【イベント企画】バレンタイン

【公家顔君と木綿ちゃん】より

初めてのバレンタイン

↓本編はこちら

公家顔君と木綿ちゃん ~頼れる親友は専属恋愛軍師様!?~

https://kakuyomu.jp/works/1177354054922440802


※本編は5月頃のお話だったにも関わらず、9ヶ月間このカップル何してたの? 何で未だに名字で呼び合ってんの? という突っ込みは無しの方向でお願いします。



柘植つげ君、これっ!」


 赤い顔で小さな箱と共にそんなことを言われれば、「これ、何?」なんて聞くのは野暮というものだ。


 だって今日は2月14日。いわゆるバレンタインというやつである。

 去年までは親友の小暮からお返し目当ての義理チョコ(しかもかなりネタ要素の強いやつ)をもらうくらいで、あとはまぁ、家族も含めれば、母親からと、あと、離れたところに住んでいる祖母から送られてくるくらいだ。モテない男にとっては何とも味気ないイベント、それがバレンタインである。


 けれど今年は違う。


 彼女が出来たのだ。

 つまり、これは本命チョコというやつなのである。


 なのでこの、耳まで真っ赤にした『彼女』の蓼沼たでぬま木綿ゆうさんがこちらに差し出しているのは、既製品にしろ手作りにしろ、俺への思いが込められたチョコレートであるはずなのである。


 ……はずなのである。


「あの――……、ごめん。これはで合ってる、ん、だよね?」


 一応受け取ったものの、そんなことをつい確認してしまう。いや、これが真実チョコレートなのだとしたら、ものすごく失礼なことを言っているという自覚はある。あるんだけど。確かに最近ではそういう一見チョコレートには見えない感じのチョコレートもあるにはある。ただそれはどちらかといえば義理チョコのジャンルではなかろうか。少なくとも、恋人という関係になって初めてのバレンタインにチョイスするようなものではないはず。


 いや、それにしても。

 

「俺にはこれ、カレーのルーに見えるんだけど」


 カレーのルーなのである。

 カレーのルーっぽいチョコ、ではないのだ。どこからどう見てもこれはベルモントカレーの甘口で、ずしりと来る重さからしても100%カレールーで間違いないのである。


「うん、カレーなの」

「だ、だよね、そうだよね」


 やはりカレールーで間違いないようである。

 えっ、それとも何、これはバレンタインとか関係ないやつなのか? ただ単にルーをプレゼントしたかっただけ? それがたまたま2月14日だったってだけなのか? 紛らわしいにもほどがあるが、蓼沼さんならあり得ない話ではない。ないけれども、ルーをプレゼントしたい、ってそもそも何だ。俺が作れば良いのかな?


「あの、あのね、柘植君」

「うん、何?」

「ちょっと私の言い訳を聞いてほしいんだけど」

「言い訳? 何の?」

「えっとね、これ、本当はチョコレートの予定だったんだけど。ほら、今日、バレンタインだし……」

「え、あ、ああ、うん。そうだね」


 やはりこれはバレンタインだったようだ。

 蓼沼さんの場合、どんな変化球が飛んでくるかわからないところがあるが、これは変化球どころか、野球だと思ったらラグビーボールが飛んできたとかそういうレベルである。いや、ボールだっただけまだマシかもしれない。


「実は、手作りに挑戦しようと思ってね」


 カレールーを手渡してしまったから手持無沙汰なのだろう、もじもじと指を絡ませながら、ぽつりぽつりと話し出す。


「トンちゃんが手伝おうか、って言ってくれたんだけど、これだけはどうしても一人で作りたかったから断ったの」


 トンちゃん、というのは蓼沼さんの親友の富田林とんだばやし千秋ちあきのことだ。憎たらしい話だが、あいつは案外何でも器用にこなせるタイプで、裁縫も得意だし、料理も出来る。いわゆる、『女子力が高い』というやつなのである。なので、単に『お菓子作りを成功させたい』というのが目的なのであれば一番に頼ってほしい相手ではあるものの、今回はちょっと事情が違う。


 つまり、それはただの菓子ではなく、『彼氏へのバレンタインチョコ』なのだ。その『彼氏』というのが自分なのだと思うと、いますぐ窓を開けて大声で叫んでしまいそうになるが、ここは我慢である。


「蓼沼さん、俺としてはもう、その気持ちだけでかなり胸がいっぱいだよ。ありがとう」


 胸がいっぱいだし、何やらカカオ以外の危険な香りがするから、既製品でも良かったんだけど、という言葉はぐっと飲みこんだ。


 普通に考えたら、固まっているチョコをどろどろに溶かし、型に流し入れるなどして再び固める、というだけのはずなのである。にもかかわらず、何かが起こった結果がこのカレールーなのだ。初めてもらったクッキーはかた焼きせんべいも顔負けの硬度を有していたし、蓼沼さんなら、通常では起こりえないミラクルが発生していても何ら不思議ではない。それでももちろん全部食べる気ではあるけど。


「絶対失敗すると思って、材料はたくさん用意したの。本当に、ほんっとーにたくさん用意したはずなんだけど……」


 たくさん、の時の手振りからして、本当に材料は大量に用意したのだろう。あんなに両手を大きく広げて『たくさん』を表現するなんて、小学生くらいまでじゃないだろうか。そんな仕草もとても可愛いんだけど、そこまでたくさん用意したチョコレート達の末路が気になる。


