかしくはない、みたいなことになっている。
「ごめん、蓼沼さん。これはその」
「何?」
「ええと、先月、ほら、カレーをご馳走になったから」
「カレー……、あ、あぁ! そう! それ! それなんだよ、柘植君!」
「……それ?」
おかしい。
いまは俺がなぜ学校のシチューのルーを持って来たか、というのを説明する流れだったはずだ。
「あのね、柘植君ごめんなさい!」
「……は?」
「ううん?」
突然腰をきっちり90度に曲げ、そんなことを大声で叫べば、たまたま通りがかった他クラスの女子生徒二名が、こちらをちらちら見ながら小声で何かを話して笑っている。あれだ。きっとあれだ。俺が蓼沼さんに告白して、それで、振られた、みたいな感じに思われてるんだろう。そんな事実はないはずなんだけれども。
いや、もしかして、あるのか?
そういうことなのか、蓼沼さん?!
そんな、昨日までそんな感じじゃなかったじゃないか。だいたいいつも家庭科部の方が早く終わるからって映研の部室の前で待っててくれて、それで、竹谷にいつもからかわれてて――……って、もしかしてそれ?! それが嫌だったとか?! 畜生、竹谷あの野郎!
「ごめん、蓼沼さん。そんなに嫌だったなんて。ちゃんと竹谷に言っておくから」
「え? 竹谷君が何?」
「え、いや、えっと、竹谷がいつも……」
「うん、いつも竹谷君って、面白い話してくれるよねぇ。こないだもね、カバの汗ってピンク色なんだよって教えてくれたの。ちょうど柘植君が先輩とお話してる時だったかな。竹谷君って動物に詳しいんだねぇ」
「え、そ、そうなんだ」
竹谷ごめん! 違った!
何かお前普通に評価高かった!
俺としては正直耳にタコなんだけど、お前の動物豆知識、蓼沼さんにヒットしてるぞ!
いや、ということは、むしろ竹谷の方を好きになってしまって……ということも? 畜生、やっぱり竹谷め!
「ちょっと柘植、落ち着きなさいな」
「……お、俺は全然落ち着いてるけど」
「全く落ち着いてないわよ。まぁ、アンタがそんな取り乱してるのもなかなかレアで面白いけど?」
すっかりその存在を忘れていた富田林に肩を叩かれ我に返る。落ち着いてる、なんて言ったけど、本当のところは全く落ち着いてなんかいない。
「木綿ちゃん、さすがのあたしでもこれはちょっと柘植に同情しちゃうわね。言葉が足りなすぎよ。何がごめんなさいなの?」
まるで我が子にでも向けるような慈愛に満ちた目でそう促すと、蓼沼さんは、うう、と唸ってから「あのね」と話し始めた。
「こないだバレンタインの時、柘植君、一緒にカレー食べてくれたでしょ?」
「う、うん」
「だけどね、あのあとお姉ちゃんにね、『初彼氏なのにバレンタインチョコをあげないなんて何事か!』って怒られてね」
「そうなんだ。いや、俺は全然気にしないけど」
「だからね、ホワイトデーにリベンジするつもりでね」
「え? う、うん」
リベンジという響きがちょっと怖い。
「あっ、でもね。大丈夫、ちゃんと成功はしたの! それは大丈夫!」
大丈夫、ともう一度言って、蓼沼さんはシチューのルーを持っていない方の拳をぎゅっと握りしめた。うん、三回も言うんだから間違いなく成功はしたのだろう。ちらりと富田林を見たが、「あたしは何もしてないわよ」と首を振っている。
「大丈夫だったんだけど……」
そう、何かが大丈夫じゃなかったから、先ほどの「ごめんなさい」に繋がるのだ。何だ。今度は一体何が起こったんだ。
「それがこれなの」
と、シチューのルーを顔の前に出した。
いや、何がどうなってこれになったのだろう。俺が知りたいのはそこだ。
「絶対忘れちゃいけないと思ってテーブルの上に出してたの。お弁当の横に置いておいたら絶対に忘れないから。そしたらね、お母さんが『今日はホワイトデーだからシチューね』って言ってて。それでたぶんその辺りに置いてたんだと思う」
成る程。
もうわかった。
「それで、お弁当とシチューのルーを持って来ちゃった、と」
そう言うと、蓼沼さんは真っ赤な顔でこくりと頷いた。
「ごめんね、柘植君。今度こそって思ってたんだけど。しかも今日一日ですっかりそのこと忘れてて」
「良いんだよ、蓼沼さん。それにほら、今日はホワイトデーなんだし、本来は俺がお返しを渡す日なんだからさ。えっと、なので、これ」
と、シチューのルーの方ではないお返しを蓼沼さんに渡す。手作りじゃないけど、と一言添えて。
すると蓼沼さんは、どうやらお返しのことをすっかり忘れていた――というかたぶん自分の『リベンジ』の方で頭がいっぱいだったのだろう――ようで、目をまんまるに見開いて固まっている。そして、ゆっくりと手の中の箱に視線を落として、「ほああ!」と素頓狂な声を上げた。
「そ、そっか! ホワイトデーって、そうだった!」
さらにそんなことを叫べば、富田林が「さすがはヌマ子よねぇ」と大きなため息をつく。そして彼もまた「というわけで、あたしからもあるわよ」とどうやら手作りらしい包みを彼女に手渡した。シチューの箱と俺のお返し、さらに富田林からの分で両手がいっぱいになった蓼沼さんは、真っ赤な顔で口をあうあうさせている。
「大丈夫、蓼沼さん?」
「だ、大丈夫……。ごめん柘植君。私、ホワイトデーのことなんか勘違いしてた」
「うん、まぁ、良いんじゃないかな」
蓼沼さんらしくて、という言葉だけはぐっと飲みこんでおいた。
「ああ、えっとそれでね。あの、もし良かったら、なんだけど」
「何?」
まだ赤いままの顔で上目遣いに見つめられれば、正直、たまらなく可愛い。しかし、人目のあるところで――というか
「その、もし良かったら、今日もウチでシチュー食べていきません、か。あの、えっと、ほら、作ったチョコ、家にあるし。それも渡したい、というか」
柘植君のお家もせっかくシチューみたいだし、もし良ければなんだけど……、とどんどん小さくなる声に吹き出してしまいそうになる。確かにさっき富田林に夕飯がシチューだみたいなことを言ったけれども、あれはなんていうか、まぁカレールーのお返しならシチューのルーかな、って安直な思考で持ってきてしまったのを見られて、思わず口走ってしまっただけなのである。だから別に我が家の夕飯はシチューではないはずだ。
「謹んで、行かせていただきます」
で、結局。
蓼沼さんが作った俺へのバレンタインリベンジチョコレートは、「お父さんったら今年は手作りなのね」と勘違いした蓼沼さんのお母さんの胃袋に収まってしまっていた。
「今度はお母さんんんん!」
と蓼沼さんは盛大に泣き、お姉さんの
「今日のシチューはホワイトデーのお返しということで僕が作ったんだよ。ほら、見てくれ柘植君。ちゃんとにんじんもハートになっててねぇ」
得意気にハート型のにんじんを見せてくるお父さんの相手をすることとなったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます