17 アーチャー ブルーベル姫~その②

ここなら誰かが近づいて来てもすぐに把握できるし、何よりも最悪崖からスプリングに掴まって飛べば逃げられる。


あたしはそう思いながら周りを警戒していると、スプリングが体を擦りつけてきました。


その豊かな青い毛の感触が心地いい。


「うん? どうしたんですか、スプリング?」


あたしが訊ねると、スプリングはぐぅぐぅと甘えるように鼻を鳴らしました。


その仕草で、スプリングがお腹を減らしているのがわかります。


長い間空を飛んでいたせいで、もう腹ぺこになっちゃったのかな。


さっき人参をあげたばかりなのに、本当にこの子は食いしん坊だ。


あたしはやれやれと荷物から人参を取り出てスプリングに与えると、嬉しそうに食べ始めました。


こんな殺伐とした空気の中で見るその光景は、少しだけど安心感を与えてくれます。


「まだいっぱいあるから、またお腹が減ったら言ってくださいね」


あたしはスプリングの体を撫でながらをそういいました。


だけど、スプリングは一心不乱に人参にかじりついています。


この子は食べもののこととなると、まるっきり話を聞かなくなってしまうけど。


それもスプリングのかわいいところです。


それからあたしは周囲を警戒しながら考えます。


今、現状で考えていることは、あたしが仕掛けた罠の爆発で死ななかった人(または“たち”)が、サイネリア率いる甲冑の男たちと戦って生き残ったほうと戦うという作戦。


おそらくだけど、両者の戦いはサイネリア陣営が有利。


それはサイネリア陣営のほうが数も多いし、何よりもアイビー、チュチュ、アザレアの三人が生きていたとしても、けして無傷ではないから。


なら、ここで考えておくべきはサイネリアへの対策。


あたし、非力なベルが、あの恐ろしい殺気を放つサイネリアに勝っている点は――。


それはやっぱり遠距離攻撃ができること。


見たところサイネリアには、アイビーのようなナイフ。


チュチュのような大剣。


アザレアのような刺突タイプの剣などの武器は持っていなさそうだった。


荷物も腰に巻いていた小さな鞄くらいしか身に付けていなかったし、彼女の戦い方は、拳や蹴りなどの近距離戦が得意なタイプであることはおよそ推測できます。


操っている甲冑の集団のほうにも飛び道具はなさそうです。


それならば距離を取って戦えれば、非力なベルにも勝てる見込みは十分にあります。


それと、もうひとつはスプリングの存在。


ベルとねえねが育てた大事な友人スプリングは、空を飛び、炎を吐くことができ、その牙や爪は鋼鉄にも劣らない。


詳しくは知らないですけど、スプリングはすでに絶滅したはずのウサギの幻獣だとか。


それはともかく、この二つがベルたちがサイネリアよりも勝っている点。


戦い方としては、やっぱり離れた位置から矢で射ることか。


サイネリア本人はスプリングに止めてもらいながら、あたしがひたすら弓を引く作戦。


それか、あたしがスプリングに掴まって空中から攻撃をすること――なんですが。


前者は、スプリングがサイネリアと近距離で戦い続けられるかどうかという不安。


後者は、スプリングがベルの重さを抱えたままだと、長い間は空中にいられないこと。


確実に安全なのは後者なんですが、ただ空中から炎を浴びせるだけであのサイネリアを殺せるとは思えない。


だけど前者は、立ち会って早々にスプリングが殺されてしまう危険があります。


それに何よりも、彼女の異能である自己否定ネガティブクリープはベルの天敵といってもいいのです。


なんだかんだいってもベルは気が小さいのです。


自分に自信がないので、すぐに自分が悪いと考えてしまう。


今はねえねのためにと無理をしていますが、元から持っている性格は簡単に変えれません。


だから、またサイネリアが異能を――何かこちらを揺さぶる言葉を振ってきたら――。


ベルは条件反射で自己否定してしまうのです。


ねえねのためにと意思の強く持てば、最初に仕掛けられたあのときのように解除できるかもしれません。


だけど、その解除するまでの少しの間で殺されてしまう可能性もある。


それを考えると、何よりもまずはサイネリアの異能への対策を考えないといけません。


ベルがさらに考え込んでいると、スプリングが突然キーッと鳴きました。


声帯のないウサギであるスプリングが、自分の食道を狭めることで出す声――。


これは命の危険があると知らせるときに出す鳴き声です。


あたしは慌てて周囲を見渡しました。


ここは山岳地帯。


そこの山の間に隠れ、辺りを見通せる場所にいるので誰かが近づけばすぐにわかるはずなのですが、誰も見当たりません。


だけど、スプリングが間違えるはずがない。


あたしがそう思っていると――。


「やっと見つけましたよ、ブルーベル」


そこには、あたしが騙した姫のひとり――。


アイビーがいつの間にかベルたちの傍にいました。

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