Log.01_死の商人

『――帝国陸軍より今日……ジジ……時に発表され――。今月二……ジ――日から四日間にわたり、我がヴィスペルド帝国軍ならび――バイロ連邦軍との戦闘状――がアンベルト――勃発されましたが、ついに収束を迎え――。ザザ……地帯第一九戦線にて――軍第七陸軍を殲滅し、大なる戦果を収め――。ザ……政府は今後も――』


 音質の悪い報道がブラウン管から流れている。それを拾う耳はどこにもなく、閑散としたリビングやキッチンへと漏れ出るだけだった。


「シード・ステイク! そこにいるのはわかってんだ、早く出てこい!」

 男の怒号が冷めた廊下に響く。物音ひとつ聞こえてこない。しびれを切らしたスーツ姿の男は、他の男に目で合図を送り、ドアを蹴破った。それを待っていたかのように出迎えたのは一枚の立て看板とぷつんとワイヤーが切れた音。


『You're Silly《バーカ》』

 塗料でそう看板に描かれた文字を目にした瞬間、爆発がその場で起きた。ドア諸共吹き飛び、降りかかるコンクリの塵にせき込む。


「げほっ、クソッタレ。とっくに勘付いていやがったか」

「舐めやがってクソガキが! まだそう遠くにいねェはずだ!」

「いたぞ! 屋根の上だ!」

 外にいた仲間の声。それに続く土色の防弾着を装う男が銃を担いでコンクリ屋根の上の獲物を狙う。

 まるで餌を盗んだ猫のように身軽に屋根を飛び移る小柄な逃亡者――シード――は、その体格の3倍はある大きな荷物を背負っている。黄金にも引けを取らない金色の髪を揺らすも、その顔はガスマスクで隠されている。汚れ作業に向いた労働服からは技術師か炭鉱夫かを想起させるが、独特のデザインだ。


「クソが、あれじゃあ毒も麻酔も効かねェよ」

「撃ち殺したって構わねェ! とにかく捕まえろ!」

 オイルの漏れる機動車両に乗り込んだスーツの男の怒号に従い、数人の傭兵はしぶしぶと狙う。

 雇われとはいえ、彼らは武力で抗い生き残ってきた鉛の獣。逃げる小動物を狙うことくらい、容易かった。

 狙われた脚部、腹部、そして肩部。発砲と同時、シードが道路側へ右手を突き出した途端、まるでおびえて逃げるかのように銃弾が空へと走った。


「弾逸れたぞ!?」

「"地底人ドワーフ"風情が! FMJ弾使え!」

 響く銃声。少ない民衆も慌てて建物の中へと逃げ込む。

 砂塵を巻き起こし、わがもの顔で走る装甲駆動車。その背で傭兵が銃弾を変え、銃を持ち替えたとき、車の先頭部に鉄杭が食らいつく。その側部に埋没した、飢えた獣のようにぎらつくひとつの目玉。それは日照りで反射されたガラス状のランプ。

 ピッと赤い光が点灯したと同時、傭兵ごと車両は鉄塊から生じた爆炎に食いちぎられた。立ち込める爆炎と砂埃をかき分け、突っ切る2台の駆動車両。


 腕から射出した鉄杭を道路越しの建物の壁に突き刺し、銃弾の雨の中、ワイヤーを張っては石畳みへと身を流す。空を走りながら着地し、風のような速さで角を曲がった途端、死の灰が石の路を白く染めた。


「ッ、止まれ!」

「野郎! 毒ガス捲きやがった!」

 煙の向こう側から汽笛の音が空に響く。毒ガスでふさがれた道を逸れ、路地裏を切り込んでは資材を踏み荒らした。

「駅に向かえ! 汽車で撒こうったってそうはさせねぇぞ……!」

 案の定、広がった通りの先、さびれた駅に飛び込む逃亡者の大きな荷物の背中が見えた。「どいてろ!」と荒々しい声とともに、駆動銃から放たれた殺意が駅の壁に穴を空ける。


「捕まえろ!」

 降り、民衆や立ちすくむ駅員を突き飛ばしては駅の中へ突撃する。銃弾を逸らされることはないが、それでもすばしっこいことに変わりはなく、一発も当たらない。だが、何発か荷物に被弾し、中身の鉄くずがこぼれていた。ついに担ぎ部を撃たれ、荷物と背中が離別する。


「テメッ――」

 舌打ちしたシードは片腕で荷物を吸いつけるように持ち上げ、追手の方へと投げ飛ばした。

「そんなに欲しいんならぜんぶくれてやるよ!」

 叫び、腰に携えた装置デバイスに付随したスイッチを切り替える。途端、大の大人が3人はいりそうな大きな荷物は自爆し、改札口を抉り飛ばし、窓ガラスを突き破るほどの威力を放った。


 逃げ出すように線路を這う汽車。身軽になったシードは回りだした車輪より早く足を動かし、ホームへと飛び込んだ。

 手を伸ばした先は、汽車の最後尾の手すり。届こうにも指先すらかすらない――が、鉄パイプ製だったのが幸いか、吸いつけられるように手が手すりへと引っ張られた。

 しがみついたシードは肩を揺らし、ガスマスクを外す。汗をぬぐいながら遠ざかる喧噪と崩壊へと振り返る。


「ここももう住めねェか。くそっ」

 やんちゃな少年のように幼くも、知的さを塗り込んだような顔つき。炭の焦げや土に汚れた肌だが、元々は小麦色のきめ細かい肌なのだろう。その金の瞳はすべてを奪う炎のように輝き、しかし黒く残る煙のように沈んでいた。

 治安は良くはなかったが、ジェバニアの町は隠れ家にはちょうどいい場所だった。それが取引先ユーザーに割れてしまうどころか、荷物のほとんどを失った今、これまでのように拠点を作ることは困難だろう。


「アテは……もうあそこくらいか」

 最後尾の隅でせもたれ、鉄板の床に腰かける。赤くにじんだ左肩を抑えては気持ちの悪いくらい澄んだ空を見上げ、小さく肩を揺らした。

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