生贄巫女は龍神様を甘やかしたい~普段クールな龍神様は私の前でだけダメダメになる~
滝藤秀一
第1話 生贄巫女と龍神様
桜の花びらが舞うその日。
街の桜の名所でもある私の実家である高神神社で結婚式が執り行われた。
結婚という慶事にも拘らず、参列者の顔はみな沈痛な面持ちで、この結婚が周囲に望まれてでないというのがわかる。
「き、君は僕のこの先の生贄……存分にその生贄生活を謳歌するんだ」
周りが一斉にがやがやしだした。
そのセリフを口にした本人は嬉しさからなのか……はい、泣いた!
祝福出来ない参列者、泣く新郎。そして呆れる新婦の
事情を知らない人が見たら、凄い構図だろうなと他人事のように思う。
ちなみに私が生贄で、彼が龍神様だったりします。
☆ ★ ☆
神様は幸せの力を目に見える形で形成できる。
その力は強大だけど、年齢を重ねるごとに微量の邪気(不幸)を纏ってしまう。
一方で巫女の力とは癒しの力、邪気を払う効果がある。
だから、龍神様と巫女は切っても切れない関係性があるのだ。
深夜、心地いい風が頬に当たる。
今日は夜のパトロール兼ハネムーン。
こんなハネムーンを味わえるのは世界で私だけだろうな。
月光に反射して、緑の鱗が眩しいくらいに輝いている。
触れるとツルツルした感触で癖になりそうだった。
角の部分を握ると、
「ううっ、そこは勘弁してくれないかな。弱い部分なんだ」
弱い部分……なんだろ、気になる!
「感じちゃう的なやつかな?」
「ノーコメントで」
意地悪込めて、優しく握りしめてあげると、彼は何とも言えない声を漏らした。
「ねえ、どうして12人いる生贄候補の中で私を選んだの? 容姿的なことなら他の子もキレイだったでしょ?」
「君が一番……だったから」
「はっ? 聞こえないんだけど!」
「人は生まれ変わる。そして僕は君と何度も恋をしてきた」
その言葉に怒りを覚え、ぺしぺしとツルツルの鱗を叩く。
「馬鹿、今のはね、発してはいけない失言。浮気を告白されたみたいな心境よ! 私はあなたに恋するのは初めてなの! 生まれ変わりとか知るか! ふざけんな、昔の恋人に似ているから付き合いたいってくらいはいいよ。でも、私たち今もう夫婦なの! だから隆二君には私を一番好きでいてくれないと困る……あっ、そうか、そういうことか。隆二君、私を本気で好きじゃないな?」
「そんなことはないよ」
「うんうん、言葉だけじゃこの信頼は回復しない。夫婦生活にピシって亀裂が入ったよ。さあ隆二君、君はどうやってこの信頼を回復させる?」
「待って。考える」
「人さまは考えられる生き物だからね。いい答えを期待してる。ちなみに私、結婚はしたけど、まだ君を世界で一番好きとは言ってない」
龍神(隆二君)は悩んでいる様子で、上下飛行を繰り返した。
☆ ★ ☆
あの時はまさかこんな事になるなんて思いもしなかったなぁ。
そう、あれは選定の儀。12人の乙女が巫女装束に身を包み、境内に並び、彼がそれを選ぶいわば儀式。そして迷われることもなく私を含め3名が選ばれた。
彼は断ってくれてもいいと言ってくれたけど、あの時はそれを不幸だと思ったわ。
【生贄候補】から【仮生贄】に立場が変更され、家に戻ると……
両親とおばあちゃんは、
