間違えた君を捕らえる

 俺は今奇妙な体験をしている。ある日突然過去に戻る。それも何度も何度も。これを奇妙と言わずになんというのか。しかも、戻ってくる時と戻らされる時は変わらない。いや、戻らされる日の時間は少しずつずれているが。まあ今そのことはいい。戻ってくる時はあの人、俺の初恋の女性、が男性と並んで歩いている姿を目撃する少し前。戻らされる時は、その男性とはなんでもないどころか未だに彼氏がいたこともないと言われ、そして彼女が嘘をついてまで俺とあの人が出会わないようにしていたことを察した日の翌日。


 一体この現象は誰が何のためにしているのか。神様のようなものが遊び半分でしてるならお手上げだ。ただ彼女が起こしているなら、目的も見当がつく。初恋を叶えてほしいと思っているんだろう。罪滅ぼしと共に。大きなお世話というか無駄なことをというか。あの人に恋焦がれていた時期があったのは否定しないが、中学生の時分には想いに折り合いをつけていたのだから。


 そんな折り合いをつけた頃、ふと彼女が自分に向けている視線に既視感があった。俺があの人に向けていた視線と同質のもの。思い出してみれば、随分と長い間そんな視線を向けられている。片思いしていた時もずっと。

 どちらも初恋ながら、折り合いをつけられたものと相手が他の人に想いを寄せていてもなお貫かれるものとどちらが良いものなのだろうか?比べるものでないし比べられるものでもないと思わないでもないがふとそんなことを思う。


 それからは彼女のことを見ることが増えた。幼馴染なのもあり昔から一緒だった。中学校の頃は以前に比べれば少し疎遠になったが、気づけば隣にいる、苦にならないそんな存在。ある日、そんな彼女の横に別の誰かがいると考えると嫌な気分になった。彼女のことが好きだということを自覚した。同時に、何と軽いのだと思いもした。ついこの間まで別の女性に恋焦がれていたのに、舌の根も乾かないうちにすぐにだなんて。


 自己嫌悪に陥っているうちに中学校を卒業し、高校生になっていた。うちの高校は中高一貫だが、別の高校に行くものや逆に高校から入ってくるものどちらも少なくない。環境が変わることになれば、彼女の想いが変わることも考えられる。これはくよくよせずに想いを伝えねばと決意し実行に移そうとした矢先だった。あの日がやってきたのは。自分からいこうと思っていたのにまさか向こうから言われてしまうとは。そのことは後悔していたから、この巻き戻りが起こった時今度は自分からしようと思っていた。


 だが、ふと思った。こういう現象は何か未来を変えたいから起こるものだが、自分は何も変わって欲しいことはないなと。なら何も変わらないようにした方がいいのではないかと。そうして一度目は始まり終わった。そして二度目が始まった。変わって欲しいのだなと確信した。意地でも変えてやらないと思った。


 そうして繰り返すこと35回。本当ならもうアラフィフとか言われるのだろうか。約1年とはいえ何度も繰り返していては飽きも来るが、変わらないように動き続けた。実際は少しずつ変わってはいる。服装や注文した品物、そのタイミングだとかは間違いなく。だが大筋、彼女との一年、についてはほとんど変わっていない。このループを起こしているのが、彼女なのはほぼ確信している。目的も最初の推測通りだろうというのも。間違った手段で私の隣にいるのはいけないことだという思いに囚われてこちらのことまで気が回らなくなっているのだろう。最初はこんな間違えた手段に屈したくなくて、途中からは君の様々な姿を見たくてループを繰り返した。でもそろそろ止めにいこう。あの日に告白するのがいいだろうか。それとも巻き戻る前に想いを告げるのがいいだろうか。ああ、君に不要な負担を強いたことは謝らないと。他にも色々考えないといけないな。


 そして36回目が始まった。

 こんな間違いだらけの私だけど、君を想う心は真実正しい。私の腕の中の君にそう告げると同時、繰り返される日々は終わりを迎えた。



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間違えない貴方と間違えた君 桐弦 京 @MK62fgmn

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