10 ナイト アザレア姫~その⑩

今から数年前――。


まだ私が幼く、魔女へ生贄にされたばかりの頃――。


私は王である父の命によって城の地下で暮らしていた。


そこで私はいつもひとりで泣いていた。


どうして私だけがこんな薄暗い場所で暮らさなければならないのか。


父や母、兄や姉と一緒にいられれないのか。


なんとなく物心がつき始めてきたときだというのもあって、生贄に選ばれたこともろくに理解できずに、ただ食事をしては眠る日々を送っていた。


今思えば私が過ごしていたところは、身分の高い者が捕らえられたときに使う地下牢だったのだろう。


体の小さかった私には十分広かったが、突然日の当たらない場所へと閉じ込められたことで、恐怖と不安をしか感じられなかった。


食事は日に三度。


誰かが鍵のかかった扉から差し入れてくるだけで、私が何を訊ねても何も答えてはくれない。


そんな日がしばらく続いた。


だがある日に――。


もう二度と開くことがないと思っていた扉が開いた。


私は嬉しくてすぐに扉のほうへと走った。


そのときの私は考え無しだったと思う。


もしかしたら何者かが自分を殺そうとやって来たのかもしれないというのに、わざわざ喜んでその相手のところへと飛び込んでいったのだ。


今の私ならまずしない愚行だ。


私が飛びついた相手は女性だった。


無表情で目がきつい、いかにも厳しそうな人だ。


その女性は、久しぶりに人と会ってはしゃいでいた私に向かって、自分が何者であるかを名乗った。


「私は今日から、アザレア様の身の回りの世話を担当する者でございます」


彼女は自分のことを召し使いだといった。


そして身の回り世話以外にも、私の教育や体調管理も任されたといい、丁寧にお辞儀をした。


だがそんな話など聞かずに、私は彼女のスカートを引っ張る。


どうして父は私をこんなところに閉じ込めたのか?


生贄に選ばれたことが関係あるのか?


もし何か悪いことをしたのなら、ちゃんと謝るから出してほしいと必死で叫んだ。


女性は変わらず無表情のまま、暴れる私を力づくで押さえつけた。


私が子どもだったというのもあったが、彼女の力は女のものとは思えないほど強かった。


彼女は力づくで私を押さえつけると、私のことをしっかりと見据えてくる。


「アザレア様には、あと数年のうちに大変厳しい試練が待っています。私はそれまでに、アザレア様を立派な騎士へと育てるようと、王に命じられました」


それが魔女の行う呪われし姫君たちを集めた、烙印の儀式であることは後で知った。


それから――。


彼女の苛烈な教育が始まった。


食事に関しては、私が礼儀作法を覚えるまではずっと厳しく指導され、食べた気がしない状態が続き。


それと、私は文字をろくに書けなかったのもあって、学問は自分よりも幼い子がやるようなことをみっちりやらされた。


一番辛かったのは剣の稽古だ。


彼女は私を子ども扱いせず、鬼のような訓練をさせ続けた。


しかも、使用していたものは人を殺せる本物の剣だ。


当時の私はそれが当たり前だと思っていたが、本来騎士見習いは木剣や刃の無い剣を用いていると聞いたときは、酷く驚かされたものだ。


何度もう嫌だと駄々をこねたか。


何度もう無理だと音をあげたか。


だが、それでも彼女は私を甘やかすことはなく、できるようになるまで根気よく傍にいた。


私は彼女が嫌いだった。


それもしょうがないだろう。


泣いている子供に向かって、いきなり理解できないことを言い始め、それから優しくするでもなくひたすら厳しく躾てきたのだ。


好きになれというほうが無理な話だ。


何よりも苛立ったのが。


私が少しでも仲良くなろうと名を訊ねたのだが、彼女は自分には名前がないというのだ。


そんな人間がいるはずがない。


この女は私のことが嫌いだから、そんなふざけたことをいうのだ。


そのときの私は、そうとしか考えられなかった。


それから数年後――。


礼儀作法、武術訓練、学問など。


気が付けば、私は彼女の教えられたことが完璧にできるようになっていた。


きっと彼女の教え方が上手だったのだろう。


何をやっても鈍間だった私が、このときにはすでに淑女としてどこへ出しても恥ずかしくなく――。


学問でいえば、そこらの教師らよりも博識になり――。


剣の腕は、彼女と五分で戦えるくらいにはなっていたのだ。


相変わらず仲が良いとはいえなかったが、私は彼女のことを信頼していた。


あれだけ駄目だった自分が、ここまで立派に成長できたのだ。


けして口には出せなかったが、この気持ちは嘘偽りのないものだった。


正直にお礼をいえなかったのは、彼女の態度のせいもある。


そのときの彼女が私を褒めたことはただの一度ない。


挨拶や食事が完璧でも――。


難しい古文や文筆が書けたのを見せても――。


剣の打ち合いで彼女から一本取れそうになっても――。


何をうまくやっても、彼女は私に称賛の言葉はかけてくれなかった。


それもあり、私は彼女に対して素直になれなかった。


だが、ある出来事がきっかけで――。


私は彼女のことが好きなる。

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