「ごめんね、咲。ほんとにごめんね」
私に靴を脱がしてくれぬまま、前後左右から抱きしめてくる。
「あっ、いや……」
神とはいえ、隆二さんが化け物と云われているのも知っていた。家族としては私が選ばれてほしくないって思っていたことも。
逆らっちゃいけない神。従わなければ災いがもたらされると……嘘か誠か巫女家系の間ではそんなふうにささやかれている。
そして、幼いころから日常会話のように言われ、育てられてきた私はそれを今まで疑ってきたりはしていないのだ。
人外なんだと心のどこかに留め、そんな気持ちのまま龍神(隆二さん)とのデートを重ねる私。
隆二さんは他の子(仮生贄)ともデートしている。特に自信満々な子がいて、その容姿なら自信があるのも頷けるくらいなものだ。家柄もよくて
見た目はカッコいいけど、彼の中身がまだよく理解できてない。彼の態度もあんまり優しくないし、この時点では生贄を他の巫女に譲るつもり満々だった。災いが起こるとかは迷信と都合よく考えてね。
視線も合わないし、怖い印象をぬぐい切れない。彼は人の形をした人外なんだ。と、いう想いが先行し、余計に内面が見えづらくなっている。
正直、デートと言っても、体に触れる行為は何もしていない。手つなぎでさえも。
だからクラスメイトにあってもデートしているふうには見えていないと思う。
3度目のデートだったか……
予約をしていたレストランに向かう途中、公園を通り掛かったときだった。
「うわ~ん……」
と、小さな女の子が泣き声を上げていた。
私は方向を変えそちらへと向かう。
「どうしたの?」
中腰になり、女の子と目線を合わせて笑顔を向ける。
「……木登りして取ろうとしたら……落っこちちゃった。そしたら」
声を掛けられたのが嬉しかったのか、すぐにその子は泣き止んで理由を説明してくれた。
見ると両ひざをすりむいていて、小さな砂利が付着していた。
見上げた木の枝には赤い風船が揺らめいている。
「よしっ。お姉ちゃんが治してあげる。まずはそこの水道で傷を綺麗、綺麗しようね」
「うんっ!」
付着していた砂利を洗い流し、傷口に触れないように乾かして、持っていた絆創膏をぺったんしてあげる。治癒能力もある巫女の力も良かれと思って使用してしまった。
「これでもう痛くないでしょ。お風呂入ったら絆創膏取っていいからね。たぶんそのくらいなら空気に触れた方が傷の治りが早いと思う」
「うんっ。お姉ちゃんありがとう」
「うんうん、私もその笑顔にありがとうって言うね」
「えっ!」
傍でその光景を見ていた隆二さんはなぜか声を出した。なんだ、そのやっと恋人に再会したというような眼は。
その手にはいつの間にか引っかかっていた赤い風船が握られているではないか!
「なに?」
抱き着いてきた女の子をぎゅっとハグしてから離れ、ちょっと睨んでやる。
声を出すまで存在を忘れていたではないか。
「あっ、いやなんでもない……」
「お兄ちゃんもありがと!」
彼は風船を返し、幼い子の頭を優しく撫でた。
この場の印象は悪くはないな。もう今日でお付き合いをやめてもいいとさえ思っているけど……
他の2人がイケメン最高とか好印象みたいだったしな。断ってもよしな感じだろ。
女の子に手を振り別れようとした瞬間に事件は起きた!
