12 ナイト アザレア姫~その⑫
彼女が戦地へと行っただと?
そのようなことは彼女の口からは一度も聞いたことがない。
いや待て。
小間使いは“飛ばされた”といっていた。
なら、彼女を戦地へ送ったのは王である父か?
なぜ彼女を戦地へ送ったんだ?
それとなぜ彼女はいなくなる前に、そのことを私に話してくれなかったのだ?
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
どうしても良い方向に考えることができない。
父が意図的に私から彼女を奪ったとしか考えられない。
しかしなぜだ!?
なぜそのようなことをするんだ!?
私はもう十分父の望みを叶えていたはずだ!?
生贄にもなった。
地下で暮らせというから暮らした。
それなのに彼女まで……私が唯一手にした大事な人まで譲れというのか!?
考えているだけに耐えられなくなった私は、部屋を出て、地下から地上へと向かう階段を駆け上がった。
父のいる部屋――王の間へと向かうためだ。
数年ぶりの城内だったが、私はその場所を忘れていなかった。
だが、大勢の兵士が私の前に立ちはだかる。
きっと先ほど逃げていった小間使いが報告したのだろう。
狭い城内の廊下で、私は前と後ろの通路から挟み撃ちにされてしまった。
「アザレア様が地下から抜け出したぞ!」
「なんとしてでも止めろ! 捕まえてもう一度地下へと戻すのだ!」
兵たちは、私のことをまるで罪人のように扱う。
脱走した凶悪犯でも見るような目で、こちらを睨みつけてくる。
皆、手に剣を持ち、これでは捕まえるというよりは、まるで集団で殺すつもりのように見えた。
私は向かってくる兵たちを前に、もう駄目かと思ったが。
ここで、私が呪われた影響で得た異能――
この異能は、五秒間のみ、周りが止まって見えるほどの速さで動ける。
飛びかかってきた兵たちがスローモーション――いや、ほぼ止まって見えるため、私はあっという間に彼らを戦闘不能した。
斬りかかってくる剣に触れられる。
その気になれば、彼らを皆殺しにすることも可能だった。
「ひぃっ……ば、化け物ッ!」
側で見ていた女中が腰を抜かして絨毯の上で呻いていた。
そうか……。
私はもう人には見えないのだな……。
しかし、気にしてもしょうがない。
何はともあれ、私は屈強な男たちを難なく打ち倒すことに成功。
だが、これも私に剣を教えてくれた彼女のおかげである。
以前の私なら、たとえ早く動けても彼らのような鍛えぬかれた兵を倒すことなどできなかっただろう。
せいぜい逃げ回るくらいしかできなかったはずだ。
たとえ化け物と呼ばれようとも、これが私が彼女――師からもらったものである。
何を恥じる必要がある。
この強さが私と彼女を繋ぐたしかな証拠なのだ。
その後、もはや私の邪魔をする者はなく、王の間へとたどり着いた。
「父上、私です。アザレアです。突然ですが、部屋に入れさせてもらいます」
扉の前で声をかけた私は、そのまま中へと入った。
そこには父と母がいた。
二人とも兵たちとは違い、特に私に怯えているようには見えない。
数年ぶりの対面であったが、成長した私の姿を見ても、父も母もそのことには触れてくれなかった。
ただ、地下にあるあの部屋にいろといったはずだと、不機嫌そうに口を開くだけだった。
私は剣を下げ、膝をついて訊ねた。
私に剣を教えてくれた
彼女はどこへ行ったのかと。
そのとき――。
部屋の扉からある人物が現れた。
そこにいたのは私の兄と姉だった。
二人は、まるで汚らわしいものでも見るかのような視線をこちらへ向けている。
数年ぶりに会えた妹に対する態度にしては酷いと、私は内心で悲しんでいた。
それから兄が一通の手紙を私の前に落とした。
「ほら、拾えよアザレア。それがお前の求めるものだ」
それは、戦地へと向かった彼女が私へ宛てた手紙だという。
私が慌ててその手紙を拾った瞬間――。
床から魔法陣が浮かび出した。
その魔法陣から私たちへ、重苦しい声が聞こえ始める。
「これより数日後……烙印の儀式が行われる。生贄に選ばれたアザレア姫よ。主がもし自身の呪いを解きたければ儀式に参加し、そして生き残るのだ」
魔法陣からする声は、突然ろくな説明もなしに私へ儀式に出るようにいってきた。
烙印の儀式が行わる日に、私の前に再び魔法陣が現れる。
儀式への参加は本人の自由意思。
出たくなければ出なくも構わないが、烙印の儀式へ参加し、生き残らねば呪いによって死ぬと聞かされた。
「忘れるな……。死か、または生き残るか……選び勝ち取るのは主である」
重苦しい声はそう言い残すと、床に現れた魔法陣と共に消えていった。
部屋は元に戻り、私が立ち上がって周りを見渡すと、父や母、兄も姉も恐怖で震えているようだった。
私は、そんな彼らに声をかけた。
「父に……いえ、王に訊きたいことがありましたが。この続きは、私が戻って来てからにさせてもらいます」
家族は誰一人私を止めようとはしなかった。
そして私は城を出たその足で、この国から出て行くのだった。
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