23 アーチャー ブルーベル姫~その⑧
その黒い影はサイネリアでした。
彼女はこちらに気が付かれないように、ベルたちの側へと近づいていたのです。
そんなことを考えようがもう遅いです。
サイネリアの鉄甲が、すでにベルのことを捉えていました。
このまま頭を打ち抜かれてベルは死にます。
だけど、ベルは無事でした。
サイネリアが現れたその瞬間に、スプリングがベルのことを庇ったのです。
「あらやだ、いきなり飛び出してくるなんてビックリしちゃうじゃないの。って、私が先に飛び出したんだっけ? アハッ!」
サイネリアが笑っています。
でも気にしてられません。
ベルは殴り飛ばされたスプリングのもとへ近寄りました。
「スゥ……スプリングゥ……?」
サイネリアの拳を受けたスプリングは、ベルの目の前で叫び声もあげることなく殺されました。
倒れたスプリングを見ると、あのつぶらな瞳が飛び出て、丸みのあった顔の形が歪み、穴という穴から血が流れています。
それを見たベルは腰が抜け、その場から動けなくなってしまいました。
大事な友だちが殺されてしまった……。
昔からずっと一緒だったスプリング……。
ベルがねえね以外で初めて心を開いた大事な友人……。
崩れ落ちたベルは、目の前で死んだスプリングのことを思うと、泣き叫ぶわけでもなくただその場で涙を流すだけでした。
声もろくに出やしません。
スプリングが烙印の儀式に参加するとついてきてから、こうなることは覚悟していました。
スプリングは最初から死ぬつもりでした。
だってこの烙印の儀式は、最後のひとりにならないとかけられた呪いを解くことができないから。
それは始まる前からベルもスプリングも理解していました。
スプリングはすべての参加者を殺した後、自分も当然死ぬつもりだったのです。
すべてはねえねのため……。
ベルはスプリングを失いたくなかったけど、それ以外に方法がいないと友人である青いウサギの意見を受け入れました。
だけど……。
まさか、ベルを庇って死んでしまうなんて……。
これはベルのミスです。
ねえねにも、死んでしまったスプリングにも顔向けできません。
できるはずが……ないのですぅ……。
「感じるわ。あなた、今自分のことを否定しているでしょ」
サイネリアはその場から動かないベルに近づくと、頬へ口づけをしてきました。
そして、嬉しそうにベルの耳元でささやきます。
「これであなたは私の恋人……」
サイネリアの異能――
対象が彼女の言葉を聞き、自分のことを否定すると動きを操られてしまう力。
呪われた影響で得たサイネリアの恐ろしい異能です。
ベルの身体はもう自分の思い通りには動きませんでした。
立ち上がりたくもないのに、手足が勝手に動きます。
ベルはもう彼女がいう恋人――操り人形になってしまった。
しかし、もうどうでもいいのです。
どのみちスプリングを失ったベルでは、とても最後のひとりにはなれません。
烙印の儀式に生き残れないことは、そのままねえねの呪いを解くことができないということ。
だから、もうどうでもいいのです……。
「ブルーベル! しっかりして!」
そこへ大剣が斬りかかってきました。
だけど、ベルにではありません。
傍にいたサイネリアにです。
「ブルーベル! あなたは悪くない! スプリングならきっとそう言いますよ!」
サイネリアがベルから離れると、そこへアイビーとチュチュが飛び込んできました。
そしてアイビーはベルに、サイネリアの異能――
たしかそう、あれは最初にサイネリアが自分の異能をみせたときにいっていた――。
「私の異能は
ようはアイビーが言いたいことは――。
ベルに自分は悪くないと思えということでした。
だけど、それは無理と言いうものです。
だって、大事な友人……スプリングがベルのせいで死んだのです。
それを……どうやって自分が悪くないと思えというのでしょうか。
身体が勝手に動きます。
ベルはアイビーに向かって弓矢を構えていました。
サイネリアがそうするように操っているのです。
その感覚は、まるで全身を糸で縛られて無理矢理に動かされているような感覚でした。
身体はもう動きたくないのに、全身の筋肉へ指令を出す脳が心の動きに逆らいます。
「ブルーベル! 思い出してください! あなたとスプリングがどうしてこの儀式に参加したのかを!」
アイビーはまだ言葉を続けていました。
ブルーベルは自分の意思とは関係なく弓を引きます。
矢はアイビーの肩を貫きました。
こんな近距離で避けられるとは思いませんでしたが、さすがは盗賊といったところですか。
それでも血を流していることには変わりありません。
しかし、矢で射抜かれてもアイビーは叫び続けていました。
「あなたの代わりに生贄になったお姉さんのためでしょう!? ブルーベル! そのことを思い出してください!」
ねえねのため……。
その言葉を聞いたベルの動きは、いつの間にか止まっていました。
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