突然、女の子が大きな影に覆われた。大きな何かがその首を狩ろうと背後に立っている。
「危ない!」
その子を抱えて、突っ込んできたトラックから逃れるように横に飛んだ。
その鬼みたいなのが何か言った。
しまった。巫女の力使ったからかな。女の子はぎゅっと私に抱き着いてくる。よかった怪我はないみたい。
「君は巫女だ。戦闘的な能力はないはず。それなのになぜ身を挺したの?」
隆二さんは私たちの前へいつの間にかいるではないか。
「とっさに動いただけ。しいて言うなら細胞が反応しただけよ! そこに明確な理由付けはいらないでしょ!」
「まさにその通りだ。君はすごい子だよ! ほんとにすごい子だね」
身に染みるように、そして感動で今にも泣きそうだ、この人は。褒められてもうれしくないぞ。
「出来れば嫌われたくない。でも、いま、力を使わなければ君たちを守れないから!」
「何ぶつぶつ言ってるの! 守って見せてよ、私とこの子を。女の子守れない男は最低よ」
「うん……」
彼が頷いたのだけはわかる。
彼は私を覆うように抱きしめてきた……
いや、そうではなかった。邪気を纏ったような鬼の化身が、攻撃を仕掛けたようで、隆二さんのスーツは擦り切れている。
「すぐ終わるよ。絶対に傷つけさせないから」
彼はそう言うと、私たちを背後に隠すようにして自分は前に立つ。
黒く覆われた棒のようなものを鬼は振り回してきた。彼は避けると私に被害があると思ったのか、左手を盾のようにして防ぐ。
こっちをのぞき込むようにして、喰わせろ! 確かにそう言った気がする。体が震えてきた。
でも私が怖がれば、この子にまでそれが伝わってしまう。大丈夫だよ、目の前の人、龍神様だからね。そんなことを心の中で思い、戦況を見つめる。
「そんなことはさせない。彼女たちには指一本触れさせない」
彼は右手を緑色に光らせ、手刀のようにして真っ二つにした。その手には血痕のような赤い何かが残ったり、イケメン顔がそれでケチャップ塗ったみたいになっていたりして可笑しい。
鬼はたちまち粒子みたいになり綺麗に姿を消す。
(ああ、この人。ほんとに龍の神様なんだな)
不思議だけど、彼の顔を再度見ると恐怖はなくなっていた。見事に守られてしまったからか……
さすが神様。環境庁退魔課勤務! まっ、そんな課があるのを説明されて初めて知ったんだけど。
「ひぃい」
と、周りから悲鳴のような声が聞こえる。
あれ、仮生贄の人じゃないか、しかも超絶美人! たまたま通りかかるとは運がいいじゃないか。彼のカッコいいところが見られてさぞうれしがって……
幼い女の子は怖がらずに隆二さんに、強い、カッコいいとアクションを交えて笑顔を向ける。
私は仮生贄候補者のもとに。
「偶然だね」
「うん……」
体を小刻みに震わせ、隆二さんを見る。
「やっぱ、咲あんたに譲るわ」
「えっ! なに? あっ、さっきのはさ、あの女の子と私を守ってくれたんだよ。やっぱ戦うと強いよね」
「そんなこと関係ないよ。やっぱ人から外れてるじゃん。いくら顔良くても無理だよ」
いや、だから守ってくれたんだよ! 守るための力だってば!
なぜだかイライラし始めていた私をよそに、彼女たちは隆二さんを避けるように公園から逃げていく。
はあ! なんだあれ! 所詮面食いだったか! 外だけじゃだめなんだよ。隆二さん、内にいいもの秘めているかもしれないな。いや、秘めてるに違いない。
野次馬の一般人がこっちを気味悪そうに見ている視線を感じる。
まあ無理もないかもしれないな。突然あんなの見せられたらな。でも隆二さんはいわばヒーロー的な役割だし。あれ、私の恐怖心どこいった?
「ごめんね。怖い思いをさせちゃって……」
傍に近づくと、その顔はやはり泣きそうになっている。随分女の子になつかれているじゃないか。くっついてさ!
「うんうん、怪我でもしてれば怒ったかもしれないけど、幸い無傷だし」
「でも、怖いと思ったでしょ? あの人の反応が普通だよ」
仮生贄候補者のことだろう。
「そりゃあ、まあ……女の子だしね」
それを聞いて涙を流す……
おい、せめてないだろ!
