19 アーチャー ブルーベル姫~その④

それからベルたちは、チュチュと合流するために、身を潜めていた山岳地帯から出ることにしました。


あたしがアイビーの仕草からねえねの雰囲気を思い出したように――。


スプリングも感じたようですっかり彼女に懐いていました。


今もアイビーの肩に乗って、彼女の顔に自分の頭を擦りつけています。


城にいるときでさえベルとねえね以外の人には懐かなかったのに。


この短い間でスプリングがこれだけ懐いているということは、それだけ彼女が誠実だという現れでしょうか。


「チュチュは……ベルのことをよく思っていないんじゃないですか……?」


あたしがアイビーへ訊ねると、彼女はそんなことはないと言いました。


アイビーがいうに、チュチュは心が広いというか終わったことを気にしない性格というか――。


悪くいうと忘れっぽいために、相手にやられたことをいちいち覚えていないのだとか。


「だから気にしなくても大丈夫ですよ。あとはサイネリアに声をかけて、もう一度全員で話し合いましょう」


アイビーがいっていること――。


彼女のいう通りにすれば、参加している姫全員の呪いが解けて無事にこの烙印の儀式を終えることができるという話――。


それが本当なら、もう誰とも戦う必要はないのかもしれません。


だけど――。


あのサイネリアが説得に応じるとは思えない。


今でも最初に全員が集まった場所で、ベルたちに向けたあの人の殺気が忘れらないのです。


あれは好んで人を殺す者が放つものでした。


死んでしまったアザレアもあたしと同じ考えだったと思います。


……アザレア。


こんなことならベルは、彼女のことを騙さなければよかった。


最初からアイビーの言っていたを信用してさえいれば……。


いくらねえねのためとはいえ、ベルはとんでもないことをしてしまいました。


あたしさえ裏切らなければ、アザレアがアイビーに襲い掛かることもなかったのに。


もう泣かないと決めていたというに、また目が涙でにじんできます。


すると、アイビーの肩に乗っていたスプリングがベルの胸へと飛び込んできました。


慌てて抱きしめたあたしを見て、スプリングが悲しそうな目を向けてきます。


そんなスプリングをあたしは無言で抱きしめました。


スプリングの豊かで柔らかい青い毛の感触は、とても気持ちを落ち着かせてくれます。


いつも心配してくれてありがとう。


さっきもう泣かないと決めたのに、また泣いてしまってごめんなさい。


ベルは大丈夫……もう大丈夫です。


ベルが楽しいときも悲しいときも、いつだってそこにはねえねとスプリングがいました。


今ねえねはいないですが、ベルにはスプリングがいます。


「やっと山から出られましたね。たしかちょうど山を登る出入り口にチュチュがいるはずです」


険しい山岳地帯から出て、やっと伸びた草に覆われた平地へと到着しました。


スプリングに掴まって飛んで来ればここまで時間はかからなかったのですが、さすがにアイビーとベル二人はスプリングには重すぎます。


それで歩いて来たのですが。


ここまでのアイビーと一緒に山を降りていて、ひとつわかったことがありました。


彼女が前に――チュチュと共に盗賊の真似事をして今日まで生きてきたといっていましたが。


それは真似事ではなく、たしかな盗賊の能力を持っていたのです。


周囲への警戒や気配への聞き耳――。


さらには獣道でも、安全に進んでいくことができる道を探り当てる目。


これはまさに彼女の盗賊シーフの実力が本物であることの証明でした。


登山に素人のベルが、特に足止めもなく険しい山道を降りられたのも、すべてはアイビーのおかげです。


これは異能ではなく、彼女がこれまでに培ってものでしょう。


だけど、アイビーもベルやアザレアと同じく姫のはずです。


アザレアのように、剣士としての実力なら王宮内でも磨けるのはわかるのですが。


アイビーは一体どこでこんな技術を身に付けたのでしょうか。


とても王宮で学べるような技術ではありません。


……まあ、サイネリアに関しては論外ですけど。


「おかしいですね。チュチュにはここで待っているようにいっていたのですが」


ベルの背丈ほどある草の中を歩きながら、あたしたちがチュチュを捜していると――。


突然ベルの腕の中にいたスプリングがキーッと鳴き出しました。


これはスプリングの――命の危険を知らせる合図。


あたしたちが何事かと思っていると、スプリングの鳴き声に大きな声が返ってきました。


「アイビー! 近くにいるんだね!? こっちに来ちゃダメだ!」


姿は見えないけど、その声はたしかにチュチュのものでした。

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