【桃嫌いの桃太郎】より

海の向こうの文化【飛助編】

↓本編はこちら

『桃嫌いの桃太郎と癖の強い三人の仲間』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218407521775

本編ではBL度が薄いのではと、別にBLを書いたつもりではないのに思ったので、こちらではちょっと濃いめをスローガンに書かせていただく所存です。全然薄いぞ! と思われるかもしれませんが、これが宇部(BL初心者)の精一杯です。


 三月にバレンタインネタかよとか、色々突っ込みどころはあるかと思いますが、お遊びなので細かいところはスルーでお願いします。




「タロちゃん、明日が何の日か知ってる?」


 うきうきと声を弾ませて飛助がやって来たのは、太郎がちょうど遅めの夕食を食べ終えた時のことだった。飛助の方は飯も風呂も既に済ませたらしく、寝間着姿で髪もしっとりと濡れている。


「明日? 明日……?」


 顎に手を当て、目を瞑って考える。けれども特に何も浮かばない。薄く目を開けてみれば、真向かいに座る飛助は何やら期待に満ちた瞳でこちらを見つめている。


「えっと、ごめん。わかんない。あぁでも明日は旦那様が午後から半休をくださったよ。何でも雛乃お嬢様が買い物に付き合ってほしいとかで」


 そう答えると、飛助は俯いて「畜生、お嬢様め」と呟き、舌打ちをした。


「どうした飛助。腹でも痛いのか? それとも湯冷めか?」

「違うよぅタロちゃん。おかしいなぁ、ここ最近は姉さん達も皆ざわついてたからタロちゃんの耳にも入ってると思ったのに」

「姉さん達? あぁ、そういえば朝は『ばれんたいん』とかいう海の向こうの文化の話をしていたっけなぁ」

「なぁんだ、ちゃんと聞いてるじゃないか」

「聞いてるというか、聞こえてきたというか」

「それで? 姉さん達、タロちゃんに何か言ってこなかった?」

「俺に? あぁ、甘いものは好きかと聞かれたよ」

「だよねだよね! で? で? 何て返したの?」

「まぁ人並みに好きな方だと思います、って返したよ。そしたら、明日良いものをあげるって」


 そう言ってから、は、と口を押さえた。


「しまった!」

「え? どしたの?」

「いくら甘くても桃は駄目ですって言うのを忘れてた! どうしよう!」

「いやー、それは大丈夫じゃないかなぁ」

「そうなのか?」

「そうそう。あのね、甘いものって言っても、果物じゃなくて菓子のことなんだよ。海の向こうの大陸にね、『ちよこれいと』っていう甘味があってさ」

「『ちよこれいと』? 聞いたことないな」

「そりゃ海の向こうの菓子だからね。えっとね、それで――」


 と、どうやら後ろ手に隠していたらしい小さな箱を卓の上に置く。


「おいら今日半休でさ」

「そういえばそうだったな」

「タロちゃんに買ってきたんだ」

「俺に?」

「そ。明日は争奪戦になるだろうからさ。ね、開けてみてよぅ」


 争奪戦とは何のことだ、そして一体何を買ってきてくれたのかと小首を傾げながら紐を解く。話の流れからすればそのくだんの『ちよこれいと』が入っているに決まっているだろうに、彼は「ああ、こないだ頼んだ軟膏か」などと呟いている。

 確かにいつだったか、飛助が扇子屋に常駐している薬売りから手荒れに良く効く軟膏を買ったという話を聞いたのである。太郎も最近では商品の包装を任されたりもし、手がカサつくこともある。だからもしまた寄る予定があれば、ついでに自分の分も買ってきてほしいと頼んでいたのだ。


 紐を解き、ゆっくりと蓋を開ければ、中に入っていたのは軟膏などではなく、甘い香りのする茶色い塊である。それは一寸半ほどの大きさの球体で、四つ入っていた。


「何だこれは」


 軟膏だとばかり思っていた太郎は、これでもかというくらいに眉間にしわを寄せた。甘い香りはするものの、これまで嗅いだことがなかったためか、食べ物と認識しがたい。


「これが『ちよこれいと』だよ。頬っぺたが落ちるほど甘くて美味いんだって。いま海の向こうの大陸の船が西郡沖にしごおりおきに来てるんだ。商売しに来たみたいでさ、珍しいものをいっぱい積んでるんだ。この『ちよこれいと』もそのひとつってわけ」

「へぇ。それじゃあ飛助はわざわざその西郡沖まで行って買ってきたのか」


 しかし、太郎はその『西郡沖』なる場所を知らない。通行人やら客やらの会話で小耳に挟んだことはあるものの、ここからどれくらい離れているのか、この東地蔵あずまじぞうのように栄えているのかなどはまったくわからないのである。けれど、船が来るということは――そもそも地名に『沖』ともつくわけだし――海に面したところなのだろう、ということだけはわかった。


