27 アーチャー ブルーベル姫~その⑫

――アイビーの言葉でベルの動きは止まっていました。


「ブルーベル! 思い出してください! あなたとスプリングがどうしてこの儀式に参加したのかを!」


アイビーは叫び続けます。


「あなたの代わりに生贄になったお姉さんのためでしょう!? ブルーベル! そのことを思い出してください!」


彼女がねえねのためと言ってくれたおかげで、ベルの心をサイネリアの異能―― 自己否定ネガティブクリープを解くことができました。


そうです。


ベルはねえねの呪いを解くためにここにいます。


ねえねには幸せになってほしいです。


……ううん、誰よりも頑張ったねえねは絶対に幸せにならないといけないんです。


ずっとガマンして、嫌なこともつらいこともたくさんして、ねえねはいっぱい泣いていたんです。


それをみんなに知られないようして、いつも笑ってくれていたんです。


いつも守ってくれていたねえねを、今度はベルが守るんです。


ベルは構えていた弓矢をサイネリアへと向けます。


「あらあら、友だちのウサギちゃんがあなたのせいで死んだのに~。まさかあなた、自分のせいじゃないとか思っているの?」


サイネリアがベルを揺さぶってきます。


アイビーの言葉を聞かなかったらベルはまた彼女の異能で操られていたでしょう。


だけど、今のベルは違います。


ベルはたとえどんなことをしても――。


この儀式で自分の命を失っても――。


ねえねの呪いを解くのです。


引いていた手を離し、矢が発射されました。


サイネリアはその矢を両手に付けている鉄甲で弾きます。


それくらいのことは想定の範囲内です。


ベルはすでに次の矢を射っていました。


さらに休みなく放ち続けます。


だけどサイネリアは、ベルの放った矢を弾きながらこちらへと走って来ました。


「しつこいのは嫌いじゃないわ。でも残念。あなたはここで終わりよ」


サイネリアはベルに向かってきます。


このままだとベルはスプリングと同じように、彼女の拳で殺されてしまう。


だけど、それはベルの作戦でした。


「アイビー! チュチュ! 今です!」


叫んだと同時にサイネリアの拳がベルのこめかみを打ち抜きました。


咄嗟に弓でガードはしていましたが、意味はあまりなく。


弓と一緒にベルの顔面も破壊されました。


片ほうの目が完全に潰れ、もうひとつの目もはっきりは見えません。


それでもベルにはぼんやりと見えていました。


「あなたを止めます!」


「うおぉぉぉ! スプリングの仇だ!」


アイビーがサイネリアの足をナイフで刺し、チュチュが大剣を振り回しました。


サイネリアはチュチュの大剣をなんとか両手に付けていた鉄甲でガードし、そのまま遠くへと飛ばされていきました。


その後、チュチュが慌ててベルに駆け寄ってきました。


アイビーもスプリングの亡骸を抱いてまま、ベルの傍へときます。


「アイビー! なんとかして!」


倒れているベルの上でチュチュが喚いています。


この子はどうして出会ったばかりのベルのことをここまで心配できるのでしょうか。


それは、やっぱりチュチュが勇者だから?


すでに痛みの感覚さえないベルは、ぼんやりとそんなことを思っていました。


「ブルーベル! 今すぐ手当てします! 死なないで!」


荷物に手を突っ込んでゴソゴソとやっているアイビーの姿が見えます。


きっと今のベルは酷い顔です。


アンデットみたいなボロボロのドロドロの顔のはずです。


そして、もうすぐ本当のアンデット、いや死人になるのです。


だけど、死ぬ前にこれだけは言わないと――。


「アイビーとチュチュに……お願いがありますぅ……」


ベルは残された力をすべて話すことに使いました。


そして伝えます。


ベルが死んでもアイビーが言ってくれた提案は実行してくれますか?


ねえねの呪いは解いてくれますかと、普段のベルよりも弱々しい声で。


アイビーはベルの手を取ってコクッと頷いてくれました。


「イヤだよブルーベル! せっかく友だちになれたのに……死なないで! アイビー! アイビー! なんとかして、なんとかしてよ!」


チュチュが流す涙がベルの顔に当たります。


その涙が暖かいです。


この子は本当に優しいんですね。


もし、こんな魔女の儀式ではなく、別の形で会えていたらと何度ベルは思ったことか。


ベルはもう死にます。


だけど、これでいいんです。


スプリングを失った時点でベルにはもう勝機はなくなったのですから。


だから……アイビーに託すしか……ないのですよぉ……。


「アイビー……ねえねの……呪いを……」


もうベルの意識が無くなりかけたとき――。


アイビーは泣いているチュチュを押しのけてベルの耳元でささやきました。


とても小さい声でしたがなんとか聞きとれました。


……そうだったんですね。


だけど、どちらにしても……ベルはもうあなたを信じるしかありません……。


スプリング……今あなたのところへ……あやまりに行きますね……。


ベルたちはいつも一緒なんですから……。

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