生きている君がいい

 万葉集の恋の歌には、恋が孤悲こいと当て字されているものがあるそうです。

 一人で思いつめ、心が張り裂けそうなほどに悲しい。

 手の届かない恋。つまり、片想いですね。


『うつくしと わが思ふ妹は 早も死なぬか  生けりとも われに寄るべしと 人の言はなくに』

(いとしいと思うあの子。早く死んでくれない? 生きていたって、私になびくだろうと言ってくれる人はいない)


 好きなあまり、死んでほしいと思ったことはありますか?

 そんな人は、安水稔和やすみずとしかずさんの『君がほしい』という詩に共感するかもしれませんね。



***



君がほしい    


 君の体を

 めったやたらに切りきざみ

 ようしゃなく殺してしまおう。


 さて商人に身をやつし

 町から町を旅する。

 潮風の町。

 山と川のある町。

 熊笹の鳴るばかりの町。

 どこであろうと君はもう逃げられない

 君をひきよせようと伸ばしたぼくの手から。


 ところで

 自責の念はさらさらないにしてもだ

 そろそろ君のばらばらの体が重くなってくる。

 万々発覚することないとおもうのだが

 やっぱり殺人事件にかわりない。

 刑事の姿がちらちらすることにもなる。


 だからやっぱり

 君をようしゃなく殺すのはやめることにする。

 それにやっぱり

 同じ重いめをするなら

 五体そろった君

 である方がいいにきまっている。

 それでやっぱり

 はっきり君に云おう

 君がほしいと。



***



 やっぱり、生きている君がいい。

 私になびかなくたって、君が幸せならそれでいい。















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