31 グラップラー サイネリア姫~その④

身構えるチュチュを見て私は思考を巡らせる。


さっきブルーベルを殺したときに、この子の大剣を受けて遠くまで飛ばされてしまった。


それで見た目には似合わない腕力が、この子にあることは理解できるよね。


それとは違ってアイビーのほう――。


彼女にはナイフで足を刺されたけど、傷はぜんぜん深くない。


あれはそう、まるで全力疾走したあとみたいに疲れきった一撃だったな。


まあ、私を止めるためとか言っていたから手加減していた可能性はあるけど。


それでもアイビーが非力なことはたしかだよね。


さて、ここで自分――私サイネリアへ問題です。


私は二人を相手に力任せに戦っても勝てるでしょうか?


答えはイエス。


チュチュの腕力はたしかに油断できないけど、受けた一撃でわかる。


私のほうがまだまだ力は上。


それにこの子は戦いの経験も浅そうだし、まともにぶつかってもまず負けない。


では、アイビーのほうは?


彼女の動きを見るに、その反応速度は私と互角。


いや、もしかしたら上かもだけど。


あんな非力な一撃じゃ、いくら傷つけられても私の命には届かない。


したがって取っ組み合いになっても、私にタンジーがいる限り余裕で勝てる。


それで、なんだっけ?


そうそうアイビーの異能、たしか甦りオールリターンだっけ?


なんでも壊れたものを復元できる力。


気をつけるべきはそれだね。


最初に見せられたときは、戦いにはなんの役に立たない異能だと思っていたけど。


なかなかどうして、あの姫騎士さまアザレアを倒したんだから大したものだよね。


アザレアはこの儀式に参加した姫の中で、唯一私がまともにやっても勝てそうにない相手だった。


剣の腕はもちろん、彼女に異能を使われたらいくら私でも負け確定だったね。


そんな彼女をさ。


まさか黒焦げになったチュチュを復元して、飛び込んで来たところを殺るなんてね。


いやいやこのサイネリア、誠に感服しちゃったよ。


もしタンジーにそのことを教えてもらっていなかったら、私も殺られていたかもね。


でも、もうその戦法は私には通じないよ。


やってくることさえわかっていれば、いくらでも対処できるさ。


う~ん、やっぱり持つべきもの友だち、いや愛する恋人だね。


さらに私が気がついたのは――。


あの疲れきった一撃をしたアイビーだよ。


あれはなんだろう? 


この儀式の緊張感で疲労したせいかな?


それともアザレアを倒した後にブルーベルを追いかけて山を登ったせい?


違うよね。


あれはきっと――異能を使ったせいだよね。


あくまで予測でしかないけどさ。


アイビーの異能って壊れたものを復元すると相当疲れちゃう力なんだと思うんだよね。


そして、あれだけ疲労している理由はさ。


たぶん人間――黒焦げになったチュチュを復元したせいなんだと思うんだ。


これも予想だけど。


おそらくアイビーの異能は、復元する対象の情報量によって疲れ方が違うんだよ。


だって、最初に私たちに異能を披露したとき――杯を再生したときはまったく疲れた様子はなかったし。


今だって死んじゃったブルーベルと青いウサギちゃんを復元すれば、戦いを有利に進められるのにさ。


つまりそれをしないってことはだよ。


私が想像していた通り、疲れていて異能を使用できないってことなんだよね。


まあ最悪殺されそうになったら疲れていようが使ってくるかもだけど。


そんな隙を私が与えると思う?


ないねぇ。


それは絶対にない。


ようはチュチュの大剣さえまともに喰らわなければ楽勝ってことなんだよ。


でもさ、私ってば大人しそうに見えても根が欲張りだからさ。


アイビーもチュチュも私の異能――自己否定ネガティブクリープで恋人したいなと思っているの。


そうすればタンジーも入れて私を愛してくれる人が四人になるわけ。


あっ、でも死体にしなきゃ烙印の儀式は終わらないのか。


この儀式はたったひとりが生き残らないといけないんだったね。


まあ、いっか。


あの二人を操って心を壊してやるのは面白そうだったけど。


その埋め合わせは、この儀式を仕切る魔女――リエイターを恋人にして楽しみましょう。


「あらイヤだわ。渇いちゃった」


私がそう呟くと、アイビーとチュチュは少しずつ距離をとっている。


まともに私と戦っても勝てないとわかっているのね。


ああ、もうほしくてほしくて堪らない。


さあ、あなたたちの愛は私がもらうわ。

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