28 グラップラー サイネリア姫~その①
あのチュチュという子に吹き飛ばされた私は姿を隠していた。
今は近くにあった小屋に入って、そこにあったベットに腰掛けている。
そして、アイビーにナイフで刺された足の傷を治療しながら、彼女たちが追って来ていないか窓から外を見回す。
怪我がそのものは大したことはない。
どうやらアイビーは、ブルーベルが作ってくれたチャンスを生かして私を殺すつもりはなかったみたいだ。
そういえばあの人、「あなたを止めます!」とかなんとかほざいていたっけ。
甘いとかそんな次元じゃないよね、あのアイビーって人。
最初から提案するとかいってこちらの油断を誘っていたけど。
そんな話に一体誰が騙されるっていうのよ。
まあ、私も一口乗って楽しませてもらったけどさ。
途中まで一緒にいたアザレア……だっけ?
あのずいぶん強そうな姫も結局はアイビーとチュチュに殺されちゃったみたいだし。
さっき死んじゃったブルーベルだって、手を組んでいたほうが都合がいいからぐらいで、本当は信じているはずもないのに。
大体この烙印の儀式ってのは、参加者が最後のひとりになるまで終わらないっていうのにさ。
それなのに戦わずに全員の呪いを解くなんてできるはずもない。
それともあの人は本気なのかな?
みんながみんな救われるとか思っているのかな?
だとしたら、それこそ救いがないバカだね。
人間は生まれたときからどんな人生になるかが決まっているのさ。
たとえどんな努力をしようが、なにも変わらないんだよね。
でも、ああいう人って……私、けっこう好きかも。
「あらイヤだわ。乾いちゃってる」
さてと、これからどうしようかな。
おそらくブルーベルはもう死んでいるでしょう。
最後に、あの子の意地だったのか、それとも仲間のために体を張ったのかはよくわからないけどさ。
死んじゃったらおしまいだよ。
いや違うか。
あの子はもうアイビーの戯れ言に頼るしか、自分を救う方法がなかっただけだよね。
だってあの子、どうやら異能は持っていなかったみたいだし。
それで頼りにしていたあの青いウサギちゃんが私に殺されちゃったから気が動転して、アイビーの言っていることを信じるしかなかったんだよね。
いやいやわかる、わかるよその気持ち。
私もそうだったからさ。
もう後がないときって、嘘でもいいから信じたくなるものね。
うんうん、正しく人間だったよ、ブルーベルちゃんは。
それで――。
こうして私サイネリアと、あの良い人っぽいことを言っているアイビーの一騎討ちになったわけだけど。
問題は、あの人にはあのチュチュっていう子が味方にいることなんだよね。
こちらの味方――もとい私の恋人になったばかりの甲冑兵たちは、あの青いウサギちゃんの吐く炎で焼き殺されちゃったし。
これはサイネリアちゃん最大ピンチ~! ってな感じなわけだね。
だけどね。
こちらの味方はまだいるんだよ。
「来た来た、やっと来たわ」
私が窓の外を見ていると、ある人物がこの小屋に向かって来ていた。
その人物は小屋の扉を開けると、ゆっくりと私の目の前に立った。
「おかりえなさい、タンジー姫」
この人物の名はタンジー。
青いウサギちゃんに焼き殺された甲冑兵たちを率いていたお姫さま。
もう血塗れで原型を留めていないほど傷ついちゃってるからわからないけど、彼女は元はすごい美人だったのよ。
燃える炎のような赤く長い髪に、まるで世の中がすべて自分中心で回っているような笑みを見せていた魅力的な人だった。
でもそんな彼女も、今では私の一番お気に入りの恋人よ。
彼女にはずっとアイビーやブルーベルたちの動向を探ってもらっていたの。
気を張っていたアイビーたちに、タンジーが見つからなかった理由は――。
タンジ―の異能――
彼女との出会いは、烙印の儀式が始まる前だわ。
私が古城の中へ入ると突然甲冑兵に囲まれたの。
あらやだ困っちゃうと私が思っていると、そこへ異能で姿を消していタンジ―が現れたの。
私が猫背のまま震えていると、彼女は勝ち誇った顔をしていろいろ話してくれたわ。
タンジ―は自分の親である王に生贄にされたけど、その後もずっと変わらずに愛されていたみたい。
それで烙印の儀式のことを知って、むしろ望んで参加しに来たっていっていたわ。
タンジーの親である王も、彼女の護衛をつけて、なんか行ってきなさいみたいな感じだったみたいね。
いいわね、愛されるわ。
そんなことを聞くと、つい嫉妬しちゃうわよね。
それで彼女ったら、まずは私を血祭りにあげて儀式に花を添えるとか言い出してね。
ひぇぇぇ~、殺されちゃう~!
って感じだったんだけど~。
私がいくつか訊ねてみたら、あっという間に全員自分のことが嫌いになっちゃってね。
タンジーも甲冑兵さんたちもみんな私の恋人になってくれたの。
まあ、殺せ殺せってうるさいから殺しちゃったけど。
でもさ、恋人のお願いはやっぱり聞いてあげないとね。
こう見えても私ってけっこう尽くすタイプなんだよ。
自分のことが嫌いな人はみんな私の恋人。
この異能――
「よし、じゃあこれで二対二のダブルデートね」
私はタンジーを抱きしめると、その原型のない顔に優しくキスをした。
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