「ことごとく失敗しちゃってね。でもね、最後の最後にちゃんと成功したの!」

「おお、良かった! ……でも、それは、どこに?」


 そう、出来たのなら、それはここにあるはずなのである。けれど、俺の手の中にあるのはカレールー。ベルモントカレーの甘口なのである。この『甘口』というのも蓼沼さんらしいチョイスだ。


「おとっ、お父さんが……朝、食べちゃったの……。私、毎年、チョコなんて、お父さんとトンちゃんにしかあげてなかったから、冷蔵庫に入れてたの、そしたら自分のだと思ったって、それで……ううう」


 なんというアクシデント。

 おじさん、なんてことをするんですか。それは俺のです。


 でも、おじさんを責められない。

 きっと毎年蓼沼さんはお父さんにちゃんとしたチョコレートあげていたのだろう。いかにも義理というようなやつではなく、ちゃんと可愛らしくラッピングされていたやつを。だからおじさんは、何の疑いもなく自分のものだと思って食べてしまったのだ。


「ごめんね、柘植君。材料もないし、時間もなくて作れなくて」

「良いよ、大丈夫。さっきも言ったけど、俺は蓼沼さんが俺のために頑張ってくれたってだけでもう十分だから」

「ありがとう。でも、やっぱり何かしなくちゃって思って」


 思った結果がまさかカレールーだとは思わなかったけど。


「それで、チョコレート以外でバレンタインなものって何だろうって考えて――」

「う、うん」


 この『チョコレート以外でバレンタインなもの』というポイントでカレールーが選ばれた理由とは何なのだろう。色はまぁ近いといえば近いし、形も……うん、板チョコに見えなくはない。


「いまCMで『バレンタインにはカレー!』ってやってるでしょ」

「ああ、うん、やってるね、いま」


 成る程、そっちか。


 というか、バレンタインに限らず、このベルモントカレーは様々なイベントにかこつけてカレーをアピールしてくるのだ。バレンタインが終わったら次は『雛祭りにはカレー!』になるだろう。


「だからね、えっと、柘植君」

「何?」

「私、カレーだったらちゃんと作れるから、ウチにカレー食べに来ませんか?」

「えっ?」

「あのね、ちゃんとご飯もハートの形にするし、人参もハートの型で抜いてバレンタインな感じにするから」

「えっと、あの」

「だから、あの、チョコじゃないんだけど、カレーなんだけど、私とバレンタイン、過ごしてくれませんか」


 そう言って、蓼沼さんは両手を差し出してきた。

 答えなんてとうに決まっている。イエス以外の答えであるわけがない。だけれども、すぐにイエスと言えなかったのにはわけがある。

 

 その差し出された両手の形がちょっと気になってしまったのだ。

 それは、右手と左手を仲良くくっつけた状態で、手のひらが上になっていたのである。さも、この上に乗せてください、と言わんばかりの形である。


 えっ、ここにカレールーを乗せてくださいってこと? それがイエスって意味?


 だって、いまの話の感じからして、どうやらそのカレーは蓼沼さん自身が作ってくれるらしいのだ。だったらなぜ最初に俺に渡しちゃったんだろう、とも思うわけだが。いや、それ以前に、ここに持ってくる必要もなかったはず。


 などとあれこれつい考えてしまっていると、蓼沼さんが切なそうに眉を寄せて上目遣いに俺を見上げた。可愛らしい丸い目が、涙の膜で潤んでいる。ヤバい、長考し過ぎた。


「過ごす。過ごさせてください。俺も蓼沼さんのカレーが食べたいです」


 慌ててそう言うと、蓼沼さんは、その「ここに乗せてください」の手のまま、ぱぁぁ、と笑い、その場でぴょんぴょんと跳ねた。


「やったぁ! ありがとう、柘植君」

「いや、こちらこそ」

「私、頑張って作るからね!」

「うん、楽しみにしてる」


 とりあえず、せっかくなので、ルーはその手の上に乗せた。


 

 カレーだったらちゃんと作れる。


 その言葉に嘘はなかった。

 蓼沼さんの作ってくれたカレーは、ちゃんとカレーの味だった。ただ、たぶん、この鍋でチョコを溶かしたんだろう、隠し味的な感じでふわっと甘い香りはしたけど。


 そして、デザートにはチョコレートケーキが出てきた。これで一気にバレンタイン感が増す。けれど、これは手作りのものではないし、蓼沼さんからでもない。


「いやはや、どうやら君の分を食べてしまったようで、すまないね」


 などと照れたように笑うおじさんが、お詫び&娘の初彼氏をもてなすためにと買ってきてくれたものである。


 そう、家でご飯をご馳走になるということは、だ。

 そりゃあご家族も同席するに決まっている。


 俺は、人生初となる彼女の手作りカレー(俺のだけご飯はハートの形)を食べ、彼女のお父さんからチョコレートのケーキをもらい、お母さんとお姉さんからは馴れ初めやら何やらの質問攻めにあうという、いままでになく濃いバレンタインを過ごすこととなったのである。

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