わたしのケーキだぞ!

向日葵椎

第1話

 休日に高校の友達三人と喫茶店へやって来た。女子四人。メンバーは知的な赤根あかね、腹ペコ青田あおた、変態の黄野おうの、そしてわたし緑山みどりやまだ。


 注文した丸い形のショートケーキが届いた赤根が言った。

「ここに一つのショートケーキがあります。苺のちょこんとのった可愛らしいショートケーキです。さて、今この机には四人が集まっています。ショートケーキを食べられない人は何人になりますか?」

 赤根はニコニコ顔のまま人差し指を立てる。


 青田はうんざりしたように首をふって答えた。

「あたしはこれでも勉強はできるほうなんだからね。そんなの簡単。四引く一で三だから、食べられないのは三人だよ。――もしかして正解したらくれるの」

 青木はケーキに向かって話していた。

 赤根は「いいですよねえ、苺」と言って肯定も否定もしない。

 他のメンバーからの答えを待っているようだった。


 黄野はなぜだか唸ってケーキを見ていたが、赤根のほうを向いて聞く。

「この四人の関係性は?」

 何を聞いているのだろう。わたしはぽかんとしてしまったが、すぐに黄野が趣味で小説を書いていることを思い出した。たしかに、赤根はこの問題が算数であるとは言っていないのだから、これは人間関係を軸として考えるものであった可能性もあったのだ。

「そうですねえ、では高校時代の同級生にしましょう。もう皆社会人です。あ、それと幼馴染がいいです。わたしそういうの憧れてたんですよね。設定上ですが皆さんと一緒に青春時代をおくれたなんてわたしは幸せ者です。ありがとうございます」

 赤根はぺこっとお辞儀をした。

「ああ、なるほどね。こりゃあれだ、一服盛られてるよ、君」

 今度は何を言い出すのだろう。しかしまたすぐに、黄野が好んで書いているのがミステリー小説であることをわたしは思い出した。読んだことはないのだけれど、きっとそのような事件が発生するものを書いているのだろう。

 赤根がうんうん言っているので黄野は続ける。

「四人も人間がいてだよ、みんなそれぞれ仲良しだと思うかい? ぼくはそうは思わないよ。きっと関係が良くない組み合わせだってあったはずだ。でも仲の良い者がいつも一緒にいるものだから、しかたがなく一緒にいるんだ。高校生というのは他人に対して妙に敏感になる時期だからね、それはもう、溜め込まれた憎らしさがいつおかしな衝動に変換されるかわからない。でも何事も起きぬまま四人は卒業し、そして大人になってから偶然にも集まる機会を得た。よくある話さ。顔を合わせれば、昔は憎らしかったヤツでも懐かしさが勝って前より楽しくやれるはずだと思える――ということにはならなかった。久しぶりにヤツを見たときどう思っただろう? 前にも増して憎らしさが湧いて出てきたんだよ。あいつさえいなければ高校時代はもっと楽しかったし、今だってそうだろう。そんなことを考える。そしてそこにはあいつが注文したショートケーキが一つあるじゃないか。ぼくはいたずらっぽくケーキの苺をつまんで取るふりをして、あのころに特別なルートで入手していた毒物を――」

 青田が握りこぶしを机に叩きつける。

「なんの話だよ」

 苺に手を伸ばしていた黄野はびくりとして姿勢を正して答える。

「まあ、つまりケーキを食べられるのは一人で、食べられないのは三人。青田と同じさ。食べられた一人は死んじゃうし、残る三人のうち三人とも名探偵黄野に罪をあばかれて刑務所行きになるんだけども」

「……なんで三人とも捕まっちゃうのさ。毒を盛ったのは一人だろうが」

「かばったんだよ。一人がケーキに毒を入れたのを、ほかの二人は見ていた。しかし刑事からの聴取に対しては、そんなことはなかったと言うんだ」

「なんでさ。脅されたのか?」

「いや、殺された彼女のことを誰も友達だとは思っていなかったんだよ。あいつは他の誰かと仲が良いから一緒にいる、と思い込んでいただけで、実のところ誰とも仲良くなんてなかった、ということさ」

