26 アーチャー ブルーベル姫~その⑪

「ねえね!?」


ベルはベットで横になっているねえねに駆け寄りました。


近くで見るとよくわかります。


ねえねの身体に咲く花は脈を打っているのです。


触れるとどくどくうごめき、かなりの熱を持っていました。


その鮮やかなは、まるで身体に根を下ろし、ねえねを養分にして生きているようでした。


そう考えると、ねえねの体から咲いている鮮やかな花たちを綺麗とは思えません。


ねえねの命はこんな花を咲かせるためのものではないのです。


「これはどういうことなのですか!? ねえね、しっかりしてください!」


ベルは何度も声をかけました。


傍にいたスプリングも必死になってその場で跳ねています。


だけど、ねえねは苦しそうに呻いているだけで、何も言ってはくれませんでした。


そのときです。


ねえねの部屋の床から魔法陣が浮かびあがりました。


一体に何が起こったのかベルにはわかりません。


せいぜいスプリングを抱いて、ねえねを庇うように身を震わせるだけです。


「これより数日後……」


その魔法陣からは重苦しい声が聞こえてきます。


「烙印の儀式が行われる。生贄に選ばれたシンスヒア姫よ。主がもし自身の呪いを解きたければ儀式に参加し、そして生き残るのだ」


魔法陣からする声は、突然ろくな説明もなしにねえねへなにかの儀式に出るようにいってきたました。


だけど、当然ねえねは答えることはできません。


魔法陣から語り掛けられても、ただベットの上で唸っているだけです。


そんなねえねの様子を察した魔法陣が言います。


「どうやらシンスヒア姫は、儀式に参加できぬようだな」


「ま、待ってください! ねえねは、ねえねはどうして……?」


それから魔法陣は淡々と答えてくれました。


ベルの両親がねえねを生贄に捧げたこと。


その影響でねえねが呪われてしまったことを。


「そして、どうやらシンスヒア姫は呪いに耐えられなかったようだ」


「ねえねは……その儀式に参加しなければどうなるんですか……?」


「このままときが来るまで動きずに、やがて死ぬであろう」


魔女の呪いは強靭な精神を持つ者でないと耐えられず、呪いに耐えられなかった者は身体から見たこともない鮮やかな花が咲き始め、植物人間となってしまう。


そして、さらに魔女は言葉を続けました。


シンスヒア姫はずっと無理をしてきたのだ。


本来の彼女の心は誰よりも弱く、持ち前の器用さだけで物事を解決してきた。


しかしこの国は、そんなシンスヒアに寄りかかり過ぎたのだと、無感情に言います。


「そして、最後まで彼女に頼りっきりだった。この国はもう終わりだな。たとえ魔女の加護を受けようと、住む者全員が小娘ひとりにすべてを背負わせる国など長くは持たんだろう」


ベルはようやく理解しました。


ねえねがベルの代わりに魔女の生贄になったのだと。


ねえねはずっと無理をしていたのだと。


なんでもできると思っていたねえねは、ベルたちのため――。


この国に住むすべての人たちのために、自分の命すら捧げていたのだと。


魔法陣の言う通りです。


この国の住民は王も民も含めて全員が罪人でした。


当然それはベルにも当てはまります。


ねえねは強い人ではなかった。


それを気が付かせないように頑張っていた。


それなのにベルは……ベルは……。


「その儀式……ねえねの代わりにベルが出ます!」


ベルがそう答えると魔法陣は答えてくれました。


烙印の儀式が行わる日に、ベルの前に再び魔法陣が現れる。


儀式への参加は本人の自由意思。


シンスヒア姫のように代理を立てることはめずらしいが、過去に前例がなかったわけではない。


直前になって出たくなければ出なくも構わない。


だが、烙印の儀式へ参加し、さらに生き残らねば呪いによってシンスヒア姫は確実に死ぬと聞かされました。


「忘れるな……。死か、または生き残るか……選び勝ち取るのは主である。そして、生き残ればシンスヒア姫の呪いは解かれるであろう」


重苦しい声はそう言い残すと、床に現れた魔法陣と共に消えていきました。


その後――。


両親に事情を伝えたベルは、スプリングと共に国を出ました。


父も母もベルにはなにも言わなかったです。


ただ呆れた様子で顔をそらしているだけでした。


そしてベルたちは、儀式が来るその日まで、魔女が行う烙印の儀式について調べていました。


しかし、結局わかったことは多くはありませんでした。


聞けたこといえとは、魔法陣が言っていたことの補足だけです。


それから月日が経ち――。


ついに魔法陣がベルたちの前に現れました。


全身が恐怖で震えます。


覚悟はしていたけど、本当は怖くてしょうがありません。


だけど、やらねばなりません。


それが今ベルがねえねにできる唯一のことなのです。


「スプリング……ここでお別れです……」


ベルはスプリングにそう言い、抱きしめました。


ここからはベルの問題です。


この子を自分の国のごたごたに巻き込むわけにはいかない。


ベルが今までありがとうとお礼をいって離れると、スプリングは近づいてきました。


いくらダメだといってもついて来ようとするのです。


「ついてきちゃダメです! ダメなんです! あなたまで死ぬかもしれなんですよ!」


スプリングはそれでも良いといわんばかりに、ベルから離れません。


しばらく言い合いのようになりましたが、どうやらスプリングの覚悟はベルなんかよりもずっと強いようでした。


そして、ついに根負けしたベルは、スプリングと共に魔法陣の上に立ったのでした。

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