【桃嫌いの桃太郎】より

太郎の休日・青衣編①

↓本編はこちら

『桃嫌いの桃太郎と癖の強い三人の仲間』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218407521775


 本編がカクヨムコン(字数の上限なし)用だったらきっとこういうのも書いたんだろうなぁ、っていう話を織り交ぜつつ。

 あと、『青衣編』とかにしちゃったけど、残り2名の方は全くノープランっていう。


※本編『粗末な鍬②』まで読んでいないとなんのこっちゃわからない内容となっております。



 雲一つない青空である。

 こんな日は笠でもないと焼けちまうんだけど、などと思いながらも、隣に立つを見て、青衣の口は自然と綻んでしまう。


 色の白さは七難隠すとはよく言ったもので、今年で二十になる青衣は誰よりも己の肌に気を遣っている。誰よりも、というのは、もちろん白狼丸と飛助、そして太郎のことだ。


 小さい頃から野山を駆けて転がり回っていた白狼丸は男らしく健康的に焼けた肌をしているが、それと同時に荒れっぷりも酷いもので、小さな擦り傷切り傷の類は顔にも身体にもあるし、冬になれば唇などは常に割れている。灰色の長い髪は痛み具合も凄まじく、いっそ切ってしまえと助言したこともあるのだが、


「狼の尾のようだから、切らない方が良いと言われた」


 と、泳いだ目でぶっきらぼうに返されれば、その言葉の主が誰かなど尋ねるまでもない。


 飛助の髪はまだ白狼丸よりマシという程度である。それでも彼は軽業を生業としていたため、長い髪は邪魔になるとのことでさっぱりと短くしているし、その点に関してはまぁ良いのだが。


 彼の場合、問題は肌だ。

 団では下っ端だったからと裏方に回ることが多かったらしいものの、それでも彼ほどの才があれば表に出ないわけにもいかない。何が入っているかもわからない安価な練り白粉を肌の色が見えなくなるほどに厚く塗りたくって、日がな一日芸をすることもあったらしい。


 疲れた日はそれを落とさずにそのまま寝てしまったりなんてこともザラにあったらしく、いくら若者の健康な肌と言っても限界がある。いまでこそ本来の状態を取り戻しつつある飛助の肌であるが、出会った頃の荒れ具合は筆舌に尽くしがたかったと、青衣は、思い出す度にため息が出る。


 けれど太郎は、というと。

 瑞々しい、の一言に尽きる。

 緩くうねる豊かな黒髪は、いつもしっとりと濡れたように輝いていて、その重たさを感じさせないほどであるし、肌などは常に十分な水分を蓄えていて赤子のように滑らかである。元々の体質なのだろうが、それがどれほど恵まれていることかなど、当の本人はまるで理解していないようで、これといった手入れも何もしていないらしいが。


 青衣が初めて彼を見たのは、住処を転々としていた頃だ。大きな薬箱を背負って東地蔵あずまじぞうに足を踏み入れ、どこの店に転がり込もうかと考えていた時のことである。


 陽の光を受けて輝く水面のような美しい髪の女と、それとは対照的によもぎの束でも頭に乗せているのでは、と思うような荒れ髪の男が前を歩いているのに気がついた。

 きょろきょろと忙しなく首を振りながら歩いているところを見るとどうやら田舎から出て来たばかりのようで、仲良くぴたりと歩調も合わせているから、もしかしたら恋仲同士かもしれない。けれど随分不釣り合いのようにも見えるから、ひょっとすると駆け落ちかもしれないな、などと思いながら追い抜きざまにその顔を見れば、女とばかり思っていたのは何とも美しい顔をした男であった。


 これは良いものを見た。


 これだけの色男だ。この町に滞在するのなら、嫌でも情報は回ってくるだろう。青衣はそんなことを考えた。もしここがただの通過点なのだとしたら、それに合わせて自分もここを動けば良い。自分は後ろ暗い過去を持つ人間だから、彼と良い仲になりたいなんて口が裂けても言えないけれど、それでも近くにいたい。どうしてか強くそう思ったのである。



 大通りにある石蕗つわぶき屋に、女はもちろん男をも虜にする、ものすごい美男がいる。


 そんな噂が回ってきたのは、青衣が通りの端にある扇子屋を間借りしてすぐのことだった。

 石蕗屋といえばここらで一番の大店で、働く女中も多い。ならば、と青衣は一つ風の術を使うことにした。風の術とは、噂や嘘の情報を流して敵を混乱させるなど、自分に有利な状況を作り出す術のことである。


「地蔵大通りの端にある扇子屋に、相を見てくださる薬師様がいるのですって。これがまた良く当たると評判なのよ」


 得意の変装で町娘になり、そんなことを茶店で話す。もちろんその場に石蕗屋の女中達がいると知ってのことである。女というのはこの手の話が好きだ。

 案の定、後ろの席に座っていた女中達は、興味ありげに瞳を輝かせ、こちらの話に混ざって来る。色恋話を絡めて頬を染めつつそれらしいことを言えば、彼女達は面白いほど食いついて来た。


 おそらくこれで、あの店の誰かが自分を訪ねて来るだろう。彼女らが知りたいことなんて、どうせあの男――太郎との相性であるとかその類のはずだ。そしたら後は適当なことを言って本人を連れて来させれば良い。


 そんなことを考えてしばらく待った。

 扇子屋の老店主に薬草を摘みに行くと言って変装し、石蕗屋に甘味を買いに行ったこともある。うぶな小娘のように、店の前で一生懸命客を引いている太郎に、熱い視線を送ったりもした。

 

 青衣が撒いた噂の種がようやく芽を出したか、ついにその日はやって来た。その本人が直々にやって来たのである。それも、可愛らしい少女を連れて。


 もし彼が年下を好むのならば、二十歳の自分など全く相手にされないだろうと思ったが、どうやらそれは杞憂のようであった。見たところ、彼はどうやらその少女に対してそういった感情は欠片も持ち合わせていないように見えたからである。そして、残念なことに、それは自分に対しても同様のようであった。自身の見てくれが男を強く惹き付けることを熟知していたし、その気になればどんな堅物でも落とせる自信があったというのに、それが全く通用しない。


 それはそれで面白い。


 どうせ手に入らぬのだ。近くに置いて愛でるだけでも贅沢じゃないか。

 

 青衣はそう考えることにした。



 さて、そんな青衣の願いは概ね叶ったと言える。

 決して深い仲ではないけれど――いや、おそらくかなり深い間柄ではあるのだろうが――彼の仲間となったのである。つい一月ほど前に石蕗屋を騒がせた事件も無事に解決し、本日は太郎の久しぶりの休日であった。


 そんな石蕗屋の看板・太郎の貴重な休日の朝、彼が、たった一人で青衣のいる扇子屋を訪ねてきたのである。


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