「なんだそれ、後味悪いな」

「それでなんで名探偵黄野に犯人がわかったのかというとだね、犯人の口元にホイップクリームが付いていたからだよ。犯人は苺にクリームが付いていたのに気づかなかったんだろうね」

「どうでもいいわ。次緑山は」

 青田に視線を向けられる。

「そうだね、これが算数の問題でないのなら、みんなで食べたらいいと思うよ。だから食べられない人はいない」

 赤根が立ち上がって叫ぶ。

「グレイト! そうです。実に緑山さんらしい。今日わたしはあらためて皆さん友人という存在のすばらしさに気づいてしまったのだと思います。シンプルに答えにたどり着いたり、意外な道筋をたどって答えに行き着いたり、まだ見ぬ新しい答えを出したり。いやあ、やっぱり皆さん奥が深い」

 わたしは「まあ、座って座って」と赤根を落ち着ける。ほかの客の視線が赤根に向いているような気がしたけれど、なぜだかわたしがそれに刺される痛みのようなものを感じていた。

 赤根は「失礼。熱くなり過ぎました」とニコニコ顔で言って座る。

 青田が不機嫌そうにそっぽを向いて舌打ちし、ぽつりと言う。

「で、赤根はどうなんだい」

「ケーキを食べたわたしを皆さんに食べてほしいです」

 赤根は勉強ができるがこういう変わった女子だった。

 それから赤根はショートケーキをフォークで一口食べ、「毒は入っていないみたいですね」とニコニコ顔で言っていたが、さっきの赤根の答えを聞いたわたしたち三人はなんとも言えない面持ちでそれぞれ飲み物のストローを吸っていたのであった。


 ふいに青田がポツリと言う。

「しかしさ、丸いケーキの三等分って難しいよな。四人だったら四等分だから十字に切ればよくて簡単だけど、三等分ってどうやってやんだよ」

 黄野はフッと笑い、

「形は問わないんだな! なら凄いの教えてやろうか」

「いやちゃんと扇形がいいんだけど」

 赤根は一口分削れた丸いケーキをフォークで指す。

「それは簡単ですよ。まずこうやって丸が半分になるように横線を引きます。そして中心と片方の端っこの中間点から手前に線を引いて、端にぶつかったらそこから中心へ線を引くんです。そうすると、最初に引いた線の反対側と最後に引いた線の間が三分の一になるので、それの向きを上下に変えて同じようにすればいいんです」

 黄野は手を打った。

「さすが赤根君! 最終的に120°が三個できるようにするんだね」

 青田は首を傾げた。

「えーっと、120°のやつが三個で360°だから綺麗になるわけだよな。それはなんとなくわかるわ。1/3が三個あって1になるやつだな。でもさ、1/3ってよ、一割る三のことだろ? わたしは算数得意だからわかるんだけどさ、それ0.333……って割り切れずにずっと続くやつじゃん。それが三個あっても0.999で1にならないよな」

 赤城はニコニコ顔で答える。

「同じですよ。1/3が三個あって1になるのなら、0.999も1と同じです」

「納得できるか! 食いもんはちゃんと分けねえといけねえんだ!」

 どんだけ食い意地張ってるんだろう。

 黄野は頷く。

「じゃあもう一人殺すしかないね!」

 だめだこの人。

 わたしはやはり平和にいきたい。

 皆を見渡して口を開く。

「最初から普通に四等分しようよ」

 赤城は手を止めてニコニコ顔で言った。

「いや、あげませんよ。何です、この分け合う感じになる流れ」

 黄野は赤根を指さした。

「じゃあやっぱり――」

 まったく。四人いるのに収束しそうにない。

 そんな休日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしのケーキだぞ! 向日葵椎 @hima_see

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説