第18話 青い部屋


青い部屋   吉行理恵


わたしは青い部屋の中です

雨戸に叩きつけるのは雨の音でなく

気の狂れたばあさんのわめき

(むすこをかえせ むすこをかえせ)と

わたしの壁にぶつかるから

かたく雨戸をしめて

わたしは青い部屋の中です


むすこは帰って来ないのでしょうか

かくした女は わたしではないのです

何故なら青い部屋はひとりしかはいれないから

ここはどこまでも青く

棺もなければ 隠亡もみあたらないのです


むすこは青い色を好きでした

青い月をみつめているのが好きでした

いつのまにか青い月とむすこは

あいしあってしまったのです

けれども喉がからからな夜

たまらなくてむすこは青い月をかじったのでした

だからむすこの青い月はもうのぼりません


しらせてよこしたのは

タンポポが咲いたこと そして風が……

だからほんのすこし 雨戸をあけたのです

外には気の狂れたばあさんが立っていたのです

わたしをみつめるために 立っていたのです


わたしは青い部屋の中です

昔 白い指でピアノたたいたその人は

わたしの雨戸を叩きます

(むすこをかえせ むすこをかえせ)と



***



ひらがなが多いので「青」「部屋」「月」「雨」「狂」といった漢字が引きたち、浮かび上がってきますね。


吉行理恵さんの詩は、現実とは離れた幻想的なものが多い気がします。

繊細すぎる神経と、極度の対人恐怖症。猫を愛し、猫を想い、猫に変身し、猫を書き、猫との暮らしを楽しみ、猫にみとられて死ぬことが理想だったそうです。


みなさんはどんな死が理想ですか?

私は「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」がいいです。桜の花じゃなくても、花ならなんでもいいです。

死に際のせりふは「めちゃくちゃにおもしろい人生だった! 最高だったわ。じゃあ、ちょっと死んでみますね」がいいな。



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