40 シーフ アイビー姫~その②

リエイターは相も変わらず慇懃でした。


やる必要もないのにトレードマークであるシルクハットを手に持ち、それから丁寧に頭を下げています。


最初に彼女と会ったときと同じです。


わたしも自分に対しては礼儀に関して厳しくしていますが。


リエイターのこの一貫した態度には、こちらこそ頭が下がる思いです。


彼女が魔女だと言われても、この魔法陣を見なければ誰も信じないでしょう。


なにか理由があって、男装をしなければならないどこかの国の貴族とでも言われたほうが納得できます。


「まずはおめでとうございます。このリエイターに、心よりアイビー姫の勝利を祝わせてください」


そういったリエイターは顔を上げ、両手をパチパチと叩いてわたしに拍手をしてくれました。


焼け野原のような大広間に、リエイターの鳴らす手の音が響いていました。


そして、微笑みながら指をパチンと鳴らします。


するとわたしたちの目の前に、手の込んだ装飾のついたガラスのテーブルとフカフカで柔らかそうなソファーが現れました。


「どうぞお身体をお休めください。すぐに紅茶と茶菓子を、さらに軽食も用意させていただきます」


そういったリエイターはわたしの対面に座ってまた指を鳴らしました。


今度はティーセットと三段重ねのティースタンドが現れます。


側には輪切りされたレモンやミルクポットまでも用意されていました。


そして、リエイターは出した紅茶をカップに注ぎながら、わたしを見てにっこりと微笑みます。


「では、朝日が昇るまでまだまだ時間はありますが、先にアイビー姫にかけた呪いを解かせていただきますね」


笑顔のリエイターはそういうと、今度はわたしに向かって右手をかざします。


すると、わたしの身体が輝く光に包まれました。


そして光に包まれたわたしの身体から、黒いもやのようなものが離れていき、やがてそれは宙に浮いて消えていきます。


「これにて完了でございます。これでアイビー姫は朝日が昇ったとしても呪いで死ぬことはないでしょう」


どうやら今リエイターが行った処置がわたしの呪いを解いたようでした。


特に変化は見られず、身体は披露しているままでしたが。


あのような過酷な儀式をやらせた後に、まさか呪いを解くなんて嘘でしたとは言わないでしょう。


いくら疑り深いわたしでも、さすがにここまで手の込んだことはしないと思えます。


「これからどうなるのでしょうか?」


わたしはリエイターに訊きたいことがたくさんありましたが、とりあえずこの後のこと――烙印の儀式後のことを訊ねました。


訊ねられたリエイターは、紅茶の入ったカップをわたしに差し出すと、コホンと咳払いをします。


「先ほども申し上げましたが、まだ朝日までは時間があります。そこでアイビー姫には、私の質問にいくつかお答えていただきたいのです」


意外な答えが返ってきました。


わたしも訊きたいことがありましたが。


どうやらリエイターも同じだったようです。


「なにせ前例のないやり方での勝利でしたのでね。それにしても、今思い出しても誠にもって鮮やかでしたよ」


「そこまで奇策を用いたつもりはなかったですが」


「奇策だなんて、ご謙遜を。アイビー姫が状況に応じて機転を利かせていたのは、誰の目にも明らかでしたよ」


リエイターはそう言いながら上品に笑うと、わたしにティ―スタンドに乗っていたケーキやスコーンを、小皿に移してから渡してくれました。


小皿を渡されたわたしは、いつの間にか目の前にあった小さなフォークを手に取り、最初いケーキからいただきます。


それを確認してから、ようやくリエイターも自分の分を小皿へと移し始めました。


「失礼ながらあなた様は、この儀式に参加した中では最も戦闘に向いていない方でした」


「そうですね。わたしが最弱なことはかなり最初の段階で理解していました」


「しかも異能は戦闘向きではない。従者にあのチュチュという怪力娘を連れていましたが、この儀式を観覧していた魔女たちは、全員アイビー姫がまず最初に脱落すると考えていました」


観覧していた……。


わたしたちの様子を、他の魔女たちが見て楽しんでいたのですか。


どうやっていたのかわかりませんが、わたしにはあまり良い趣味とは思えませんでした。


「しかし、その満場一致の予想を覆して、見事に勝利したのはあなた様です」


「ようするに最弱のわたしが勝ったことで、腹を立てている魔女がいるということですか?」


「とんでもございません」


リエイターはわたしに悪いと思ったのか。


急に立ち上がり、被っていたシルクハットを脱いで頭を下げた。


「我々魔女は、あなた様の目まぐるしく変わる戦局への対応力に舌を巻いていたのでございます。過去にも頭脳派の姫君はおりましたが、今回のアイビー姫のように勝利することはなかったのです」


紳士然とした態度のリエイターを見ながら――。


わたしは彼女に質問するタイミングを見計らっていました。

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