第5話 私を騙すことができない

前回も紹介した詩人、黒田三郎さんは屈折した性格の持ち主でして。それを誤魔化すことなく表現した。透徹した言葉は、劣等感や卑屈ささえ昇華してくれます。

黒田さんの詩を二つご紹介します。どちらも一部抜粋したものです。



***



洗濯


いいところはひとつもないのだ

意気地なし

恥知らず

ろくでなしの飲んだくれ


われとわが身を責める言葉には

限りがない

四畳半のしめっぽい部屋のなかで

立ち上がったり坐ったり


わたしはくだらん奴ですと

おろおろと

むきになって

いまさら誰に訴えよう


そうかそうかと

誰かがうなずいてくれるとでもいうのか

もういいよもういいよと

誰かがなだめてくれるとでもいうのか


路傍の乞食が

私は乞食ですと

いまさら声を張りあげているような

みじめな世界



***



ああ


ああ あんなにも他愛もなく

僕自身によってさえやすやすと

騙されてしまったのに

僕には

僕を騙すことさえ出来ない

なんて



***



自分からは逃れられない。明日も自分で生きるしかない。自分を騙し続けることができない。

絶望の中にいるときって、明るくキラキラした人を見ると、落差を感じて余計に落ち込んでしまうよね。

そういうとき、みじめな心に寄り添ってくれる言葉の存在ってありがたい。


二十歳の頃の私は閉塞感にさいなまれていたので、黒田三郎さんと田宮虎彦さんの「足摺岬」が心の拠り所でした。生きる苦しみ。絶望のなかに希望などない。ただただ暗い。



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