39 シーフ アイビー姫~その①
サイネリアにナイフを突き刺した後――。
わたしは最初に皆が集められた場所――古城へと向かっていました。
特にそう言われていたわけではなかったですが、この烙印の儀式に参加したすべての姫が倒れたのです。
制限時間だった朝日が昇るまでにもまだ余裕があります。
ですがなんとなく。
それまでは最初の集合場所にいたほうがいいと思ったのです。
もしチュチュがここにいたら「動きたくない。ここでいいよ」とかいって、面倒臭いと駄々をこねていたでしょう。
そんなことを想像すると、わたしはつい笑ってしまいました。
それから――。
歩きながらわたしは、自分で思っている以上に疲労していることを感じていました。
身体がまるで鉛のように重いです。
一歩足を動かすだけで節々が痛みます。
元々体力のあるほうではないわたしが、よくこの過酷な儀式を生き残られたと我ながら感心します。
すべてはチュチュのおかげです。
あの子が自分を犠牲にしてくれなかったら、わたしはこうやって今も歩いていることさえできなかったでしょう。
いくら異能で甦ることができるとはいえ、死ぬことで受ける痛みは本物。
生き返ることがわかっているとはいえ、その苦しみを受け入れられるあの子の精神力は、わたしなどと比べるまでもなく強靭です。
さすがは勇者……なのかは、わたしに確かめる術はないですが。
あの子の勇敢さはまさに勇者と呼ぶに相応しいものです。
ようやく古城が見えてきました。
わたしはする必要のない警戒をしながら中へと入っていきます。
もう戦う相手はいないのですが、これはわたしの癖なのです。
もしかしたら誰かが罠を仕掛けているかもしれない。
もしかしたらこの烙印の儀式を仕切るリエイターが、わたしを騙して殺そうするかもしれない。
かもしれない、かもしれない……。
わたしはこの異能を手に入れてから――。
父親に生贄にされてから――。
呪われて捨てられてからは、病的なまでに用心深くなってしまいました。
元々細かい性格であったこともこの癖に拍車をかけたのでしょう。
しかし、わたしはこの癖のおかげで、盗賊としてこれまでなんとか生きてこれたのです。
昔は煩わしいと思っていたのですが。
今ではこんな性格と癖を持っていて良かったと思っています。
わたしが古城の中を進んでいくと――。
前に立ったまま死んでいた甲冑姿の兵はもちろん、サイネリアが操っていた姫の姿はありません。
今にして思えば、彼女たちはサイネリアひとりに殺されたのですね。
サイネリアの異能――
それでいて彼女にはあの凄まじい身体能力もあり、一対一だろうと大人数が相手だろうと大して差はないのです。
一対一といえば――。
わたしがアザレアとサイネリア二人と向き合ってみて思ったのが。
正面からの真っ向勝負ならば、アザレアのほうがサイネリアよりも強いと思いました。
さらに考えてみると――。
ブルーベルもスプリングの吐く炎と自身の弓矢を上手く使えば十分にサイネリアを倒せたはず。
戦闘技術では、わたしはこの儀式に参加した姫たちの中で最弱でした。
先ほどは生き残れたのはチュチュのおかげだと思っていましたが。
その理由にさらに理由を足すならば、どうやらわたしはかなり幸運なようです。
そんなことを考えながらわたしは目的地に到着しました。
最初にみんなで集まった場所は、スプリングの炎によってほとんどが焼け野原になっています。
「ここで杯を飲んでから儀式が始まったんですよね……」
なんだかずっと昔のことのように感じてしまうわたしがいました。
わたしにとってこの烙印の儀式の数時間が、まるで数年でも経っていたかのような――。
そんな感覚を味わっていました。
わたしがそんなふうに黄昏ていると、床あった絨毯の上に突然魔法陣が現れました。
焦げてぼろぼろになった絨毯から輝く魔法陣が出てきたのが、なんだかわたしにはおかしく見えました。
「ご機嫌麗しゅうアイビー姫。突然の拝謁、誠に申し訳ございません」
そこにはシルクハットを被った妙齢の女性――。
この烙印の儀式を仕切っている魔女リエイターが立っていました。
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