38 グラップラー サイネリア姫~その⑪

爆発の後――。


私は辛うじて生きていた。


目の前にはチュチュと思われる短い手足と、バラバラになったタンジーの身体が見える。


私が助かったのは、単純にブルーベルが持っていた火薬の量が足りなかったのか。


それともタンジーが素早く、逃げる私の盾になったからなのかはわからない。


どちらにしても私はもう戦えないほど傷ついていた。


足音が聞こえたほうへ顔を向けると、月に照らされたアイビーの姿が見える。


彼女はこのまま私の息の根を止めるのだろう。


そうすれば魔女にかけられた呪いが解け、死ぬことがなくなる。


私は呻きながら、この儀式がそういうものだったことを今さらながら思い出す。


このまま殺されるのか……。


そう思うと涙と一緒に笑いが込みあげてきた。


なんてどうしようもない人生だったんだろう。


両親から虐待され――。


望んで生贄になって――。


それから、まるでそれまでの時間を取り戻すかのように好き勝手に暴れて――。


これじゃ典型的な犯罪者の記録だよね。


生まれた環境が酷かったんです。


それで私は歪んで狂ったんです。


だからいっぱい人を殺したんです。


――なんて、ありきたり過ぎて笑えるよね。


くだらない、とってもくだらない人生だった。


私が泣きながら笑っていると、すでにアイビーが私のことを見下ろしていた。


その顔は相変わらず無表情で、この女がなにを考えているのかなんてちっともわからない。


ここでまた「提案します」とか言って挙手をしたら面白いけど。


さすがにもうそれはないでしょ。


相棒のチュチュまで失って、ここまであなたへ明確な殺意を向けた私を相手にさ。


そうだよ。


そんなことする奴は狂ってる。


私なんかよりもずっと狂人だよ。


……いや、そもそも私は狂ってなんかいなかったんだ。


ただそういう風にイカれている人間を装っていただけの弱い奴だったんだよね。


でも、後悔なんてしてないよ。


だってそれ以外に道なんてなかったんだから。


ここで聖人やら、常識のある奴なら「そんなことはない、君には選べる道がたくさんあった」とか、説教みたいなことを言ってくるんだろうけどさ。


あのときの私には、狂ったふりをすることでしか自分を保てなかった。


両親を殺して国を滅ぼすことでしか、自我を支える方法がなかった。


ただ自分の感情に従って暴れまわるしかないなんて――。


恵まれている連中には理解できるわけないんだ。


努力すれば状況が変わる?


必死にやれば結果はついてくる?


お前の頑張りが足りないからだって?


それは私が上手くやれなかったのは全部私のせいってこと?


そんなこと認められるはずないじゃない。


少なくとも私は努力したよ。


両親に好かれようと必死だったよ。


だけど、それでもあの人たちは愛してくれなかったんだ。


なにをやっても上手くいかない奴のことなんて、報われた人間や結果を出せた人間にはわからない。


私はずっとひとりだった。


だから呪われたことで手に入れた私の異能は、人を言葉で操るものだったんだろうね。


私はずっと愛されたかったんだ。


友だちがほしかった。


恋人がほしかった。


家族がほしかった。


でも、そんな願いは叶わないままここで私の人生は終わる。


「泣いているのですか?」


私を見下ろしているアイビーは悲しそうな顔でそう訊いてきた。


彼女がなぜそんな顔をしているのかが私にはわからない。


この女は結局最後まで謎だった。


姫騎士アザレアや弓使いブルーベルはわかりやすい性格だった。


この女――アイビーの相棒のチュチュもそうだ。


ブルーベルの連れていた青いウサギだってそうだ。


みんな私に敵意を向けていたのに……。


この盗賊をやっている姫は、この期に及んでもまだ私へ優しい目を向けている。


それが私には理解できない。


「今すぐ楽にしてあげますね」


腰を下ろしたアイビーは私の耳元でそういうと、さらに小さな声で言葉を続けた。


それはまるで、これから眠る子どもへ母親がささやいるような甘く優しい声だった。


私はアイビーのいったことを理解して思う。


この女はやはり狂っていた。


私のような演技とは違い、本物の狂人。


こいつが最初から今まで同じことを言い続けていた意味がようやくわかったけど……。


でもさ、それでもやっぱあなたはイカれてる。


そして、すべてを理解した私が微笑み返すと――。


アイビーはゆっくりとナイフを振り落とした。

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