【番外編】

【九谷宗一郎の『変』】より

九谷宗一郎、奮起する

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九谷宗一郎の『変』

https://kakuyomu.jp/works/1177354055014434414


九谷くたに宗一郎、藤沢未蕾みらい、共に小学三年生頃のお話


「宗ちゃん、今日アレやるよ!」


 がさがさと新聞紙を振りながら、頬を上気させたみぃちゃんが駆け寄ってくる。見ると、その新聞紙は最初の1ページ目のみ、つまり、テレビ欄が載っているやつだった。どうやらそこだけ持って来たらしい。

 近くに住んでいる『みぃちゃん』こと藤沢未蕾は、共働きのご両親の帰りが遅い日に、こうして夕飯を食べに来るのだ。母親同士が仲が良いのである。


 その時の俺はというと、漢字検定の問題集とにらめっこをしているところだった。なんとしても五級をとらなければならない。内容は小学校六年生修了程度、とのことで、先生からはちょっと難しいんじゃないかって言われたけど、そんなことは問題じゃないのだ。


 言ったのだ、みぃちゃんが。


「宗ちゃん、見て。あの子、漢字博士なんだって。五歳なのに、あんなに難しい漢字も読めるんだよ。すごいねぇ」


 一体何の番組だったかは忘れたが、とにかく、漢字博士と呼ばれている男の子がテレビに出ていたのだ。それで、巴里パリだとか、埃及エジプトだなんて、大人でもわからないような漢字をすらすらと読んでみせ、スタジオを騒然とさせていたのである。


 何だよ。俺だってそれくらい。


 そいつに勝とうと思ったら正直五級なんて温い目標ではいけないのだが、悔しいけれど、俺はそいつみたいな天才じゃない。天才じゃないからコツコツ積み上げていくしかないのである。


「何? 何か面白いのやんの?」


 まん丸に剥いた眼をきらきらと輝かせて、これこれ、と番組欄を指差すみぃちゃんはとても可愛い。とても可愛いので、俺の中ではもうお嫁さんにすることが確定しているんだけど、みぃちゃんの方はどうなんだろう。俺のこと、どう思ってるのかな。


「じゃじゃーん! 『Mr.トリックの大魔術』だって!」


 Mr.トリック、というのは、いまテレビで引っ張りだこのマジシャンだ。確か本名が鳥山とかっていうんだったかな、それで、『トリック』なんだとか。


「そういうの好きだよなぁ、みぃちゃん」

「うん、好き! 鳩がわぁって出て来るのとか、箱に入れたはずのトランプが胸ポケットから出て来るのとか! 不思議だよね!」

「まぁ、不思議だけど」

「カッコいいよね、Mr.トリック!」

「えっ?! そう、なの?」


 うっそだろ、Mr.トリックって、でぶっちょでヒゲ面のおっちゃんじゃないか! みぃちゃん、あんなのがいいのかよ。


「うん! すっごくカッコいい!」

「あ、そ、そっか。そうだな、手品が出来たら、カッコいい、な」


 なぁんだ、手品か。焦ったぁ。


 にしても、手品か。そうか。手品が出来たらカッコいいんだな。そういやみぃちゃんはそういう手品とかパントマイムとかが好きなんだった。よし、そうと決まれば、やるしかない。


「俺もちょっとやってみようかな」

「え? 何を?」

「手品。面白そうだし」

「ほんと!? 宗ちゃんもあんなの出来るようになる?」

「頑張る。出来るようになったら、みぃちゃんに一番に見せる」

「ほんと!? 嬉しいなぁ。楽しみにしてるね!」


 にこりと笑って、ぎゅう、と俺の手を握る。やーくそくー、なんて言いながら、それをぶんぶんと振る。その手は柔らかくて、暖かい。


 その日から、俺は寝る間も惜しんで特訓をした。

 鳩はさすがに小学生が調達出来るものではないので、あきらめざるを得なかった。学校の屋上に餌をばらまいて捕まえようとしたら、先生に見つかってめちゃくちゃ怒られたのだ。

 ならばそれ以外で頑張るしかない。

 図書館から本を借り、手品の特番は録画して何度も見た。親戚にちょっと器用なおっちゃんがいて、その人はトランプじゃなくてタバコだったけど、それを手の中にサッと隠したりするやつを教えてもらったりもした。もちろん、タバコはまずいということで、筒状に丸めた紙だったけど。


 それから数ヶ月が経ち、漢字検定五級合格の通知が届いた時、俺はそれをランドセルと共に部屋にぶん投げ、その代わりにトランプを持って藤沢家へと走った。


「みぃちゃん! 俺、いまから手品するから!」


 おばさんへの挨拶もそこそこにみぃちゃんの部屋へ飛び込むと、「あ、宗ちゃん」と笑顔で迎えてくれた彼女は――、


「ねぇ、見て! すっごいよ!」


 と、時代劇に夢中になっていた。

 ちょうど、一般人の振りをした殿様が刀を振り回して悪者を成敗しているシーンだ。


「上様、カッコいい!」


 両手を握りしめて「がんばれー!」なんてテレビの中の殿様に声援を送っているその姿を見て、俺は――、


 次はこれか。

 殺陣たてだろうが何だろうが絶対出来るようになってやる。


「殿様にだって負けるもんか」


 そう決意し、凛々しい顔で悪者をバッタバッタと切り捨てるその俳優を睨みつけた。


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