30 グラップラー サイネリア姫~その③

この人……。


もしかしてまだ私を説得するつもりでいるのかな?


たしか彼女の言う通りにすれば、殺し合いをしなくとも呪いが解けて、無事にこの烙印の儀式を終えることができるという話だっけ?


私が前にアイビーがいっていたことを思い出していると、彼女はそのまま同じことを口にした。


正直にいうと拍子抜けしちゃう。


ここは違うでしょ。


私が殺したブルーベルのために、怒りで身を震わせて怒鳴る場面でしょ。


なのにこの人ったら、相も変わらず同じことをいうんだもの。


いくら愛の告白が尊いものだからって、同じ人に同じセリフを吐かれたら興ざめよね。


そんなアイビーとは逆に――。


チュチュは私の喜ぶ反応をしてくれている。


歯を食いしばって、今にも私にその大きな剣を突き刺してきそうだ。


この子はちゃんとブルーベルが殺されたことに怒っているのね。


うんうん、やっぱりこうでなきゃ。


「聞いていますか? サイネリア」


アイビーは私が聞いていなかったと思ったのか、手を変え品を変えまた同じ話を始めた。


よくもまあ同じ話を、何度も微妙に変え続けられるものだね。


その情熱には感心しちゃうよ。


いや、単純に口先三寸というか、話すのがうまいだけか。


まあアイビーの言葉からは、口先三寸と私が思うように中身を感じないけどね。


でも、もしこの人が私の異能――自己否定ネガティブクリープを持っていたら――。


正直者や素直な人はすぐに彼女に操られちゃうだろうな。


いやいや~、言葉で人を操るなんて異能を持っていたのが私みたいな人間で本当によかったよ。


すっごく悪い人がこんな力を持っていたら、きっと世界の人口の半分はなくなっちゃうもんね。


奴隷でも増やす感覚で使うに決まっているんだから。


その点、私は愛している。


奴隷なんかじゃない、ちゃんと恋人だと思っているわ。


そりゃまあ、順位をつけちゃうのはよくないかもだけど。


でも、それが好みであったり個性であったりするんじゃないかな。


「聞いていますか? サイネリア」


アイビーが同じ話をした後に、また同じことを訊いてきた。


そんなことをいわれてもさ。


こっちはもうあなたの話は理解しているんだから、そう何度も訊ねてきてほしくないんだけどね。


なんで伝わらないかな。


こっちは説得に応じるつもりがないってさ。


でもまあ、そういうのって彼女が相手のことを考えてないってことなんだよね。


きっと死んじゃったアザレアもブルーベルも、私と同じことを考えていたはずだよ。


「もういいよアイビー! こんなやつが話を聞いてくれるわけないじゃないか!」


私が黙っていると、ついにチュチュが怒鳴り出した。


ずっとガマンしていたのだろうし、最初の態度からわかっていたけど。


この子は、元々私を説得することに反対していたのでしょう。


「ですがチュチュ。儀式の前に何度も話したと思いますが。彼女が協力してくれないとわたしたちも困るのです」


「それはそうだけど……」


「ならわたしのいうことを信じてください」


「うん……わかった。……そうだね、あたし勇者だもん。アイビーのことを信じるよ」


やれやれ。


簡単に言い包められちゃってる。


まあチュチュはまだ子供だし、当然といえば当然なんだけどね。


でもさ。


そうやって人前でイチャイチャされるとさ。


なんだから苛立ってくるんだよね。


わたしたちは信頼し合ってますとかさ。


無償の愛? ってやつっていうのかな。


絆とか信頼とか繋がりとか……。


そういうのって、見せられているほうはすっごく不快なんだよね。


まるで自己満足のショーでも見せられているみたいでさ。


悦に入って気持ちが悪いし、そんなもんは現実じゃ真実ではないんだよ。


「アイビー下がって!」


チュチュが前に出て私に向かって大剣を構えた。


どうやら二人を見て苛立ってしまった私の殺意を感じたらしい。


もう、イヤだわ私ったら、ガマンできなくなっちゃったみたい。


「あら? もうお話は終わっっちゃったのかな? まだまだ続くと思ったんだけどね~」


ニッコリと笑みを浮かべた私は両手を広げてみせる。


そして、前かがみの姿勢で彼女たちへとゆっくり近づいて行った。

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