15 ナイト アザレア姫~その⑮

私たちは、いや私は完全に騙されていた。


あの子を、いやブルーベルあいつのことを信じ切っていた。


幼い顔をして――。


純粋無垢なように演じいて――。


私を罠にかけたのだ。


いや違う。


悪いのは私だ。


この烙印の儀式は元々たったひとりしか生き残れないルール。


それなのに私は……何と不甲斐ないのだ。


姉のためだというブルーベルあいつに、まんまと共感し、好感を持ち、それで結果がこれだ。


私の剣の師である彼女が、私へ向けた言葉を思い出す。


「アザレア様は優し過ぎるところがあります。それさえ無くせば、たとえ魔女でさえ恐れおののくでしょう」


私が甘かったのだ。


もう取り返しはつかないが、今から挽回してやる。


「アザレア、大丈夫ですか?」


アイビーが私へ声をかけてきた。


どうやら彼女も無事だったらしい。


だが、その傍には全身が黒焦げになったチュチュの姿があった。


おそらく咄嗟にアイビーを庇ったのだろう。


あの雪のような白い肌が見るも無残に真っ黒になっていた。


私はこちらへ向かってくるアイビーを見て考える。


まずはこいつからだ。


こいつを殺してからようやく私の烙印の儀式が始まる。


私は起き上がると同時に剣を抜いた。


身体の痛みで普段通りには動けなかったためか、アイビーの首をはねることはできなかったが、それでも手傷を与えることには成功する。


「何をするんですか!?」


驚愕の表情で私を見つめるアイビー。


この女はブルーベルあいつに騙されてもなお、誰かを信じようというのか。


そういえば最初からこいつは、全員が生き残る方法があるとのたまっていた。


手を挙げて「提案します」とか、ふざけたことを言っていたのだ。


それもきっとこの女の作戦だ。


私を騙すつもりなのだ。


今だってこちらが斬りかからなければ、私の命を奪っていたに違いないのである。


「もう騙されるか! 殺してやる!」


「待ってください。私はあなたの傷をみようと……」


「うるさい! 貴様も私を騙すつもりなのだろう!」


私はアイビーへと襲い掛かった。


彼女は連続で突かれる私の剣を持っていたナイフで捌きながら、私への説得を続けている。


だが、反撃するつもりがないというよりは、受け切るので精いっぱいという感じだ。


やはり剣の腕で私に勝てる奴などいない。


私はここでさらに駄目押し。


異能――早送りクイックポイントを発動させる。


この異能は、五秒間のみ、周りが止まって見えるほどの速さで動ける。


欠点は一度使うとしばらくは使用できないことだが、今周りにいる敵はこの女だけだ。


確実に殺す、殺してやる。


アイビーの動きが止まって見える。


遅いとか、とろいとか、のろいとかではない。


文字通りに止まって見えるのだ。


こうなれば私は、剣鬼、剣聖、剣神だ。


そのまま首を跳ね飛ばしてやると、私が剣を振りあげた瞬間――。


「……甦りオールリターン


アイビーが自分の異能を発動させた。


だが、破壊されたものを復元させるような異能で何ができる。


貴様の異能は戦いの役には立たんのだ。


と、私の剣がアイビーの首に当たりそうなになる直前。


突然目の前に黒焦げになったはずのチュチュが現れ、剣を構えていた。


勢いよく突進していた私は今さら止まらず、そのままチュチュの構えていた剣を突っ込んでしまう。


そして、そのまま彼女の大剣が私の胴体に突き刺さってしまった。


「な、なぜ……お前が……?」


私が呻きながらいうと、チュチュは微笑みながら答えた。


「だってあたし勇者だもん」


私は全くもって馬鹿らしい答えたと思い、地面に倒れた。


……そうか。


アイビーの異能は生き物にも有効なのだ。


それで黒焦げになったチュチュを復元した。


それを見抜けなかった、いや見抜こうとしなかった私の油断が敗因だ。


倒れた私の元へ、アイビーが近寄って来る。


その手にはナイフが持たれていた。


さすがにもう私を助けるつもりはないらしい。


というよりは、もうすでに私は死にかけている。


腹をどでかい剣で突き刺されたのだ。


もう血も止まらないし、内臓のほうもぐちゃぐちゃに傷ついているだろう。


私はこのまま死ぬのである。


最後に思うのは、彼女に会うことが叶わなかった悔しさだけだ。


「今すぐ楽にしてあげますね」


アイビーは私の耳元でそういうと、さらに小さな声で言葉を続けた。


まるで呪文でも唱えるかのような聞き取りづらさだったが、奴のいうことは理解できた。


なるほど、そういうことか……。


だからこいつは……。


私がそう思っていると――。


アイビーのナイフが額に向かって振り落とされた。

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