11 ナイト アザレア姫~その⑪

それはとても寒い日だった。


そんな日に私は朝から体調が悪かった。


息が白くなるほど冷えているのに、汗が止まらず、身体中が熱い。


気を抜くと目がかすみ、足元もおぼつかなくなる。


「アザレア姫。もしかして、どこか体調が悪いのですか?」


彼女が訊ねてきても、私はただうるさいとしか返さなかった。


彼女へ弱味を見せたくなくて無理をしていたのだ。


そのときの私はどうしようもなく強がっていた。


この女に泣き言をいっても聞いてくれるはずがないと。


ただ冷たい顔を向け、飾り気のない言葉を吐き出すだけだと。


本当は、ずっと前から仲良く話したりしたかったというのに、素直にそれが言えない……。


今ならそう思える。


その後、案の定倒れてしまった私が気が付くと、自分のベットの上に寝かされていた。


汗で濡れていた服も取り替えられていて、どうやら誰かがベッドまで運んでさらに着替えさせてくれたようだ。


当然、そんな人物は一人しかいない。


この地下にいるのは、私ともうひとり――彼女だけなのだから。


私はベッドから体を起こすと、当然傍には彼女がいた。


何かまた嫌味やら皮肉でも言われるかと思うと、正直放っておいてもらったほうがいい。


そんなことを考えながら彼女のほうへと顔を向けた。


彼女は椅子の背もたれに寄りかかりながら、うつらうつらと頭を揺らしていて眠っている。


近くにあったテーブルには、水の入った桶が置かれていた。


どうやら彼女は私が気を失っている間、ずっと傍で看病してくれていたようだった。


私が起きたことに気が付いた彼女は、眠たそうに目をこすりながらこちらを見た。


「起きたのですね、アザレア様。すごい熱が出てたのですよ。まだ無理はなさらないでください」


そこにはいつもの――。


愛想のない言い方をする彼女がいたが。


その表情は心なしか微笑んでいるように見えた。


それから私と彼女との関係は良好になった。


彼女は相も変わらず無表情だったし、私もわかりやすく甘えたりすることはなかったが。


それまでとは違い。


会話にも雑談が増え、互いの考えていることを話し合うようになった。


いや、彼女は最初から何も変わっていなかったのだろう。


ただ単に私の彼女に対する気持ちが変わっただけだ。


彼女と打ち解けてきたくらいからか。


またはあの酷い熱に襲われたときからだったのかは忘れてしまったが。


呪いによる異能――《クイックポイント》が使えるようになったのもこのくらいの時期だった。


それからしばらくして、いつものように彼女と私が剣の稽古をした後――。


「強くなりましたね、アザレア様」


剣の腕は互角。


いや、まだ彼女のほうが若干上ではあったが、異能を覚えた私の前では、彼女はもう相手にならなかった。


正直私は嬉しかった。


生まれて初めて何かを勝ち取った――そんな気がしていた。


これでま積み上げてきたものが、けして敵わないと思っていた相手を超えさせてくれたのだ。


何よりも、それを教えてくれたのは彼女である。


そのときの私には――。


いや、もうずっと前からであろう。


彼女は私にとって家族以上に大事な存在となっていたのである。


「もう私が教えることはありません」


彼女は相変わらずの無表情でそういったが。


まさかこのときの私は、これが彼女の交わした最後の言葉になるとは思わなかった。


次の日からだった。


彼女がこの地下の部屋から姿を消し、代わりの者が食事を運んでくるだけの生活に戻ったのは。


最初にここへ入れられたときと同じく日に三度。


誰かが鍵のかかった扉から食事を差し入れてくるだけで、私はまたひとりぼっちになってしまったのである。


私は彼女がいなくなった理由は、病気か何かで体調がすぐれないせいだと思っていた。


きっと調子が悪いのだろう。


大丈夫、またすぐにあの無表情な顔を拝めるさと、自分に言い聞かせていた。


だが、彼女が戻って来ることはなかった。


そこまで重い病になのかと心配なった私は、そのことを食事を持ってくる者に訊ねた。


だが、その小間使いの女は何も答えてはくれない。


私には何も教えるなと、王からいわれていると答えるだけだ。


いい加減にしびれを切らした私は、なんとか彼女のことを聞き出そうと一芝居打つことに。


それは病気のふりをして、小間使いに部屋の鍵を開けさすことだった。


小間使いは、私が苦しそうにすると、こちらの目論見通りに部屋に入ってきた。


そのときの小間使いの顔――。


面倒はごめんだという表情は今でも覚えている。


私は入ってきた小間使いに剣を向けて脅した。


「彼女のことを話せ、話さなければこの場で斬り殺す」


――と、冷たい刃を小間使いの喉に当て、彼女の耳元で小さく――そして力強くささやく。


小間使いは簡単に口を割った。


恐怖で今にも泣きそうな顔をしながら、震える声で彼女のことを話し出す。


「あ、あの人なら、アザレア様の教育が終了したとかで、戦地へ飛ばされました……」


「な、なんだとッ!?」


驚いた私が剣を下げると、小間使いは慌てて部屋を出て行く。


だが、私には小間使いを追いかけるほど頭が回らなかった。

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