【手芸店『スミスミシン』の裏メニュー】より
今夜こそは! 然太郎視点
↓本編はこちら
手芸店『スミスミシン』の裏メニュー ~和菓子とお茶、あります~
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894327449
↓長編を読むのはちょっとなぁ、という方向け
スミスミシンとマリーのワンピース
https://kakuyomu.jp/works/1177354054894176606
「マリーさん、本当に大丈夫なの?」
もう何度目の確認だろう。
ベッドの上で向かい合って正座する彼女は真っ赤な顔でこくりと頷いた。きゅっと握った手を膝に置き、身を固くしている。
「あのね、何度も言うけど、僕は別に」
「大丈夫!」
僕の言葉を遮るようにして、マリーさんが叫ぶ。耳まで真っ赤だし、涙目だ。普段は割とクールで冷静な彼女が必死になっているのを見るのは、正直新鮮で可愛いと思うものの。
「わた、私だってもう三十なんだから。怖いとか、そんなの理由にならない、し」
「いくつになっても怖いって気持ちはあって良いと思うけどなぁ」
「良いの! それに、だって然太郎だって……その……」
「だから、僕のことは気にしなくて良いのに」
「だけど」
「言ったじゃないか。いつまでも待つ、って」
「言ったけどさぁ~」
そう言って、足を崩し、へにゃ、と眉を下げる。つるつるとしたアイボリーのサテン地キャミソールを着ている彼女は、正直とても色っぽくて目の毒だ。何でこんなすごいの着ちゃったの、と聞くと、「今日こそは、という気合の表れよ!」と鼻息荒く返されてしまったのである。
「やっぱり自信がないのよ、私は」
お尻まですっぽり隠れるくらいに長めの裾をもじりもじりといじり始め、マリーさんはぽつぽつと語り出した。出来ればそれ、止めてほしいなぁ。あんまり裾を引っ張ると、その、下着が見えちゃうから。
「然太郎はモテるし。私、年上だしさ」
「確かに僕はモテるかもしれないけど、マリーさんが年上なのは関係ないよ」
「関係あるよ。ぴちぴちの若い子の方が良いに決まってる。お肌にも弾力があるしさ。なんていうかな、水をはじくのよ」
「別にはじかなくても良いよ、水なんて。それに――」
勇気を出して、露になっている腿を、ふに、と突いてみる。すると彼女は「ひあ!」と言って飛び上がった。
「弾力もちゃんとあるよ、マリーさん」
「あ、あああああるけど! そういうことじゃないの!」
「そういうことじゃないの? ちゃんと柔らかかったけど」
「や、柔らかいのは脂肪だからよ! 衰えてるの! もう! 年だから!」
さっきとは恐らく違う意味で顔を赤らめる彼女は、年齢が上であることを殊更強調しているけれども、僕としては、本当にそんなことは些末な問題だ。むしろ僕なんか常日頃から実年齢よりも上に見られているし、和菓子が好きなのを「ジジ臭いわね」なんて常連さんによく言われたりもする。
「マリーさん、そんなことをしなくても、僕はマリーさんしか見てないから大丈夫だよ」
「ううう」
しゅん、と背中を丸めて、マリーさんは俯いた。もじりもじりといじり続けているキャミソールの上に、ぽたり、と雫が落ちる。うわぁ、どうしよう。マリーさん、泣いちゃった。
「マリーさん、泣かないで」
「だって。何かもう情けなくて」
「そんなことないよ」
友人期間も含めると長い付き合いだけれども、僕はマリーさんが泣いているのをそんなに見たことはない。この間、高校生に泣かされてる(といっても感動の涙だったけど)のは見たことがあるけど、こういう感じの涙は初めてだ。
彼女はこの年まで経験がなかったということを何だかものすごく悪いことのようにとらえているけれども、彼氏としては、こんなに嬉しいこともない。だって彼女は、僕以外の男性を知らないのだ。僕が彼女の初めてを全部もらえるなんて、これほど幸せなことが果たしてあるだろうか。
「あのさ、マリーさん。僕は嬉しいんだよ」
「なっ、何がよぅ」
ひっぐ、としゃくりあげながら、震えた声で返す。
「そうまでして僕のこと繋ぎとめておきたいって思ったんでしょ?」
「それは……まぁ」
「僕の方こそずっと自信がないんだ。好きだって言ったのも僕からだったし、その時のマリーさんの答えも、好きだと思う、とかだったし」
「あれは……、まぁ、そうだったけど」
再びきちんと座り直して、マリーさんは顔を上げた。うっすらと赤い頬は涙で濡れている。それを指で拭う。
「いまは、思う、とかじゃないよ。ちゃんと好きだよ、然太郎のこと」
「わかってるよ」
じゃないとこんなことしないでしょ、と言うと、マリーさんは、当たり前じゃん! と逆切れしてきた。恐らく照れ臭いのを隠しているのだ。
やっとおかしな緊張が緩むと、マリーさんは何かを思い出したようにきょろきょろと辺り見回し始めた。
「どうしたの?」
「えっと、その、その辺に私のパーカーがあったはずだな、って思って」
「ああ、もう着ちゃうの? 残念だなぁ、僕、もっと見てたかったのに」
なんて言ったのはちょっとした意地悪のつもりだった。恥じらっているマリーさんが可愛くて、ちょっとからかってみたかったのである。案の定、彼女はもう何度目かの赤面だ。人間の顔色って、こんなにころころ変わるものかとちょっと面白い。
なぁんちゃって、と続けようとしたところで、てっきり「もう何言ってんの」と二の腕辺りを叩かれるんだろうな、と思っていたら、予想外に彼女は再びキャミの裾を掴んで上目遣いに僕を見た。
「えっと……まぁ、然太郎が見たいって言うなら……このままでも良いけど……」
上気した頬、潤んだ瞳、さらにはそんな表情までされたらさすがの僕も我慢の限界だったりする。いや、ダメだ、僕。耐えるんだ。いつまでも待つ、って言ったのは僕なんだぞ。
「でもさすがにちょっと寒いかな」
そりゃあそうだ。
いくらストーブをつけているとはいっても、まだ四月。それも夜だ。僕だって薄手のものとはいえ、袖のあるシャツを着ているんだから。
マリーさんが風邪でも引いたら大変だ。
パーカーがどこにあるかわからないので、探すまでの間、せめて毛布で包んでやろうと広げたところに、ぽすん、と彼女が飛び込んできた。
「さすが然太郎。気が利くー! 温かーいっ」
誤算だったのは、その毛布が思った以上に薄かったという点だ。
サテン地のキャミソールなんて、毛布越しだと何も着ていないのと大差ない。体感的には全裸の彼女を抱き締めるような状態になって、僕は――
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