13 ナイト アザレア姫~その⑬

国から出た私は、誰の目にも触れないところで彼女が書いた手紙を開いた。


暗い夜――月や星のない空に、焚き火の光を頼りに読み始める。


《この手紙を読んでいる頃ーー。アザレア様はきっと、地下にあるあの部屋から出ていることでございましょう》


綺麗に書かれた字が、まるで統率のとれた軍のように並んでいた。


この筆跡を見るだけで彼女が書いたものだとわかる。


そんな彼女らしい文と字を見て、つい笑ってしまう自分がいた。


だがそんな笑みも、手紙の内容を知る度に強張っていく。


《何よりもまずアザレア様にお知らせしたいのは、魔女たちが開く烙印の儀式のことでございます》


私の師――彼女は烙印の儀式のことを知っていた。


なぜならば、彼女は烙印の儀式に参加したことがあるからだと、書かれている。


彼女はかつて一国の姫だったようだ。


そして私と同じように生贄にされ、呪われた。


ようするに彼女は、魔女が行った烙印の儀式から生き残った人物だということだった。


詳しい理由は書いていなかったが。


生き残ることができた彼女は、結果的には呪いを解くことができず、ただ延命しただけだったようだ。


《私が聞いたところ。どうやら烙印の儀式の内容は、取り仕切る者によって若干異なるようです》


そして、こうも書いてあった。


だが、毎度内容が異なるとはいっても、絶対に変わらないことがひとつだけあるという。


それは“呪われた姫同士で殺し合う”ということだった。


この烙印の儀式が、いつから始まってどのくらい続けられているのかは、彼女にもわからないようだ。


だが、このルール――姫同士で殺し合うというのは基本にあるらしい。


それから手紙の後半には、私の両親について書かれていた。


父と母は散々悩んだ結果――。


国を豊かにするため――。


大国に滅ぼされないために、自分の子を魔女へ捧げることを決意した。


そこでまた散々悩んだ結果、私を選んだ。


《王たちは怖かったのです。呪われた我が子に復讐されるのではないかと》


彼女の手紙には、王たちは大人しく優しい私なら、自分の親に手など出さないだろうと思ったということだった。


どうやら気の強い兄や姉を生贄に選べば、必ず復讐されると思ったのが、私を生贄に選んだ理由だったようだ。


だが、罪悪感があったのだろう。


私の両親は烙印の儀式に参加したことがある姫――彼女を探し出した。


そして彼女を私の教育係にし、烙印の儀式を生き残れるように鍛えるように頼んだのだ。


彼女は……私の両親に頼まれたのか……。


それにしては四六時中口うるさく、ずいぶんと教育熱心だったな、彼女は……。


今だからわかる。


あれは両親がするはずだったことを私にしてくれていたのだ。


彼女が私に同情していたことは、その境遇を知れば簡単に想像できることだ。


だが、それでも私は嬉しかった。


同情でも共感でも、私の傍にいてくれた彼女が好きだったである。


《アザレア様。あなたは王たちに間違いなく愛されていました。ただ、彼らはそこまで強くなかったのです》


彼女は王たちを庇うようなことを書いていた。


いや違う。


彼女は私が傷つかないように配慮しているのである。


そんなことよりも――。


私はもっと彼女のことが知りたかった。


あの鉄仮面――無表情の下にある顔を見せてほしかった。


だが、その手紙には、自分の生まれた国や個人的なことがほとんど記されていなかったので、私は寂しさを覚える。


「自分のことは何も話してくれないんだな……」


私はぼそっと呟くと笑った。


それはこの手紙を読んでいるときから思っていた――彼女らしさを感じていたからだ。


私は手紙を大事にしまうと、腰かけていた岩から立ち上がって夜空を見上げる。


彼女は戦地へ送られた。


ならば、私のやるとこは決まっている。


これから行われる烙印の儀式に必ず生き残り、もう一度彼女と会うために父に――王にその戦地の場所を訊ねるのだ。


彼女はもう戦地で殺されてしまったかもしれない。


解くことができなかった呪いによって死んでしまったかもしれない。


だが、それでも私は――。


彼女が生きている可能性が少しでもあるのなら――。


それに賭けてみたいのである。


そのためにも、この――彼女に教えてもらった剣で儀式を生き残り、再びあの人に会うのだ。


――そして現在。


だから、私はここにいるのである。


彼女ともう一度会うために儀式に参加したのである。


――と私は、彼女の話を聞きたがっていたブルーベルへ伝えるのだった。

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