改札口で

 小説家であり詩人でもある、吉行理恵さんをご紹介します。


 吉行理恵さんの父は、吉行エイスケ(詩人・小説家)。母は、吉行あぐり(美容師。朝の連続テレビ小説のモデルになりました)。兄は、吉行淳之介(小説家)。姉は、吉行和子(女優)です。

 母・兄・姉がメディアの露出度が多かったこともあり、理恵さんは目立たない存在だったようです。


 私が吉行理恵さんの文章にはじめて触れたのは、高校生のとき。

 彼女のエッセイで「上級生が寄ってきて、お姉さんは綺麗なのに、あなたはたいしたことないのね。と言って去って行った」という文章に、心が寂しくなったことを覚えています。



✤✤✤✤✤



 目の前は真白です

 それというのも 貧血を

 わたしが起こしていることに

 誰も気づいてくれないから


 まして倒れてしまうなんて

 私には出来ません

 人のお世話になることが なんとなく

 きらいだから


        『きっかけ』抜粋



✤✤✤✤✤



 吉行理恵さんも綺麗な人なのです。『小さな貴婦人』という小説で芥川賞を受賞しましたし、才能のある方です。


 華やかでエネルギッシュな人が家族にいると、人々の目はそちらに行きがちです。影に隠れてしまった人の苦しみ、寂しさ、空虚感は当人しか分からないでしょう。

 恵まれている。けれど喜べない。不安定な心をもて余しながら文字にする。そんな人だったのではないかと想像します。


『改札口で』という詩をご紹介します。

 行きたい未来に、どのように進んでいったらいいのか分からない。明るい未来に自分は場違いな気がする。途方に暮れてしまった感がでているように思います。



✤✤✤✤✤



改札口で


 薄暗い改札口に

 私はしゃがんでしまいました


 なんとなくかさばった

 紙袋をかかえこんで


 どこまでも空は 澄んでて

 豆の花の咲き乱れている

 子羊のいる場所ところ

 私は出かけるつもりでした


 黄色い服を着てしまいました

 つばの広い帽子をかぶって


 ふいに 切符の買い方が

 わからなくなってしまったから


 薄暗い改札口に

 私はしゃがんでしまいました


 発車 電鈴ベルの鳴響いてるのを

 聞かないわけではなかったけれど……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る