「あっ、いや。なんていうか悪くなかったよ。むしろカッコよかった……感じ」
「うんっ。お兄ちゃんはカッコよかった。手が光って剣みたいだったし。つよ~いって思ったもん。将来、相手がいなかったらお嫁さんになってあげるね!」
ふっ、この子すごいわかってる! さっきの仮候補者に爪の垢煎じて飲ませてあげたいな。
「昨日までは平和のために力を使ってた。でも今からは君を守る。ただそれだけのために使う」
いやいやいや、それは口説き文句か! しかもすぐ泣くし。
頼りないとその顔見ると思っちゃうでしょうが! いや、わかるよ。ほんとは頼れる人だっていうの。
「ごめん……」
何の謝罪かと思ったら、ぎゅっと抱きしめてくるではないか。その体は少し震えていた。戦闘を怖がったということはまずない。戦いなれているだろうし。とすると……
危険な目にあわせたことで私に嫌われることが怖かった、特異な力を目の当たりにして嫌われないか心配してる……とかかな。
まっ、この場は拒絶せず手を回してあげるか。女の子も楽しそうに私と彼に抱き着いてきていた。
こういう人は傍で支える人がいないとダメ人間、いやダメ神様になる気がするな。その素質十分でしょう……
☆ ★ ☆
その後デートを重ねるうちに、ブロックしていた心をさらけ出してくれているような気がしてきたのだ。私だけが知ることが出来る隆二さん、おそらくこっちが本物だろう。
今後のことを決める日。
このままお付き合いを続けるのか、きっぱり断るのか。珍しく昨夜はあまり眠れなかった。
繋いでいた手を放し、ソファ席に座る。
カフェで対面している今この瞬間、なんかドキドキするなぁ。
「遠慮なく振ってもらってかまわないからね」
言葉とは裏腹に、足が震えているではないか。
「正直に言うね。2回目のデートまで私は隆二さんに顔以外の魅力をあんまり感じていなかったよ……というより、本性を見せない相手と結婚するとか無理って感じてた」
「だよね……」
わかりやすくがっくり肩を落とす。
「3回目のデートから、変わった自覚はありますか? 嘘ついたら帰るからそのつもりで答えるように」
「僕は君のことを好きだった……と思う。正確には容姿的なことでね。でも、君の行動や嘘のない笑顔を見て大好きになったと自覚している。今はずっと一緒に居たいと思っているよ」
テーブルの紅茶の水面が彼の震えを感知しているかのように少しずつ揺れる。
「今回のお話はなかったことに……」
彼は目を見開きその瞳が途端に涙目に変化する。
なんなんだ、この人! いや、もう泣きだす理由はわかってきている。
「しないかな……これも嘘で答えず真実で答えるように。厳しくされるのと、甘やかされるの、どっちがいい? もし私の意見と合えば今すぐ結婚してあげるわ」
私は口元を緩め試すように彼を見つめた。もはや何度目の視線こんにちはだろう?
彼は日差しを受け、大きく咲いた向日葵のような、本当に嬉しそうな笑顔を作る。そして私はその表情を捉えて心底安心を得る。
もうちっとも怖くない。それどころか……
「僕は……されたい」
大事なところでの意見の合致。これってすごい大事なことだと思う。
☆ ★ ☆
私の旦那様は龍神という神様だけど、きちんと公務員として働いている。
この世界を守っているには違いないが、滅多に時間外労働はやってこない。
生贄に差し出された私のおかげもあり世界は今日も平和だ。
退魔課、まさか全員神様メンバーかなと気にはなるけど、まだ訊いてはいない。
さて、夜のデート飛行のあの日から隆二君はさらに色々変わった。
「君を昨日よりも大好きだからね! ここまでの気持ちは初めてだ。咲はこの僕の気持ちを上回れるだろうか?」
出かけに素直な気持ちを伝えてくれるようになったのが一番うれしいこと。
おのれ、生意気な! 試されている感が半端じゃない!
ちなみにあの日、怒ったようにしたのは、隆二君により私を意識させるため。絶対、歴代の生贄より、あたしの方が可愛いし、愛されるんだから!
彼があたしにメロメロなのはもはや間違いないことだろう。言葉からもそう判断する。
見てるか、歴代の生贄諸君! あたしがナンバーワンで愛されているんだぞ!
☆ ★ ☆
隆二君が神パワーを使い続けるための生贄、それがあたし。
巫女は邪気を祓う。神様でも邪気(曇り)はある。それを幸せ(祓う)にするのがあたしの役目なのかなって思う。いや、そうに違いない。
眼前に広がるのは、月明りの大空。
しばらく考え、彼があたしに伝えたのはいい答え(言葉)だった。
しょうがないのでこれからももっと、もっと甘やかしてあげますか!
生贄巫女は龍神様を甘やかしたい~普段クールな龍神様は私の前でだけダメダメになる~ 滝藤秀一 @takitou
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