32 グラップラー サイネリア姫~その➄
「ねえ、ブルーベルはどうしたの?」
私はアイビーとチュチュに訊ねた。
すでにブルーベルが死んでいることはタンジーから知らされていたけど、あえて訊いた。
それは、二人の心を揺さぶってやろうと思ったからだ。
ブルーベルの死に対して二人が罪悪感を覚えているのなら、十分に自分を嫌いになる可能性はある。
いくら私の異能――
人間の感じるという気持ちは頭で考えてどうにかできるものではないんだよね。
「ブルーベルはもういません。彼女は……亡くなりました」
アイビーが悲しそうに答えた。
その彼女を庇うようにして剣を構えるチュチュは、私のことを睨み続けている。
残念だけど。
どうやらブルーベルが死んだことで、二人は自分を嫌いになったりはしないみたいね。
だって彼女たちからは自己否定の匂いがまったくしないんだもの。
どちらかというと悲しみとか怒りとかそんな感じね。
まあ、そんな簡単に操れてもつまらないけど。
私はこの異能を手に入れてから――。
ずいぶんと人間の心理ってやつを勉強したんだよね。
私ってばこう見てもけっこうな努力家だからさ。
そりゃたくさんの本を読んだよ。
こういうときに人はどう思うのか? とかさ。
こういうことを言われるとどう感じるのか? とかさ。
およそ大体の人が感じる心のパターンは頭に叩き込んだんだよね。
それこそ本の虫かってくらい読み倒したよ。
でもさ。
誰だってそうだよね。
恋人がほしいと思ったら頑張るのは当たり前だよね。
私にとっては心理の勉強も化粧や着る服を研究するのと同じ。
愛を手に入れるのに怠けてちゃいけないでしょ。
そして、アイビーとチュチュの様子をうかがいながら私は考える。
二人が自分を嫌いやすい人間かどうかをね。
私が自分なりに本や経験から学んだ自己否定してしまう人間の特徴は――。
1.自分に自信がない。
2.他人と自分を比べる生き方
3.他人に合わせていないと不安
4.否定的に物事を見る
私の見立てでは、あの姫騎士アザレアは4番。
小さな姫ブルーベルは1番と2番のタイプだと思っていた。
だけど、この二人――アイビーとチュチュはどうやらあまり自分を否定するようなタイプではなさそうね。
だって自信がない人間が人前で挙手はしないし、自分を勇者だというはずないもの。
これまでの感じだと2番の他人と比べることもなさそうだし、3番も4番も該当しなさそう。
なら自分を否定するように揺さぶってやればいいんだけど。
自己否定してしまう理由って、育ってきた家庭環境や、失敗や挫折の経験による影響が大きいんだよね。
アイビーが最初に私たちの前で名乗ったときに――。
自分は生贄にされ、呪われてから父親――つまり王に捨てられ、これまで傍にいる少女――チュチュと共に盗賊の真似事をして今日まで生きてきたって話していたけど。
どうもそんな過去があるわりには、この人って全然自分に自信がある感じなんだよね。
普通さ、親に捨てられたら性格が歪んじゃって否定的になると思うんだよ。
でも、この人はその真逆。
まったくもって真っ当で利他的な人なんだよね。
みんなで戦わずに呪いを解きましょうだの、この局面でまだ私を説得できると思っているところとかさ。
もはや良い人を超えて聖人や天使の域だよ。
自分を否定するより先になにかに突き動かされている感じっていうのかな。
チュチュって子もそうだけど、この人は私の出会ってきた人間の中でもっとも攻略が難しそうな女だな。
でもまあ、だからこそ恋人にしたいって思っちゃうんだけどね。
「無駄だよサイネリア! お前の異能はあたしたちには効かない!」
チュチュが私の表情を見て考えを読んだのか、大声をあげてきた。
私は長い前髪を手で払いながら、そんな彼女を見つめて微笑み返す。
「効かない? なんでかな~? どうしてそんなことが言い切れるのかな~? ねえ、どうしてあなたに私の異能が通じないのか。よかったら教えてくれないかしら?」
「それは……」
私に見つめられたチュチュは、真っ白な歯を見せてにっこりと笑う。
「だってあたし勇者だもん」
自信満々でいうチュチュ。
私はそんな彼女を見て、つい苛立ってしまっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます