海の向こうの文化【白狼丸編】※

※作者の精一杯のBLはまだまだ続きます。本編もこのノリだと思わない方が良いです。本編は全然こんな話じゃありませんから。完全に悪ノリしました。




 とんとん、と戸を叩く音が聞こえ、部屋の中にいた男衆はほぼ同時にそちらを見た。そして、再び部屋の中に視線を戻す。


 おい、誰か出ろよ。


 そんな思いを乗せた視線が飛び交う。

 普段この大部屋を訪ねて来るものといえば、酒の相手が欲しい酔っ払いくらいなもので、大抵かなり出来上がっているため正直歓迎したい客ではない。


 自然とその目は最年少の白狼丸に集まり、彼は「へいへい」と面倒臭そうに返してからよっこらせと立ち上がった。


「今日は誰だよ。一平さんか、それとも仙次さんか」


 そんなことを言いながらがらりと戸を開けると、そこに立っていたのは太郎である。湯上りらしく、寝間着姿で頬もほんのりと赤く、しっとりと濡れた髪を緩く結わって肩に垂らしている。一見女人かと見まがう艶っぽさに、大部屋の男衆は「おお」と色めきだった。いまにも飛び掛からんと片膝を立てて身を乗り出しているものもいる。その異様な空気を感じ取って、太郎は思わず一歩後退した。


 そんな太郎を守るように、白狼丸は背後の飢えた男共をぎろりと睨みつけてから、後ろ手でぴしゃりと戸を閉めた。


「どうした太郎、こんな時間に珍しいじゃねぇか」


 部屋の中が何やらざわざわと騒がしく、黙れ、という意味を込めてかかとで戸を蹴りつつそう尋ねる。こうでもしないといまの太郎の姿を戸の隙間から覗こうとする不埒な輩が出て来るだろう。


「いや、大した用じゃないんだけど」

「大した用じゃないなら明日でも良かったんじゃないのか? だいたいお前そんな恰好でこの部屋来んなよなぁ」

「そんな恰好って言われても。白狼丸と同じ恰好じゃないか」

「それはそうなんだけどな? 何ていうかなぁ。寝間着だからなぁ」

「さっき飛助も寝間着姿だったけど」

「何だ馬鹿猿とも会ってたのかよ。あいつマジで油断ならねぇな」

「いや、その飛助から良いものをもらったから白狼丸にもあげようと思って」


 良いもの、と言われれば正直興味も湧く。けれども出どころが馬鹿猿飛助だと思うと喜んで良いのかは微妙なところなのだが。


 恐らく普段の飛助の行動から考えて、それは太郎だけにくれたもののはずである。にも拘わらず、それを自分にも分け与えようとしていることを果たして彼は知っているのだろうか、と白狼丸は思った。知っているのだとしたら、いまごろかなり悔しがっているだろうと密かにほくそ笑む。知らなかったとしたら、明日教えてやろう。いずれにしてもいい気味だと底意地の悪いことを考えつつ、けれどそれをなるべく心の中だけに押しとどめ、「何だ」と返した。


 すると太郎は懐から小さな箱を取り出した。

 ぱか、と開けてみると、中に入っていたのは甘い香りのする球体である。


「何だこれ」

「海の向こうの菓子らしい。何でも明日は『ばれんたいん』とかいう日らしくて、好きな人にこの『ちよこれいと』という菓子を贈るんだそうだ」

「へぇ。好きな、人に、ねぇ」


 あンの馬鹿猿め。

 

 思わず歯噛みしたくなる衝動を堪える。

 そういやここ最近やけに姉さん達が浮足立っていて、食堂でも何やらどこそこの菓子がどうだとかきゃあきゃあと騒いでいたのを思い出す。


 成る程、そういうことだったのかと合点がいくと共に、ということは、と白狼丸は思った。


 つまり、何だ。


 太郎はその、好きな人に贈る『ちよこれいと』なる菓子をおれに渡しに来たのか、と。


 その『ちよこれいと』自体は飛助が彼に贈ったものらしいが、この際、その部分は無視するとして。


 ということは、だ。


 太郎はおれのことが好きだ、ということではないか。


 そこに思い至り、白狼丸はちょっとでも気を抜くとだらしなく緩んでしまいそうになる頬をぎりりと抓った。


「どうしたんだ白狼丸」

「な、何でもねぇよ」

「何でもないなら、頬を抓るなよ」

「良いんだ、これはこれで」

「良いのか……?」


 いや落ち着け、白狼丸。

 好きと言ってもだな。

 もちろんそういう意味の『好き』では困るのだ。

 おれはもちろん男より女の方が好きというか、いや、『の方が』も何もその『好き』の土俵に野郎が乗っかってること自体おかしいというか、うん、おれは女が好きだ。間違いない。だけれども、まぁそう悪い気持ちでもないというか。

