18 アーチャー ブルーベル姫~その③

どこからベルたちのいるところに入ってきたのか?


考え事をしていたとはいえ、周囲はこの目で見ていたというのに。


だけど、今はそんなことを考えている時間はありません。


「スプリング!」


スプリングに呼び掛け、あたしの身を守らせるようにお願いしました。


そして、持っていた弓矢を構えます。


どうやってここへ来たのはどうでもいいです。


アイビーはあたしに騙されて腸が煮えくり返っているはず。


ならここで戦うしかありません。


「提案します」


戦闘態勢に入ったベルたちを見たアイビーは、なぜか挙手をしました。


右手をさっと挙げ、特に感情的になっているようには見えません。


「もしよかったら、またわたしに協力してもらえないでしょうか?」


そしてアイビーは言葉を続けた。


最初に全員がいたあの場と同じ――。


彼女の言う通りにすれば、参加している姫全員の呪いが解けて無事にこの烙印の儀式を終えることができるという話を。


ベルは自分の耳を疑いました。


この人は一度あたしに騙されたというのに、また手を貸してほしいと言っているのです。


正直、ベルは理解に苦しみます。


スプリングも動揺しているようで、その豊かな青い毛を揺らしてあたしのほうを見ています。


この人が一体何を考えているのか。


頭の悪いベルにはいくら考えてもわかりません。


本気でそんなことを言っているのですか?


困り果て行動ができなくなったあたしは、彼女にある質問をしました。


それは、ベルが仕掛けた罠――あの爆発の後に何があったのかをです。


「こちらが訊いているのに質問ですか。まあ、いいでしょう」


アイビーは、少し納得がいってなさそうでしたが、ベルの質問に答えてくれたました。


爆発の後――。


スプリングの吐いた炎で火傷を負い、さらにベルの仕込んでいた火薬で引火――爆発が起きたために、身体が傷だらけになったこと――。


怒り狂ったアザレアがアイビーに襲い掛かってきたので、やむを得なく殺したことを、実に淡々とした口調で話してくれました。


それと、どうやら彼女の従者であるチュチュも生きているようです。


ここへは、ベルたちを警戒させないようにひとりで来たと言っています。


「あなたは……怒ってはいないのですか……?」


あたしは震えながら訊きました。


それは彼女を目の前にしてから、何度も心の中で思っていたことです。


騙されて――。


殺されかけて――。


身体をぼろぼろにされたというのに、どうしてそこまで冷静でいられるのか。


アイビーは、またも淡々と答えます。


「怒ってないといえばそんなことはないかもしれないですが。今はそんな小さなことを気にするよりも、もっと気にかけることがありますから」


小さなこと?


殺されそうになったのが小さなことですって?


やっぱりベルにはこの人のことが理解できませでした。


「みんな、それぞれの事情がある。アザレアがわたしに斬りかかってきたのも理解できますし」


さらにアイビーは話を続けます。


爆発の直後に、アザレアが自分に襲い掛かって来るのは当然。


傷ついて騙されていたとわかった状況で冷静でいられるはずがない。


それとアザレアは特にブルーベル――あたしのことを気に入っていた。


その感情の揺れ幅を考えれば、しょうがないことだったと。


「後悔があるとすれば、それはわたしの彼女への配慮が欠けていたことです」


アイビーはあの状況で、アザレアに対する自分の対応が、酷く雑になってしまったことを悔やんでいました。


もう少し自分が相手のことを考えて行動していれば、きっとアザレアを殺す必要はなかったはずだと。


「もちろんブルーベル。あなたがわたしたちを騙したのも理解できます」


アイビーは、今度はベルの気持ちがわかると言い出しました。


烙印の儀式に参加した姫の中で一番非力なブルーベルなら、相手を騙して倒そうと考えるのも無理はないことだ。


それはそれで作戦のひとつであると。


自分の身代わりになった姉の呪いを解こうと、命の危険を顧みずに参加してきたのだから――。


それくらいのことを考えるのは当たり前だと。


アイビーは、最初に口と開いたときと変わらずに、淡々とベルたちへいうのでした。


ベルはこの人に怯えていました。


それは先ほどから何度も思っている――彼女のことが理解できないからです。


だけど、この感じは――。


たとえ酷い目に遭っても、何事もなかったかのように相手に優しくできるこの態度は――。


震えるベルにねえねのことを思い出させました。


「本当にぃ……本当にぃ……誰も殺さないで呪いを解けるのですか……?」


アイビーはあたしがそう訊ねると、微笑みながらコクッと頷くのでした。

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