34 グラップラー サイネリア姫~その➆
アイビーへそう言った私は、腕を折られて苦しんでいるチュチュの上に馬乗りになった。
私、マウントポジションって好きなのよね。
だって仰向けになっている相手にまたがるのって、なんだかその人を支配しているみたいじゃない。
「くそ、くそ! どけ!」
チュチュが下から折れていないほうの腕で殴りかかってくるけど。
当たってもまるで撫でられるみたい。
チュチュと私の体重さを考えれば、どうしたってこの状況は変えられない。
たとえ彼女の腕が折れていなくてもね。
でも、絶体絶命のこの状況でまだ覇気を失わないなんて、ちょっと苛立つ。
まあいい、せいぜい足掻けばいいわ。
私が楽しみにしているのは、この子じゃなくてむしろアイビーのほうなのよね。
私は身体の下でもがくチュチュから、視線をアイビーへとやった。
さぞや絶望の表情を浮かべているだろうと思ったのだけど。
アイビーの顔はいつも通りで、泣きそうでもなく、かといって怒りに満ちているわけでもなかった。
そして、相変わらず自己否定の匂いは感じない。
それはチュチュもそうだった。
この状況で、この二人はどうしてこうも自分のことを肯定できるものだと思ってしまう。
表情や雰囲気でわかる。
アイビーとチュチュには、自分たちが失敗したという後悔の念がまったくない。
正直理解できないよ、この二人。
「どうしたの? あまりの絶望的な状況に固まっちゃった?」
私が訊ねると、アイビーは透明になって彼女の身体を掴んでいるタンジーから逃げようともせずに口を開く。
「サイネリア。私たちに協力してください。お願いします」
そして、結局最初に出会ったときと同じことを言った。
呆れた私は視線をチュチュへと戻す。
下から私を睨みつけている。
気に入らない。
どうしてこの状況で私に逆らおうとするんだよ。
もっと許しを請う目をしろよ。
助けてくださいと悲願してみせろよ。
まだ子どものくせに、なんでそんなに強がるんだ。
「まあいいわ。殴っていればそのうち自分から言い出す」
私はそういうとチュチュの顔面へ拳を落とした。
手に付けた鉄甲が彼女の顔に痣を作り、皮膚が切れて真っ赤な血が流れる。
まだ本気ではやらない。
アイビーとチュチュがもうやめてほしいというまで、じっくりといたぶってあげる。
「ほら、もう一撃いくわよ」
声をかけてから次の一撃を振り落とす。
チュチュの顔に当たった瞬間に、柔らかい感触から固い骨に当たる感触へと変わる。
今度はさっきと反対側の頬に喰らわせた。
たった二発だけしか殴っていないというのに、チュチュの顔がすでに別人のように変形している。
そして、さすがの彼女も苦痛の表情を浮かべていた。
血を吐きながらいかにも苦しいって顔をしている。
ああ……そんな顔をしないで。
そんな顔されたら、じっくりとやるつもりが殺したくなっちゃうじゃない。
でも、私が嬉しそうにチュチュの顔を見下ろしていると――。
「サイネリア、お前の負けだよ」
突然チュチュが笑みを浮かべながら私へ言ってきた。
この子はいきなりなにを言っているのだろう。
この状況からどうやって私が負けるというのか。
元々頭の弱そうな子だったけど、痛みと恐怖でおかしくなっちゃったのかな。
そう思っていた私は物音に気が付き、アイビーのほうを見ると――。
彼女はタンジーを振り切って近くにあった木へと登っていた。
タンジーは逃げたアイビーを追いかけようとしていたけど。
彼女は木を登ることができずに、その下で手を伸ばしながらひとりもがいている。
まさかこのことなの?
アイビーがタンジーから逃げきれたからって、私には何一つ問題なんてないのに。
まあでも、負け惜しみってのはこういうことを言うのかしらね。
「なにが私の負けなのかはまったくわからないわね」
「いいや、アイビーが自由になった。これであたしたち勝ちなんだよ」
「そんな負け惜しみいっても状況はなにも変わらないわよ」
「それが変わるんだよ。アイビー! やっちゃって!」
私はチュチュが叫んだときにアイビーのほうを見た。
彼女はいつの間にか手に火の付いた枝を持っていた。
どうやら登っていた木の枝を折って火を付けたみたい。
そして、彼女はその火の付いた枝を私とチュチュがいるほうへと投げつける。
「ブルーベルが残してくれたんだよ……。これでお前も終わりだ!」
「ブルーベルって……まさか!? タンジー! 早く戻って私を守りなさい!」
チュチュの言葉で気が付いた。
ブルーベルは荷物の中に火薬を持っていたんだった。
それを今はチュチュが――。
「あたしと一緒に死ね! サイネリア!」
そのチュチュの叫ぶと、アイビーが投げた火が彼女について爆発を起こした。
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