 ――っていやいや、さっきからおれは何を考えているんだ。


 いかん、片頬だけでは足りないかもしれないと、もう片方もぎゅっと抓ると、いよいよ太郎は怪訝な顔になって、白狼丸を見た。


「本当に大丈夫なのか、白狼丸」

「だ、大丈夫だ」

「大丈夫なら良いんだけど。まぁとにかく――」


 そう言うなり、ぽかりと開いている白狼丸の口の中に『ちよこれいと』を押し込む。それは飛助から渡された時よりも幾分か柔らかくなっていた。


「おぉ?! 何だこれ」

「どうだ。甘くて美味いだろう?」

「美味い……けど甘すぎないか? それになんかぐにっとしてて変わった食感だな」

「不思議だよなぁ。口の中で溶けるなんて」

「うん、確かに」


 歯やら上顎やらに付着した『ちよこれいと』を舐めとりながらそう返す。海の向こうにはすごい菓子があるものだと感心するが、けれど、正直なところ見た目はあまりよろしくない。ただの茶色の塊なんて泥団子のようで飾り気も何もないではないか。そんなことを考えていると。


「ただ、口の中で溶けるのは良いんだが、ほら」


 と、太郎が右手をこちらに向けてくる。何だ? と見てみれば、彼の人差し指と親指の腹にべったりと『ちよこれいと』が付着していた。


「さっきはここまでじゃなかったんだけど、湯上りで温まったからかな」


 井戸で洗ってこないと、と笑う太郎のその右手首を掴む。


「洗うなんて勿体ねぇって」


 そう言うなり、その手を自分の方へと引き寄せる。

 太郎はというと、これから自分に何が起こるのかなど全く想像もつかないようで、きょとんとした表情でされるがままになっている。


 その指が白狼丸の口に届くか、というところで――、


「もーらいっ!」


 一体どこに潜んでいたのか、飛助が太郎と白狼丸の間にサッと身体を滑り込ませ、ぱくりと人差し指にかぶりついた。


「うわぁっ、飛助! 何するんだ!」

 

 と慌てて太郎がその指を引き抜いて数歩下がる。

 

「あっ、馬鹿猿! お前なんてことを……!」

「へっへっへ、抜け駆けはよくないなぁ、白ちゃん」

「抜け駆けって何だよ」

「タロちゃんにいやらしいことしようとしてただろ」

「してねぇよ!」


 この二人は顔を合わせるとすぐ喧嘩になる。やれやれまたか、と太郎は小さくため息をついた。


「二人共、もう夜も遅いんだから、そんな大きな声出しちゃ迷惑だろ」


 そう静かに諭されると、二人はぐぅ、と呻いて大人しくなった。それを見て太郎はうんうんと頷き、まだ『ちよこれいと』がついたままの親指を「ほら」と白狼丸の方へ差し出す。


「な、何だよ」

「舐めたかったんだろ、白狼丸」

「えっ、いや、おれはその」


 確かにそのつもりではいた。

 けれどもあれは、あの時の雰囲気であるとか勢いがあってこそのものである。こんな状態で「はいどうぞ」と差し出されて、ではいただきます、とはならないのだ。ましてやすぐ隣には憎たらしいほどにニヤついた飛助もいる。こんな状況で出来るわけがない。


「遠慮するなよ、舐めて良いから。かぶりついても良いけど、勢い余って歯を立てるなよ」


 と太郎が言ったその時――、


 がたがたがた、と白狼丸のすぐ後ろの戸が揺れた。何だ何だと思わず避けると、がたり、と戸が外れて倒れ、部屋の中にいたはずの男衆がなだれ込んでくる。


「ちょ、何なんだよ、おい!」

「兄さん達、何してるんですかぁ?」

「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 それぞれ怒り顔と、呆れ顔と、心配顔の三人がそう言うと、戸の上に寝そべるような姿勢になっている男達は顔を上げ、口をそろえて言った。


「白狼丸貴様、こんなところで太郎の何を舐める気だ!」


 一瞬の間があって、白狼丸と飛助はほぼ同時に顔を赤らめる。そして、これまたばっちりと動きを合わせてぶんぶんと首を横に振った。


「――っち、違う違う違う! そういうんじゃねぇって」

「そうですよ兄さん達! 誤解ですって。さすがの白ちゃんでもこんなところでは――あいたぁっ?!」

「馬鹿野郎! そんなこと言ったら場所が場所ならヤッてたみてぇだろ!」

「白ちゃんならやりかねない!」

「そっくりそのままお前に返すっつうの!」


 そんな中、一人冷静な太郎が、首を傾げつつ「指ですけど?」と答えていたのだが、どうやら誰の耳にも届いていないようだった。


 

 

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