20 アーチャー ブルーベル姫~その➄

アイビーはチュチュの声が聞こえると、あたしたちにこの場から早く離れるように言いました。


そして、自分は声のするほうへと大急ぎで走って行きます。


近づくなといわれたのに向かって行くなんて、よほどチュチュのことが心配なのでしょう。


だけど、チュチュには悪いですが。


ベルたちには、危険を冒してまでチュチュを助けに行く理由はありません。


申し訳ないとは思いますが、いわれた通りに身を隠させてもらいます。


幸いなことに、すでに夜で見通しは悪く、ここらは身を隠せるほど草が伸びていて高さがあります。


屈んで進んでいけば、鉢合わせでもしない限りは見つかりません。


あたしはスプリングにこれ以上音を立てないでほしいことを伝えると、再び山岳地帯のほうへと引き返しました。


前屈みになって、ゆっくりと進みながらベルは考えていました。


きっとサイネリアの操る甲冑の集団がチュチュを見つけたのだと。


ベルなりに彼らへの対策はあるので、甲冑の集団はそれほど脅威でもないのですが。


もし、サイネリア本人が現れていたら――。


彼女に対抗する策は、今のところベルにはないのです。


殺される可能性が少しでもあるのなら、ベルは逃げることを選びます。


それは、死ぬことが怖いのもたしかにあるのですが。


自分の命よりも、ねえねの呪いを解くまでベルは死ぬわけにはいかないのです。


それからベルとスプリングが、伸びっぱなしの草地帯を抜けて、ようやく山岳地帯の出入り口に出たとき――。


甲冑の集団を引き連れたサイネリアがベルたちの前に現れました。


サイネリアが嬉しそうに言います。


「あなたはたしか……そうそう、ブルーベルだったかしら? ここで会えてよかったわ」


サイネリアは顔まで隠れるほどの長い髪を揺らしながら言葉を続けました。


ベルたちが空から山へと降りていったのが見えていたこと。


そこで、この付近の草むらに甲冑の集団を集めたこと。


山を登っていくか悩んでいたときに、アイビーが現れてひとりで山へと入って行ったこと。


周辺を調べていたらチュチュがひとりで隠れていたのを見つけ、今さっき数人の甲冑兵に襲わせたことを、せっかくの綺麗な顔が歪むくらい微笑んで言うのです。


「それで、あのチュチュって子を見捨てて山のほうへ戻ると思ったんだけど。まさかあなただけなんてね。アイビーって良い人なのかな~? それとも偶然かな~?」


ベルは少し悔やみました。


あのままアイビーと一緒にチュチュのところへ行っていれば、サイネリアと出くわすこともなかったのです。


だけど、しょうがないです。


終わったことを気にするよりも、なんとかこの場から逃げないといけません。


よく見ると、すでに周りには甲冑兵たちに囲まれているようでした。


スプリングに掴まって空へと飛べば逃げられるでしょうが。


空中にいるときにサイネリアの異能――自己否定ネガティブクリープを使われるとまずいです。


もしベルがサイネリアの振った言葉で自己否定してしまったら、空中から落ちてそのまま操られることになる。


かといって、このままだと甲冑の集団に囲まれてなぶり殺しにされてしまう。


もう、四の五言わずに考えていた対策を使うしかありません。


「あらイヤだわ。乾いちゃってる」


サイネリアがぶつぶつとよくわからないことを言いながら、手に装着している鉄甲を触っています。


ベルには意味不明です。


何が渇いているのかよくわかりません。


だけど、嫌な予感しかしないのです。


スプリングもそれを感じ取っているようで、喉から音を鳴らして唸っています。


もうやるしかないことはスプリングも理解いしているようです。


ベルたちの作戦は、まずスプリングの炎で甲冑の集団をすべて焼き尽くします。


彼らは元々死体です。


いくら痛みを感じない無敵の死体であるとはいえ、身体が燃えてしまえばもう戦えないはず。


その後は、サイネリアが炎で怯んだ隙に、伸びっぱなしの草むらへと入って逃げ出します。


いろいろ問題が多い作戦ですが、今はこの考えが一番生存確率が高い。


ベルはこんなところで――。


ねえねの呪いを解くまで死ぬわけにはいかないのです。


「スプリング! やってください!」


あたしの叫び声が合図となり、スプリングは青い炎を吐き出しました。


辺りにあった草や木と共に、甲冑の集団もその炎に包まれていきます。


その間に――。


サイネリアが異能を使う前に――。


ベルとスプリングはまだ火の手がない草むらへと入って行きました。


「ああっ! わ、私の恋人たちが……酷い……酷いわぁぁぁっ!」


後ろからサイネリアの泣き叫んでいる声を聞きながら――。


ベルたちはできる限りの速さで走りました。

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