今夜こそは! マリー視点 ※

 然太郎が毛布を闘牛士のように広げてくれたので、オ・レィ! とばかりに飛び込む。その毛布は、もうだいぶ暖かくなってきたから、薄手のやつだ。薄手だけどマイクロファイバーだから触り心地がすごく良い。


 毛布越しに伝わる然太郎の身体は見た目よりもがっしりしていて、あぁ男の身体なんだよなぁ、と思う。聞けば軽くではあるけど鍛えているらしい。そうだよねぇ、何か胸の辺りもふかっとしてるし、私をぎゅっと抱き締める腕は太く硬い。


 あぁでも、ここ良いなぁ、温かいし、肌触りも良いし、何か然太郎良い匂いする。あっ、そっか、お風呂入ったんだっけ。


 そんなことを考えて、毛布に頬擦りをする。私だってお風呂に入ってお化粧まで落としているから、どんなに顔を擦り付けても問題はない。


 が、その薄い毛布の向こう側にいるのは然太郎なのだ。私がすりすりと頬擦りしているのが、彼のふかふかの胸筋だということを思い出す。この温かさと心地良さについうっかり忘れてしまいそうになるけど、あれ、これよく考えたらかなり大胆なことをしているのでは?!


 ま、まぁでも? この先をするとなれば? これくらいはむしろ序の口というか? まぁ、これくらいのボディタッチには慣れておかないといけないしね、うん。そうだよ、こいうのから徐々に慣らしていけば良いのよ!


 すると、然太郎が、もぞ、と動いた。変な姿勢で私を抱えてしまったのかもしれない、体勢が定まらないのか、もぞもぞと何やら落ち着きがない。


「どしたの、然太郎?」

「うん……あの、ちょっと……」


 この動き。

 もしかして!


「もしかして、トイレ?」


 ごめんごめん、だとしたら悪いことをした。すぐどくから、と離れようとしたけど、それを阻んだのは然太郎の腕だ。


「違うんだ、マリーさん」

「あれ? 違うの? おしっこじゃないの?」

「違うよ。ていうか、こんな状態で『おしっこ』とか言わないでよ」

「おう、ごめん……」


 そんなやりとりをしつつも然太郎はもぞもぞと動いている。ええ、おしっこじゃないとしたら何なの?


「あ、あの、あのね」

「うん、どした?」


 おしっこじゃないとしたら、大きい方? いま『大きい方』なんて濁した表現したけど、頭の中ではぶっちゃけもっと直接的な単語が浮かんでいる。


「僕、目を瞑ってるからさ」

「え? うん」

「な、何か着てきて」

「それは良いけど……どして?」


 もっと見たいって言ってたじゃん、と言うと、彼はもじもじしながら、そうだけど、と返す。その言葉も口の中でモゴモゴと転がすようで、聞き取りにくい。


「……ったの」


 その、モゴモゴの、さらにうんとボリュームを絞った声が、ぽつり、と聞こえた。


「え? 何? よく聞こえないんだけど」

「だっ、だから! お、おっきくな、……っちゃった、っていうか」

「はぁ? え? あぁ!!」


 某手品師でもあるまいし、その、のが耳であるわけもない。ではが大きくなったのか。


 そんなこと、さすがの処女でもわかる。


 強く私を抱き締めていた腕が、ふわりと緩み、然太郎の身体が倒れ込んできた。右の肩に温かな重みがのしかかってくる。けれど、部分が当たらないように、だろう、胸から下には不自然なくらいの空間がある。


「ごめんね、マリーさん。頑張って我慢してたんだけど」

「や、いやいや。わ、私の方こそ、何かごめん。でもさ」

「何?」

「さっきまではこんなことなかったじゃん。どうしていきなり」


 確かにいま、然太郎の腕の中にいるけれども、毛布も被っているわけだし、この少々お色気度の高い(といってもそんないやらしいやつじゃないけど)恰好は彼の視界には入っていないはずなのだ。


 だったら、真正面からそれを見ていたさっきの段階で反応していても良かったではないか。


「だってぇ……。マリーさんの身体が、柔らかくて気持ち良かったんだもん。良い匂いするし」

「良い匂いって……同じ石鹸とシャンプーじゃん」

「そうだけど」

「然太郎からもおんなじ匂いするよ?」

「そうだけど、そうじゃないんだよぅ」


 私の肩に額を乗せてしょぼんとしている然太郎は、何だか小さな子どものようだ。まぁ、身体の大きさはどこからどう見たって立派な大人なんだけど。


 そう、立派な大人の男性なのである。


 その立派な大人の男性が、背中を丸めているのだ。さらに言えば、この『男』は通りを歩けば誰もが振り返るようなイケメンだったりする。そんなイケメンが、こんな私に(恐らく)欲情したといって下半身を反応させ、それとは逆にしょんぼりと肩を落としているのだ。


 これは私が責任を取るしかない。


 どういうわけだか、そう思った。

 

 辛かろう、然太郎。

 介錯はこの私、マリーさんが引き受けた。


 そうよ、相手に全部委ねようと思うから怖いのよ。むしろこっちから仕掛ければ怖くないかも。よぉし、やったろうじゃん!


「然太郎ぉっ!」


 そう叫んで、彼を引き剝がすように胸を押す。

 突然のことに驚いたのだろう、然太郎は目をまんまるに見開いて、私に突き飛ばされた姿勢のまま固まっている。それをさらにぐい、と押せば、彼は「え? え?」などと言いながら後方にぱたりと倒れた。すかさずズボンのウエスト部分に手をかけ、力任せに引っ張る。


「でぇぇぇいっ! おりゃあああっ!」

「ひええ! 何?! いきなりどうしたの、マリーさん!?」

「ごめんね然太郎! 楽にしてあげるから! 一思いに!」

「えぇっ?! 楽にって、何!? 一思いに何されちゃうの、僕?!」


 そこでやっと然太郎も、追いはぎ状態の私から身を守ろうとズボンに手を伸ばしたが、残念、一拍遅かった。リラックスタイムに最適、とか何とかそんな感じがウリのそのルームウェアセットは、当然のようにウエストゴムも緩めだった。そしてどうやら私の手は、図らずもその下に履いている下着の方まで掴んでいたらしく――、


 つるり、というか、ずるり、というか、とにかくそんな感じで然太郎のは露になった。


「――え」

「え、ええ? あ! うわあぁっ!」


 もちろん、そのつもりではあった。

 とりあえず脱がせて、何かをするつもりではあったのだ。

 ただ、具体的に何をするつもりだったかといえば、ぶっちゃけノープランだった。けれども、とりあえず、脱がせてしまえばノリとか勢いとかでどうにかなるんじゃないか、みたいな考えだったのだ。一応知識だけはあるから。あるからね。


 が。


 一瞬の間があって、然太郎が慌てて身体を丸め、局部を隠す。前はしっかり隠れたけれど、お尻は丸出しである。


「ぎっ……! ぎゃあああああああ!!!」

「ま、マリーさん?!」

「むっ無理無理無理無理無理!!!」

「無理って、何が?!」

「これは無理! 物理的に無理! 半永久的に無理!」

「半永久的ってそんな!」

「軽自動車専用の駐車スペースにハマーを停めろ、ってくらい無理!」

「例え方が独特だよマリーさん! あとさすがにハマーではないからね?!」


 そんなこんなで、その日も出来ずじまいの私達なのであった。


 後に、どうやら本当にハマーではないらしいことはわかったものの、だからといって「なぁんだそんじゃあ駐車OKです」となるわけもなく、結局、我々がコトを済ませたのはそれからさらに半年後のことだった。

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