「いいや、その西郡沖の商人がね、こっちまで売りに来てるんだ。なんたって明日は『ばれんたいん』だから」

「何だ、明日がその『ばれんたいん』だったのか」

「そうなんだよ、タロちゃん」

「知らなかったよ。やはり町には俺の知らない事がたくさんあるんだなぁ」


 ほぉ、と感心したように大きく頷く太郎に「違う違う」と飛助は両手を振る。


「おいらも初めて聞いたんだ。例の大陸の船から流れて来たんだよ。この『ちよこれいと』と一緒に」

「どういうことだ?」

「あのね、海の向こうでは、どうやら『ばれんたいん』に、好きな人にこの『ちよこれいと』を贈るみたいなんだ」

「へぇ」


 飛助がさらりと放った『好きな人に~』という言葉をあっさりと流し、太郎は、『ちよこれいと』の入った小箱を持ち上げて様々な角度から眺めた。


「えっ、ねぇタロちゃん? おいらの話聞いてた? ねぇねぇ」

「聞いてたよ」

「あれ? 聞いてその反応? おいら言ったよね? 『好きな人に』って」

「そうだな」

「えっ、何その反応。逆に男らしい!」

「いや、らしいもらしくないも俺は男なんだけど。ていうか、飛助が俺のことを好いてくれているのは常々実感しているよ、ありがとう」

「もうそこで『ありがとう』って言えちゃうんだもんなぁ」


 なぁんかもうおいらの一方通行じゃんかぁ、としゅんと肩を落とすと、そこにそっと手が乗せられる。


「どうしたんだ飛助」


 急に元気がなくなった彼を案じているのだろう、心配そうに眉を下げこちらをじっと見つめる太郎はさすが『石蕗つわぶき屋の看板娘』にして『東地蔵一の小町娘』と呼ばれるほどの婀娜あだっぽさである。とはいえ太郎はれっきとした男なのだが、そんじょそこらの女人が束になっても敵わないほどの色気がある。

 

 その彼の視線が、いま飛助一人に注がれているのだ。番犬のようにガウガウとうるさい白狼丸もいない。


 これはまたとない好機。


 太郎にバレないように顔を背けてにやりと笑う。よしよし、この流れでいっそ今日はタロちゃんの部屋に上がり込んでしまおうか。などと考え、「タロちゃぁん」と甘えた声と共に顔を上げた。


 と。


「むぐ?!」


 口の中にぐい、と何かを押し込まれる。と同時にそれはじわりと溶け、いままでに味わったこともない甘さが口いっぱいに広がった。


「甘ぁ。美味ぁ~」


 あまりの美味さに邪な考えも一瞬で吹き飛び、目尻がふにゃりと下がる。いやしかし、一体何だ何だ、と太郎の手元を見て気が付いた。


 『ちよこれいと』である。

 四つ入っていたはずのそれが一つなくなっていたのだ。


「タロちゃん、これ……」

「美味いか? 何せ頬っぺたが落ちるくらい甘くて美味いんだもんな」

「だけどこれはおいらがタロちゃんに」

「そうだけど。でも、そんなに美味いものなら、俺は飛助にも食べてほしいよ。だって、好きな人に贈るんだろう? 俺だって飛助のことは好きだから」


 そう言って、一つつまみ、自身の口にも放る。


 ちょ、この男いま何つった。

 こっわ。

 この天然無自覚タラシ、本当に怖い。

 この場に姉さん達がいなくて本当に良かった。


 飛助はそう思った。


「おお、口の中で溶ける。確かに甘くて美味い」


 目を瞑ってそんなことを言いながら、もごもごもと口の中で『ちよこれいと』を転がしている。ええい畜生、その無防備な唇を奪ってしまおうか、と飛助が舌なめずりをして腰を浮かせたその時である。


 閉じていた瞼がカッと開かれ、太郎は勢いよく立ち上がった。


「うわぁ! どうしたのタロちゃん」


 もしや唇を狙っていたのがバレたかと冷や汗をかいていると、彼は『ちよこれいと』の小箱を手にふわりと笑みを浮かべて言った。


「白狼丸にもあげないと」

「え」

「白狼丸のことも好きだから」

「え、ちょ」

「ああでも浴場が閉まる前に風呂を済ませないとな。さて、あと一つは誰にあげようか。悩むなぁ」


 そんなことを言いながら食べ終えた食器を盆に乗せて、洗い場へと運ぶ。


「あら、太郎ちゃん。悪いわね、そこ置いといてくれれば良いから」

「おみね母さん、ご馳走様でした。遅くなってしまってすみません。今日のご飯も美味かったです」

「あらぁ、そんな風に言ってくれるの太郎ちゃんだけよぉ。皆ガツガツ食べて、ごっそさん! だからねぇ。あっはっは」


 歯を見せてカラカラと笑う彼女の口の中に、太郎は、何の断りもなく『ちよこれいと』を一つ放った。突然のことにさすがのお峰母さんも目を白黒させていたが、それがとても美味であることに気付き、思わず吐き出そうとしていたのをぐっと堪えて飲み込む。


「太郎ちゃん、何これ。ものすごく美味しかったけど」

「海の向こうの菓子だそうです」

「あらっ、まぁ。そんな珍しいものを、良いの? 駄目って言われても、もう食べちゃったけど」

「良いんです。どうやらこれは『好きな人』に贈るものらしくて。いつも美味いご飯を作ってくださるお峰母さんのことも、俺は好きですから」

「あらぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。あたしがあと二十若かったらねぇ」


 そんなことを言っていつものように大口を開けて笑うお峰母さんの顔は真っ赤だった。


 そんな様子を見て、飛助は再び思うのだった。

 

 この場に姉さん達がいなくて本当に良かった。

 あと、この天然無自覚タラシ、ほんと怖い、と。

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